第4話 美織、探索する

第4話 美織、探索する(1)

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 5月も半ばを過ぎて、京都では、夏を思わせる暑い日も来るようになりました。

 東山の峰々は、輝くような青葉で覆われています。


 近江工業の介護ロボット「ホームサポート」シリーズの実証試験は、順調に進んでいました。

 テスト項目は着々と消化され、報告された障害は着実に解決されて、多くのロボットは、テストも二巡目を迎えていました。

 ところが、ここ東山の中村芳翠(なかむら ほうすい)先生のお屋敷では、美織のテストは足踏み状態でした。

 芳翠先生は、何かと美織を外出に伴います。

 美織も近頃は慣れたもので、荷物を持ったり、スケジュール帳を取り出したり、サポートに抜かりはありません。

 世間でも、すっかり人気者です。

 芳翠先生のお供に美織がいるのは、今ではお馴染みの光景でした。

 ところが、家の中の仕事、特に水回りや台所回りの家事サポートは、家政婦の田所さんの領分です。

 そうした、本来の介護サポートのテスト項目が、一向に捗(はかど)らないのでした。

 悦子お姉さんは、週に一度のチェックのたびに言います。

「ええんや! ここはシチュエーションが違うんやから!」

 でも、元来ならば、一般家庭で試験をしている唯一の機体である美織は、そここそが「売り」でなければならないはずなのでした。

 芳翠先生も、気がつかないのか、美織にそうした仕事をあまり言いつけません。

 美織も、性分なのか、「あれが出来ます、これをします」と自分から言い出すことが出来ないのでした。



「五島駈(ごとう カケル)?」

 朋美が、その名前を陸上部の1年生から聞いたのは、5月初旬の連休明けの頃の事でした。

 日差しが強まり、地面にはくっきりした影が映っていました。

「五島カケルが、うちの学校におるん? でも、五島って、確か長崎県やなかった?」

 グラウンドで、休憩中の一年生たちが話していたのが、たまたま耳に入ったのでした。

「ええ、そうやのですけど」

 1年生の佐久間雄征君は、上級生の女子に話し掛けられて、緊張した面持ちで答えました。

 朋美は、その名前を、去年の小学生全国大会のニュースで知っていました。

 後でそのレースをネット動画で見て、鮮やかな走りに驚いていました。

「あんた、体2つ離されてたもんな?」

 朋美が、1年生たちと並んで地面に座って言うと、佐久間君はすねた様に下唇を突き出しました。

 佐久間君も、今年の1年生では有力選手候補です。その佐久間君をはじめとする京都勢を寄せつけなかった五島君の走りは、圧巻でした。

「噂やと、親が離婚して、お母ちゃんが京都の人やったそうです」

 同じく1年生の大原君が言います。

「ふぅん‥‥」

 つぶやいて、朋美は尋ねました。

「で? なんで、その五島が、陸上部(ここ)におらへんの?」

「へ?」

「『へ』やないやろ! 逸材やろ? どこかほかの部に入ってるん?」

「いやあ、それは知りまへんけど」

「確かめな! そうして、無理やりでも陸上部に入れぇな!」

「おい! 鈴野ォ!!」

 顧問の北山先生に呼ばれて、その場を立ち去り、朋美もそれきり忘れていたのでした。

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