第1話 美織(みおり)誕生(5)
[5]
4月になりました。
学校はまだ春休みですが、陸上部の練習が始まって、朋美は、おばあさまの家にはすっかり行かなくなりました。
でも、練習と言っても、気分は春休みです。
上の先輩も卒業し、のんびりとウォーミングアップをして、のんびりとおしゃべりして、のんびりとカラオケに行ったりしていました。
「で、朋美んちのロボットはどうなん?」
学校でも、早速聞かれるのが、少々
「うち、テレビで見たで」
「オレも見た。カワイイんやろう?」
男子までが言うのが、憎らしく思えます。
「可愛くなんかあらへんよ。あれ、ロボットやで。機械やで」
ついつい言い返してしまう朋美でした。
その日は、パパとママは、商用で東京まで出掛けていて留守でした。帰りは明日になります。
一人の気楽さで遅くまで遊んで、友達と歌って、家に帰る頃には疲れ切っていましたが、同級生の佐藤航(さとう わたる)と、自転車で、五条の橋まで一緒に帰って来ました。
「お前、具合悪くね?」
「ううん、大丈夫だよ」
「家まで送ろうか?」
航に言われて、朋美はびっくりしました。
「大丈夫、大丈夫。ほら、航は、あっち。はよ帰り!」
「ほな、またな。本当に気いつけて行けよ」
航は、自転車にまたがると、五条の通りを走り去りました。キラキラした夜の灯りに紛れて、航の背中は、あっという間に見えなくなりました。
航とは、近頃、ちょっといい感じにも思えていたので、あっさりと帰られて少し寂しい気もしました。
でも、それよりも、本当に体がだるいのでした。
自転車を降りたまま押し歩きで行こうかと、朋美が鴨川の土手を歩き出した時でした。
「朋美さん?」
声がしました。
さっと光が走って、朋美の足元が照らされました。
でも、光を顔に当てないので、朋美からも相手が良く見えました。
「美織‥‥?」
鴨川の水音を背に、桃色の地に裾につぼみの
「良かったぁ! 会えんて思うとりましたぁ」
美織は、ちまちまと足を動かして歩いて来ました。手に、ちりめんの
朋美は、面白みもなくそれを眺めていました。
「美織? あんたが、なんでここに?」
「おばあさまに言われて来ました」
そう言って、美織は、また、きゅっと目を細めました。ですが、急に立ち止まって、目を開いて、朋美の顔を凝視しました。
「朋美さん、お加減が悪いのではあらしまへんか? お熱が38度2分ありますえ」
朋美は、なぜか、ムッとしました。両親の留守を良いことに遊び歩いていたのを咎められた気がしたのです。
「なんともないよ」
そう言って、美織の脇を抜けて、歩き始めました。
美織は、当然の様に、ちまちまと足を動かしてついて来ます。
「でも、お喉も脹れてて。朋美さん、痛いですやろ?」
「あんたが、おばあさまに言うたの?」
朋美は、振り向いて言いました。数日前に、美織に喉の温度を指摘された事を思い出していました。
美織は、驚いたように目を見開きました。
「いいえ。でも、ご心配されて尋ねられましたよってに」
「余計な事、せんといて!! あんたに関係ないやろ!」
本気で腹を立てていました。でも、美織は、更に気遣わしげに言いました。
「朋美さん? 練習は休まはれたのですか? 体の温度は運動のためやあらしまへんやろう?」
「何やの! あんたなんか、『進ゲキの巨人』のくせして」
「きょ、巨人? 巨人いうんは身長が‥‥」
「ええから、放っといてんか!!」
くるっと美織に背を向けかけて、朋美は、バランスを崩してしまいました。
「朋美さん、危ない!!」
自転車ごと倒れるところを、美織が、危ういところで支えてくれました。
一瞬、ヒヤリとしました。反対側に倒れていたらば、鴨川に転げ落ちていたかも知れません。
自転車に乗せたカバンの重みが、バランスを悪くしていました。
(美織の耐荷重量は200キロ)
ふと、そんな数字が頭に浮かびました。
それに、美織も、バランスは良くありません。
それでも、美織は、朋美を支えてくれました。
朋美は、なんだか、どうでも良いような気持ちになって、そのまま、美織に支えられながら自転車を押して歩きました。
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