第1話 美織(みおり)誕生(4)

[4]

 大体、朋美の見ているところ、美織はほとんど暇を持て余している様でもあります。

 お点前の時にはおばあさまの傍らに座り、立ち上がるときに、膝の少し弱いおばあさまに手を貸し、出掛ける時、と言ってもまだほとんど外出もしませんが、軽い荷物を持って従う程度です。

「あれくらいなら、うちにも出来るで」

 ある夜、朋美は家に帰ってママに言ってしまいました。

「ほな、やればよろしやろ」

 あっさりと返されて、朋美は、

「えー!?」

とうなりました。

「やっぱり、嫌だ」

 朋美は、おばあさまの事は好きでしたが、おばあさまのお屋敷に長くいるのは禁物やと思っていました。

 お茶のお稽古をさせられるからです。

「美織はええなあ。お稽古なんかさせられんくて」

「そら、美織はロボットやもの。お茶なんか飲まへんやろなあ」

 そう言って、ママはころころと笑います。

 でも、この場合、何がおかしいのか朋美には分かりませんでした。お茶のお稽古をしなくて良いというのは、朋美には切実な問題なのです。

「大体、おばあさまに、まだ介護なんて必要ないやん? 意味ないんとちゃうのん?」

 朋美が言うと、

「おばあさまも、最初はそう仰っていたのえ」

と、ママは答えます。

「ほな、どうして?」

「そら、悦子さんに頼まれたからやろ」

「ふーん」

と、テーブルの揚物に手を伸ばして、ママにパチンと手を叩かれました。

「もうすぐ、パパが帰らはります」

 悦子お姉さんは、ママの従姉妹いとこにあたり、おばあさまから見ればめいです。朋美には従叔母いとこおばに当たりますが、でも、歳は近いので「お姉さん」なのでした。

 ちなみに、おばあさまには息子がおらず、娘は皆、外に嫁いでしまいましたので、一頃は、おばあさまは悦子お姉さんに家を継がせようと考えていたらしいと聞いた事があります。

 でも、悦子お姉さんは、大学を出て、工業会社の技師などになってしまったのでした。

(中村家の娘は、皆、お茶なんかやりたがらない)

と、朋美は、自分の事は棚に上げて、不思議に思っていました。



「大体、あのロボット、どうしてあんな風にしたん?」

 朋美が聞くと、

「おばあさまのご要望でしょう?」

 ママが、ゼリーを小さく切って、出してくれました。

「茶人の家に、あんまり機械機械キカイキカイしたものは置かれまへんて」

「それで、あんなにしたん?」

「そうえ。挙措もきちんと出来んとあかん言うて、悦子さん、かなり弱ったのやね。うちのパパに相談して。そうしたら、パパが、何とかしましょって、あのちりめんを加工したんや」

 それで、年の暮れあたりから、悦子お姉さんがしきりに訪ねて来ていたのかと、朋美にも合点がいきました。

「でも、それやったら、あんな地味な着物やのうて、もっと豪勢な西陣の振袖でも着せたら良かったのに」

「って、振袖着て、介護とかできますかいな」

 そう返されるともっともでした。

 でも、理屈で凹まされると、却って気持ちは収まらないものです。

(悦子お姉さんも、相当に窮したんやろうな。でも、あれでは、モニタリング試験にならへんやろな)

 もちろん、近江工業のモニタリング試験は、美織一体で行うのではありませんが。

(多分)

と、朋美は思うのです。

(おばあさまは有名人やから、悦子お姉さんは、そこを狙ったんやろうな)

 なんだか、姑息こそくに思えます。

 大体、美織は、じってしていれば置物おきものの様に可愛らしいけど、と、朋美は思うのです。

「でも、あいつは、一皮むけば『進ゲキの巨人』やで」

「そら、あんたかて同じやろ? 人間かて、一皮剥いたらばグロいで」

 そういう話ではないと、朋美は思うのでした。

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