第1話 美織(みおり)誕生(3)

[3]

 その翌日も、朋美ともみは、おばあさまのお屋敷に居たきりでした。

 ですが、朋美が美織に触れる機会は、全くありませんでした。

 朋美が昼前に来て夕方に家に帰るまでの間、美織は、おばあさまが稽古けいこを見ている時にはおばあさまの傍らで座っているきりですし、そうでなければ、悦子お姉さんや狩野かのうさんが色々とチェックをしています。

 お点前てまえの稽古の最中に、稽古部屋に入る事など出来ません。桜子さんらに捕まってお稽古をさせられるに決まっています。

 それで、稽古中の時間で、廊下から様子を見ていた狩野さんに、そっと言いました。

「なんや、美織が、狩野さん達の介護を受けてるみたいやなあ」

 朋美が言うと、狩野さんは、声は立てずに、でも、体をよじって笑い出しました。お腹を押さえて、顔をひきつらせて、目から涙まで流して、それでも声だけは立てずに笑っておいて、

「ひどいなあ、朋美ちゃん」

と、小声で抗議をします。そうして、言うには、

「主任が、先生のご注文を全部受けちゃうものだから」

との事。

「ふうん‥‥」

とつぶやいて、ふと、聞いてみました。

「狩野さんて、悦子お姉さんの事、好きなんやろ?」

 すると、狩野さんは、驚いた顔で朋美を見て、それからまた、声は立てないで、体をよじって笑い出しました。

「違うん?」

「いや、でも、今は、ほら、仕事中やから」

と、答になっているのだかいないのだかよく分からない返事をします。



 その翌日、稽古が終わる夕方頃に覗いてみると、芳翠先生が悦子お姉さんに言っていました。

「歩くのが遅いのと違うの? この年寄りより遅いえ」

「ええと‥‥、そうですねえ。バランスが難しくて」

 悦子お姉さんが、しどろもどろで受け答えしています。

 その間に、朋美は、稽古場で座っていた美織に近づいて、傍らで体育座りをしました。

 美織は、こちらに顔を向けると、きゅっと目を細めて頭を下げました。

「朋美さん、こんにちは」

 そうして、また、正面に顔を向けます。

「美織は、ロケットで空を飛ぶの?」

 朋美が尋ねると、美織は、朋美に顔を向けました。まぶたを大きく開き、キューンと音を立てて目のレンズが大きくなりました。

「いいえ! 朋美さんは、お空を飛ばはるのですか?」

「うちが飛ぶわけないやん。人間やもの」

 すると、美織は、

「そうですか。美織と同じですね」

と答えて、また、目をきゅっと細めました。

「美織は、力は何馬力?」

と聞くと、

「馬力‥‥」

 美織からは、また、キューンとレンズの動く音はしましたが、そのまま、視線を落として、自分の膝を見つめて固まってしまいました。やがて顔を上げると、

「美織の力は、200キログラムです」

と答えました。

「200キロ‥‥」

 朋美は、一瞬、その数字の意味が分かりませんでした。が、すぐに、

「凄い! おばあさまなら、5人くらい持ち上げられるね!」

「いいえ、そうやのうて!」

 朋美が驚いて言うと、美織はあわてて顔の前で両手を振ります。

「美織は、耐荷重量が200キロなのです」

「耐荷重量?」

「重さが40キロくらいの方でも、倒れたりすると、体重の何倍もの力を受けます。それを支えられる最大重量が200キロなんです」

「‥‥ふうん、そうなんや」

 納得できるようなできないような。

「じゃあ、指からレーザー光線出したりもせえへんな?」

と尋ねると、

「レーザー光線ではありまへんけど、ライトポインタにはなってます」

と、右手の人差し指を立てて見せます。

「レーザーではないんや?」

「レーザーやと、人の目に当たると危ないのです」

「ふうん。目から透視光線出したりもしないよね?」

「そうどすなぁ」

 美織は、また、視線を落として自分の膝を見つめてしまいました。が、急に顔を上げると、

非接触体温ひせっしょくたいおんセンサーなら備えとります」

「ひ、ひせ?」

「非・接触・体温センサーです」

と、表情などないはずの美織が、嬉しげに話します。

「例えば、朋美さんの今の体温は36度4分ですなあ?」

「え? 分からないけど、それくらい?」

「はい。体全体の温度だけやなくて、喉とか手先とか、部分的にも分かるのです。朋美さんは、今、お喉が37度3分あります。ちょっと、お高こうか知れまへんなあ?」

と言って首をかしげます。

「ふうん‥‥。凄いんやなあ‥‥」

 そう答えてはみたものの、朋美の中で、美織に対する興味が、急にしぼんでいくのでした。

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