お昼のためなら私も修羅にならざるを得ませんね
「……っと、てっきりぼくが最後になるかと思っていたんだが」
気持ち急ぎ目の足音が近付いてきたかと思うと、スッと空いたドアの向こうから「おや」というように首を傾げた里穂が顔を覗かせた。
「あ、里穂さんおつかれさまです」
「ん、おつかれさま。雪音は……まだのようだね」
「みたいですね。私も雪音さんのことですから真っ先に来てるかと思ってたんですけど……里穂さんコーヒーでいいです?」
そう返しつつも〝一応尋ねはした〟だけのようで、里穂の返事を待たずに梓はコーヒーメーカーの置かれた台へと向かっていた。
「ああ頼むよ。それでどうしたんだい? 咲弥も月代も借りてきた猫みたいに大人しくして……」
聞かずとも心得てます。といった風に、もうすっかり板についた動作でさっさとお茶を組みに行ってしまう後輩の背を苦笑で見送ってから、ようやく里穂は奇妙な二人に水を向けた。
「べ、別にどうってことはないんだよ? 大人しくも何も私たちは〝生徒会役員でもなんでもない〟んだから、静かーにしてるのは至って普通のことなんだよ。て、天満君もそう思うでしょ?」
「お、おうよ。全く持ってその通りだな! 言って見れば俺らは部外者であるからしてー。さすがにそんな場所で騒ぐほど〝T・P・O〟を弁えられないなんてことはない訳ですよ」
何故だか、今までずっと息を殺して目の前に置かれたカップを見つめていた咲弥が、途端に動揺を隠せない調子でどもりながら言う。
そんな咲弥から同意を求められた天満はと言えば、「全く会長さんはなんてことを言い出すんだか。いったい、俺らのどこが変だと?」と言わんばかりにわざとらしく自分のカップを持ち上げて、紅茶で口を湿らせてからそう続けた。
「また君たちときたら、今度は何をやらかしたんだい?」
ごくごく自然に、至って平然と「私たちはいつもと同じです」という体を装う咲弥と天満。
しかし、そんな姿勢を取り続けている傍らでさっきからチラリチラリ、チラリチラリと梓を盗み見ている〝二人の姿〟を見れば、何一つ装い切れていないということは日を見るより明らかだった。
「はいどうぞ。コーヒーできましたよ」
そして、ビクついている咲弥と天満のことなど完全スルーで、対照的に梓は「これうち(支部)にあるのと同じサーバーなんですねー」と鼻歌交じりにドリップの終えたコーヒーを里穂に手渡した。
「ありがとう。いただくよ」
「あと、ポットとか紅茶のパックとかもかってに使っちゃったんですけど、大丈夫でした?」
「全然、かまわないよ」
やっと冷房の効き始めた生徒会室で、うっすら立ち上るカップの湯気を見やりながら里穂は「やれやれ、仕方ないね君たちは」というように肩をすくめると、梓から受け取ったコーヒーへと口を付けた。
「にしても、雪音は遅いね」
スタスタと会長用のデスクに近付いてカップを置くと、里穂は右手首に巻かれたウェアラブル端末のディスプレイに表示される時間に目を落とす。
すっかり〝天満がやってきたことによる騒動?〟で忘れかけていたが、間もなく昼休憩も半分ほど過ぎようかという時間。さすがに梓たちもお腹の空き具合を無視できなくなってくる頃合いだ。
「そう、ですね。先に何か食べてます? と言ってもお昼は雪音さん任せでしたから。これと言って準備してる物はないんですけど」
どうしましょうかねー。と無意識に空いたお腹をさすさすしながら梓は、今さっき里穂がやってきた生徒会室の入り口の方へと目をやる。
「ごめんなさいね。待たせたかしら?」
ちょうど梓がふっと目線を投げた瞬間だった。タイミングを見計らったように、軽く息を切らせた雪音がするりとドアを潜り抜けてきたのは……。
「思いの外、おすそ分け渡し回ってたら時間掛かっちゃって。ほら、今日は役員の子たちに無理言ってここを貸してもらってるじゃない? だから、そのお礼をね」
「すまないね。何やら変に気を使わせちゃったようで……というより、あの子たちには話を通してあるんだ。それに第一、会長であるぼくがいるんだから問題はないと思うが?」
そう、現在梓たちのいる生徒会室は、副会長や会計書記といった役職に就く者以外はほとんど立ち寄ることのない一室のはず。
そして、昨晩のことを踏まえると、本当に緊急を要す事態かどうかの判断が未だあやふやな状態。とはいえ、放課後にゆっくり皆で集まって。なんて悠長なことを言っていられるような状況でもないだろうということで、確実に時間の取れそうなお昼に集合しようと相成っていた訳だが。
そこで困ったのは場所だった。ことがこと、内容が内容ということもあり、できれば〝支部以外の人間の目がないようなところ〟が望ましかった。
そうは言っても、わざわざ学校を抜け出して支部の置かれた私室まで向かうかというと、それもまた手間だろう。であれば、「生徒会室を提供しよう。何大丈夫、生徒会メンバーにはぼくから説明しておくよ」と里穂が提案したことで、一応打ち合わせ場所については解決となった。
「そうだとは思うのだけど。それはそれ、これはこれよ。今日だけ。と言ってもね、普段役員ちゃんたちがお昼取ってる場所を関係ない私たちが占領するんだもの」
さすがにね、申し訳ないわよ。ど言いながら、咲弥と天満の座ったソファの前、サイドテーブルに雪音はドサリと手提げのバケットを置く。
「案外、見つけられないものよね」
バケットから包装されたサンドウィッチをテキパキ取り出すと、咲弥と天満のカップを退かして雪音は、手製のサンドを並べながら遅れた理由についての説明を続けた。
「役員ちゃんたち、教室に行ってもいないんだもの。探し回ってたらこんな時間になっちゃった」
「なんだ、結局渡せずじまいだったのかい?」
「いいえ、渡して来れたわよ? ちゃんと全員にね」
デスクを離れてこちらに近付く里穂に返事を返して、そう締めくくった雪音が顔を上げながらパンパンと手をはたく。
「さあさ、好きなの取って行ってちょうだい。時間もあまりないから食べながらやってしまいましょう」
「それもそうだね。じゃあ、ご相伴に預かるとしようか」
そう言って、中身も見ずに里穂は適当に二つ三つサンドを取ると、さっさと自身のデスクに引き返して行ってしまう。
「梓ちゃんたちもどうぞ。お腹空いたでしょう?」
「いいんですか? やった、お腹ペコペコだったんです! というか咲弥さん、卵ばかり持っていかないでくださいよ!」
「ええ、だって卵サンドと言えば私。私と言えば卵サンドなんだよ?」
「―――と楠木容疑者は要領の得ない供述をしており。じゃなくてですね! いいから半分戻してください。朝も雪音さんからもらって食べてたじゃないですか!?」
「雪音ちゃんのならいつでもいくつでも、無限に吸い込んでいけるんだよ!」
全く、回答になっていない答えを「えへん」と自慢げに胸を反らしながら言う咲弥に、若干ムカッとしながらも梓はお昼ごはん争奪戦に臨もうと身を乗り出す。
そんな風に己のサンドを死守せんと、咲弥と梓が取り合いを始めている傍らで、何気にしれッと自分の分だけ確保していた天満は〝繰り広げられる熾烈な? 争い〟を他所にカツサンドをパクつき始めていた。
(これ、本当に始められるのかしら?)
はいせーの! で選ばせ始めたらこうなることを失念していた雪音は、思わず助けを求めて里穂に視線を投げる。しかし、そこに待ち受けていたのは「ん、なんだい? おいしくいただいているよ」ともう一つ目を胃に収めかけている会長さんの満足そうな顔。
それを見て、他に収集を付けてくれそうな人が誰もいないということを悟った雪音は、「あれ? 何のための集まりだったっけ。というよりも、私急いでくる必要あったのかしらね」とそれはそれは深い、本日一番の嘆息を漏らすのだった。
Qu:危機感拾ってきた方がいいですか? 緑ノとと @toto_midorino
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