無性に引き返したいのは私だけですかね?

「いやちょっと、咲弥待ってくれ! 話せば分かる。俺たちは分かり合えるはずなんだ!!」


「侵入者とは交渉しない。それが生徒会(うち)の常識なんだよ!?」


「つうかよ、そもそもお前生徒会役員でもなんでもねえだろ!? いいからまず、その物騒なの仕舞えって」


 4限目も終わり、昼食も兼ねて指定された打ち合わせ場所のある3階に上ると、何やら騒々しいやりとりが梓の耳に飛び込んできた。

 それはどうやら3階の端、作戦会議が執り行われる予定の生徒会室から聞こえてきているようで。ギャーすぎゃーすとそのやりとりは、半分ほど開きっぱなしになったドアの向こうからかなりの音量で廊下中に響き渡っていた。


「全く、何をそんなに騒いでいるんです? 階段の方まで聞こえてきてますよ?」


 なんだか無性に引き返したい衝動にかられた梓は、そんな気持ちをため息と共に吐き出すと、ツカツカ生徒会室の扉まで歩み寄る。

 やれやれと肩をすくめ、半身を扉の影に隠すようにして梓は顔だけで中を覗きながらそう言った。


「おお梓ちゃん、いいとこに来てくれた。ちょっとよ、こいつに言ってやってくれ!」


 半ば隠れていた身体を室内に滑り込ませると、そんな彼女をまるで「救いの女神が現れた!」とでもいうようにホールドアップ状態だった【月代天満】が出迎える。

 そして、そんな降参ポーズの彼を胡乱な目で見つめているのは、校内では極力使用厳禁となっているはずの得物(転化済み)を構えた咲弥であった。


「だってねあーちゃん。今はお昼休みなんだよ? そんな時間に他校生である天満君がいるはずはないんだよ!」


「いやだからよ、さっきっから入校証は持ってるって言ってんだろうが!?」


 確かに言われてみれば、今は平日のお昼時。通常授業が行われているのだとしたら、どの校も本来は昼食タイムのはず。

 それに、天満の通う学校からここまでの距離を考えると、たった10分程度でこの場所――しかも誰にも見とがめられることもなく、3階の生徒会室まで上がってこれているのはおかしいと言えばおかしかった。


(まあ、咲弥さんが混乱するのも分からなくはないですが)


 未だぐりぐりと、天満の胸元に取り出した二丁拳銃の先を押し付けている咲弥と、手を挙げたまま必死に首に掛けた入校証を指し示す彼を見やってから梓はようやく口を開いた。


「……とりあえず、咲弥さんはそれ仕舞っちゃいましょうか。というか、他の生徒さんに見られてたらどうするつもりだったんです? 私だから良かったようなものの」


 次いで目線を下げた梓の視界に入る倒れた数客のパイプイス。状況を知れば知るほど、なんとなく察せられてしまう経緯に梓は頭が痛くなってきた。


「たぶんですけど、皆揃うまで~。と思って仮眠をとっていた咲弥さんの元に天満さんがいきなりやってきて、ビクッと起こされた咲弥さんが深くも考えずに適当言ってるだけ。といった感じですかね?」


 梓さん大正解! ガラガラーっと無造作に引かれた扉の音にビックリして飛び起きた咲弥が、寝惚け半分にやつ当たりしている。というのが実のところだった。

 まあ一分一秒でも多く寝ようと、4時間目が終わると同時に急いで上がってきてスヤッてたのに、それをたたき起こされて不機嫌になっていたというのもあるが。


「はいはい、眠いのもお疲れなのもよーく分かりましたから。まずはその銃、さっさと下ろしちゃいましょうか」


 跳ね起きた時に蹴倒してしまったと思われるイスを、「しょうがないですねー」と直してやりながら梓は、呆れ混じりな尖った声を漏らす。


「うう、ごめんなさい」


 あーちゃんが全く取り合ってくれないんだよ。ということを悟った咲弥は、手の中の得物を元のリストバンドに戻してからしゅんとしたように頭を垂れた。


「助かったよ梓ちゃん。サンキュー」


 その反対では、冷や汗をかいていた天満がほっとしたように胸を撫でおろしていた。さすがに心臓の真上をずっとぐりられるのは、いくら天満であっても精神衛生的によくなかったようだ。


「天満さんもですよ。いったい、どういうつもりなんです?」


「え、俺?」


 しょんぼりしょぼしょぼした咲弥と、一緒になってイスを立て直していた梓からの思いがけぬ批難めいた視線に、天満は目を白黒させる。


「え、俺? じゃないです。惚けても無駄ですよ。〝使いました〟よね?」


「使うって何を……?」


「だから惚けても無駄ですって! 何を白昼堂々、それも真昼間の街頭で色なんて使ってるんです!?」


「あっ」


 ごまかそうとしたってそうはいきません。と言わんばかりにまくしたてる梓を、本当に何のことだか分からないと言った風に首を傾げていた天満。しかし、鈍い彼もその言葉を聞いて〝梓の意図するところ〟に思い至ったようだ。


「いやでも、あれよ? あくまでも早く来るためにちょっとばっか使っただけだし。それにほら、行使したのも裏路地入ってからだからさ。もちろん、人目がないのは確認してるし大丈夫だって」


「そういう問題じゃありません。どこの誰に見とがめられていてもおかしくないような状況で、余計なトラブルを起こしそうな言動は控えてください。と言ってるんです!」


 そう、先にも挙げられた通り、どうして3キロは離れているであろう学校から天満が10分と掛からずにここまで辿り着けたのかという答えがそこにあった。

 何を隠そう天満さん、バリバリに昼下がりの街中で色(しき)を打ちまくって梓たちの通う学校にやってきているのだった。というか、車でも飛ばさない限り辿り着きそうにないタイムを〝生身で〟叩き出しているのである。


「そりゃそうかもしんねえけどよ。なるべく正確な情報を口頭でも共有しようと思ってだな?」


「………」


「文字通り、飛ぶ勢いで駆けつけた訳ですよ。やっぱり〝当事者の声〟は生で臨場感持って伝えた方が分かりやすかろう。と思った訳であるからしてー。であるから、その感覚を一分一秒でも早くお届けしようとしてだな……」


「…………」


 つらつらごにょごにょと、言い訳を垂れ始める天満へと突き刺さる梓のジト目。その言い訳が嵩めば嵩むほどメガ進化する究極ジト目に耐え切れず根を上げたのは天満の方だった。


「はい、すんませんした。以後気を付けさせていただきますともよ」


 謝罪の角度は90度。だんだん尻すぼみになっていったかと思いきや、また流れ出した冷や汗と共に天満は腰を綺麗に直角に折り曲げていた。


「まあ、いいとしましょう。何言ってるのか一ミリも分かりたくはありませんが。そもそも口頭でーと言ってもですね、もう昨夜の内にある程度の内容はとっくにシェアされてる訳ですし」


「……そう、すよね」


 何気に辛辣な梓さんからのお言葉であったが、お許しが出たということで語尾がおかしくなっていた天満もようやく頭を上げる。


「でも自重はしてくださいよ? ただでさえ天満さんのは目立つんですから」


「はいはい分かってるよ。つうか、さすがにただの移動にそんな派手なマネはしねえって!」


「さあ、それはどうだか疑わしいですね。もう昨日のこと忘れたんです? あと、はいは一回」


「うぐ、それを言われちゃぐうの音も出んけど。それこそ本当に急を要した訳だしよ? それに、時間も時間だったから見られずには済んだってのもあるしさ」


 咲弥同様、大人しくなりかけていたのも束の間、ぶり返しそうになった天満のごみょごみょを梓がバッサリと切り伏せた。

 しかし、断固としてそんなヘマはしていないと主張する彼に、梓の冷ややかな目が突き刺さる。


「とにかくです。天満さんは自重に自重を重ねてですね、それを心に刻みまくってから使うぐらいがちょうどいいんです。じゃないと、気付いた時にはひと区画丸ごと消し飛ばしていました。なんてことになりかねませんし」


「梓ちゃんよ、俺をいったいなんだと思ってる訳?」


 これまでめげずに? 言い返していたさしもの天満も、恐る恐るといった感じに尋ね返す。


「言ってあげた方がいいです?」


「いえ、けっこうです。何もかも俺が間違ってました。今後はこれでもか! ってぐらいに注意を払ってから使わせていただきまっす」


 まあまあ、とはいってもどこかしら冗談めかして言ってるんだろう。と思って聞いてみたのだが、一向に変わらぬ〝梓の冷めた瞳〟を見るや速攻で天満は言を翻した。

 至って真面目、至って真顔でその先を続けようとする梓を、もはや平身低頭といった感じに天満は押しとどめる。


「……はあ、もういいです。そしてお二人はいつまでそこに突っ立ってるつもりなんです? さっさと座っちゃってください。飲み物準備しますから」


「「は、はい」」


 いい加減、私は疲れました。というように二人の相手を放棄した梓が、しっしっと手を振ってソファのある方に咲弥と天満を払い除ける。

 そんな扱いをされた当の2人はと言えば、これ以上梓を怒らせぬようそろりそろりと、言われるがまま素直に返事をして指示された席に腰を下ろすのであった。






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