異世界シクレイドル

エリー.ファー

異世界シクレイドル

 リズムが少し早いな。

 うん。

 いや、別に悪くはないんだけれども。

 それじゃあ、ないんだよなあ。

 まず、右足はそっち側ではなくてこっち。で、左足はそうなんだけどつま先立ちを意識してやって欲しいんだよ。

 まぁ、その、元の世界でダンサーをやっていたことは分かるんだけど、この世界じゃあそのダンスの仕方は通用しないんだ。

 もう、そのことは分かっていると思うけれどね。

 筋は良いよ、基本もできてる。なにより、振り付けを覚える速度が異常に早い。これならすぐにステージに出してもいいだろう。

 ただ、君はこの世界において部外者なんだ。分かるだろう。

 ということは、だ。

 中途半端なダンスだと、そんな者をステージにあげたのは誰だ、ということになる。

 プロデューサー兼振付師の僕の肩書にも傷がつく。

 いいかい、本気でやってもらう。できないとは言わせない。理解するまでやる。ステージで踊ることを諦めるな。いいね。

 いやいや、それにしても。

 君が転生してきたことで、元の世界は均衡が崩れてしまった。命の歪がうまれ、そのせいで多くの人間や動物たちが傷ついた。これは単純な損傷ではない。記憶や次元の傷だ。間もなくそれらが修復されるということになっているが、実際はどうなのか分かったものではない。多くの人は放置するだろうと言っている。私もだよ。私もそう思っている。

 君のせいで、君がいた元の世界はもう存在しない。

 君は自分がいた世界の上位互換の世界へとたどり着いたが、それは多くのものと引き換えだった。

 ダンスでは、何も変わらない。

 いいかい、君が本来行わなければいけないことは、元の世界の修復に自分の魂を使うことだ。そして、そこで次元についての基本的な知識や、この世界の物理法則を学び手伝うことだ。

 君はそこから逃げてきた。

 確かに、怖かったこととは思う。

 自分の責任にされ、しかも死ぬことが前提で話が進み、自分のやりたくないことをやらされる。

 その落胆。その絶望。その悲劇。

 想像はできる。

 でも、逃げるべきではなかったと私は思っている。

 何故、そんな話をしたのか、だって。

 そのつもりで踊れ、ということだ。

 私は君の才能に金のにおいを感じているし、この世界の文化を変えてしまうだろうと思っている。だから、大切に扱うし、自分の時間も犠牲にする。

 だが、次の瞬間。君が君の心を自分の手で折ってしまったら、もしくは自分で折ってしまったら。

 私は君をさっさと殺す。時間にして二秒もかからない。殺されたとも感じさせずに、殺す。

 君の存在はリスクだ。

 踊らない君は邪魔でしかない。

 死んでようやく人様の役に立つレベルのゴミだ。

 君は君の想像するよりも過酷な状況にいることを早く心で理解するべきだ。

 その説明を行うのは私ではない。君自身だ。君が君に向かって行うのだよ。

 踊りたまえ。


「あの男を躍らせるのですか」

「もちろんだ。才能がある」

「しかし、異世界からやってきたとか言っている、変なやつですよ」

「なあに、あれが嘘であることは分かっている。あいつの素性は完全に調査し終わっているからな」

「そうなんですか」

「おそらく、記憶を失って、そこに自分の妄想をつなげてしまったんだろう。無意識のうちに、自分で自分を騙している状態だ」

「そんなやつを躍らせて問題ないのですか」

「ダンスの上手い人間は幾らでもいる。ダンスが上手い変人というのは中々いるものではない。しかも、頭一つ抜けた奇妙奇天烈奇々怪々珍妙複雑奇天烈人間」

「はあ」

「金になるなら、なんだっていいだろう。エンターテイメントはすべてにおいて優先されるのだよ」

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