第14話 絆⑭

――生き残るのにふさわしいか


 大きな命題にハーレイは困惑した。


「………………ふさわしいか、ふさわしくないかの判断の基準は?」

「僕にもわからないよ。ウールヴェ達を犠牲にして、地上の人間に救う価値が本当にあったのか、なんて同化した今でもわからない。僕は、僕が関係している人達を救いたくて行動しただけで、そんな大義はなかったんだ。だが最後の時にウールヴェのトゥーラは言っていた。ウールヴェ達はずっと人間のすべてをを見てきたと。綺麗な面も汚い面も、人間に関する全ての記憶を共有していると。僕に協力して、僕に報いることが、ウールヴェ達の総意で『選択』だと。この意味わかるかな?」


 カイルは静かに語った。


「ウールヴェは『観察』し『考え』て『記憶を共有』し、人間に協力するか『判断』し、『選択』している。人間に対して審判しているんだ。問題は、人間が精霊の意に沿う行動をできるかだと思う」

「………………」

「権力に群がり陰謀いんぼうを張り巡らせる貴族や、宗教をゆがませて搾取さくしゅする司祭、金に執着し賄賂わいろまつりごとを腐敗させる老中、子供を誘拐ゆうかいし売り飛ばす奴隷商人、罪のない旅人達を殺害する盗賊、国同士を対立させて王位簒奪さんだつをたくらむ王族の血筋――それらの行為は、全てを俯瞰ふかんして見る世界の番人の目にはどううつるのだろうか?」

「待ってよ。今の時代の人は、精神的にまだ未成熟みせいじゅくよ?そこで判断するのは、早すぎない?」


 やや呆然としているハーレイに代わって、イーレが抗議した。


「イーレ、僕が判断しようとしたわけじゃない」

「わかっている、わかっているわ。でも、世界の番人に弁護くらいはできる立場でしょ?だいたい今だってカイルの中で静聴せいちょうしているかもしれないわね?」


 ハーレイは青ざめた。

 自身の不用意な発言が、西の民の総意と取られることはあるのだろうか?


「そんなことはないよ」


 ハーレイの思考を読んでいるのか、カイルは苦笑して答えた。


「…………カイル」

「ああ、ごめん。心を読んだわけではなく、顔の表情を見ればわかるよ。今のハーレイは、僕より腹芸はらげいができなくなっていると思っている」

「…………酷評こくひょうだな……」

「…………ハーレイ、普段の僕をどう思っているか、あとでゆっくり聞かせてね」


 にっこりと応じるメレ・アイフェスは、銀髪を治癒師を思い出させる微笑みを浮かべた。


「…………イーレ……」


 ハーレイは思わずカイルの指導者であるイーレに取りなしを求めた。


「ある意味、カイルが正しいわよ。今の貴方は、正直すぎるわ。いくら精霊の信仰が厚くても、精霊に対する交渉術は持っていてもいいと思うの。精霊は隷属れいぞくを求む支配者ではないでしょう?精霊というだけで、西の民はひるみすぎよ。本当にそのうち利用されかねないわ」

「………………」

「今のうちにカイルに聞きたいことを聞いた方がいいと思うわ」

「………………そうだな」


 ハーレイは伴侶の前向きな助言を受け入れた。


「…………世界の番人は、人間を見捨てる可能性もある審判者であることはわかった。例えば、この先、精霊の加護は失われることがあるだろうか?」

「ハーレイ、加護をどういうものだと思っている?」


 ハーレイは考えこんだ。


「西の地では、精霊に愛されている証とされている。特殊な才だ」

「実は特殊でもなんでもない」


 いきなり否定されて、ハーレイは絶句した。


「…………と、いうと?」

「今は一部の人しか使えない能力と思われているけど、その素養は誰でも持っているものなんだ。使い方を知らないだけで」

「それではまるで誰でも占者せんじゃになれるようだ」

「なれるよ」

「…………は?」

「本来はそうなるはずだったんだ。それが初代達の接触と血が混じって能力差が生じはじめてしまっただけで」

「「「え?!」」」


 黙って聞いていた他の二人も反応した。


「え?カイル、それどういう意味なの?」

「どういう意味もなにも、そういう意味だよ。シルビアに血液検査でもしてもらえば、確証を得られるかもしれない」

「「まて、なぜそう考えた?」」


 ハーレイとディムが声を揃えて、問いただした。


「ナーヤのお婆様の先見さきみが異常だからだよ」


 カイルの答えは単純だった。


「「は?」」

「あとは、僕が3番目の子供だったことかな」

「それがなんの関係が――」

「あと二人の初代王の子供はどうなったか、と考えたんだよ」

「それは…………当然エトゥール王族の血筋じゃないのか?メレ・エトゥールも姫もそれなりの能力者だ」

「二人の子供のうちの一人が西の氏族に行った可能性は?」

「…………ない……とは言い切れないか……」


 ディム・トゥーラは頭の中でその可能性と老婆の異常な能力値を検討していた。


「先見は未来予知ではないのか?」

「世界の番人の――という修飾がつく」


 カイルは厳密な指摘をした。


「単純に世界の番人の言葉を聞いて伝える精神感応者テレパシストではないかと仮説をたててみたよ。加護を持っていると簡単に言語の壁を越えられるよね。身体能力の高さや、加護の能力、遮蔽しゃへいの素質を全員が狩りの訓練で取得していること、全員能力者と判断してもいいくらいだよ」

「それが、ロニオスの接触で遺伝子の干渉があったと?」

「遺伝子の干渉――まあ、単純に子孫だよね」


 西の民の代表とも言えるハーレイは、大混乱の中、片手で顔をおおい、カイルから湧き出すように与えられる情報の海に溺れまいと、必死に思考しているようだった。

 彼は呆然としてつぶやいた。


「これは……おいそれと口にできないことだ……」

「なんで?」


 カイルはきょとんとして、ハーレイを見つめた。


「我々に初代エトゥール王の血が入っているということは、エトゥールと血族ということになる。我々は同じ血筋の氏族同志で対立していたことになる」

「ああ…………まあ、そうだね」


 カイルもあっさりと同意した。それから小さく笑った。


「エトゥールの貴族・平民などは、差別視していた西の民が王族の血筋で発狂しかねないね。なかなか面白いけど」

「面白いって……」

「面白いよ。価値観がひっくり返り、傲慢ごうまんな連中の鼻がへし折られるだから」

「面白がっている場合か?!……今以上に西の民への偏見と差別が広がる可能性がある」

「うん、その可能性は確かにある」

「カイル、冗談ではないんだぞ?」

「ハーレイ、僕も真面目に言っているよ。僕達がそんな差別の可能性を阻止するけど、西の民も変化するべき時期がきているんだ」

「なんだって?」


 カイルはハーレイを見つめた。


「西の民の自然と共生する文化は素晴らしい。だけど閉鎖的じゃないか。精霊信仰や自然信仰を維持しつつ、半分鎖国さこくのような状態から脱する必要がある」

「余所者を西の地にいれろというのか?」

「逆だよ、逆。西の民はもっと世界に出ていくべきだ」

「――」

「もう少し、戦闘以外の知識を入れてもいいんじゃないかな?勇猛果敢なことは理解しているけど、野蛮人と揶揄やゆされることは、西の民を知る僕が腹立たしく思う。それを正すのは西の民自身が立ち上がらなくてはいけない。もちろん、これは数年先で解決するレベルの話ではない」


 カイルは静かに言った。


「急激な変化が混乱をまねくなら、ゆるやかに変えていかなければいけない。ただ世界の変化から取り残されるべきではない。西の民は自国内以外は無頓着むとんちゃくな傾向があるからね」

「…………どうしたらいいんだ?」

「とりあえず国外交流とか?イーレとハーレイはもう既にやっているでしょ?ああ、若者達の言語取得からでもいいかな?加護の持つ若者を中心に他国の文化を学んで――あ、イーレの棒術指南しなんや他国の武術もからめれば、希望者は殺到するかも?自他とも認める脳筋だもんね」


 カイルの意外に能天気でありながら本質をついた絶妙な提案に、ディム・トゥーラはぼそりと言った。


「何年かかわるつもりだ。不干渉の原則はどこに行った…………」

「そんなもの、とっくの昔にどこかに埋没まいぼつしているわよ」


 イーレも小声で突っ込んだ。


埋没まいぼつさせたのは、イーレもだろう」

「うん、それは認めるわ。井戸掘りの時にめたかも」


 イーレはしれっと認めた。

 ディム・トゥーラは、この干渉問題が今後発掘される未来をうれえた。


「エドを巻き込みなさいよ」

「なんだって?」

「真実を隠して私をこの惑星に連れてきたたぬき親父おやじに、中央セントラルに関する後始末をさせればいいのよ。まだ、私はエドに対して怒っているんですからね。それぐらいの賠償ばいしょうは請求できる権利を持っているわよ」

「ジェニ・ロウもからんでいるのに?」

「ジェニはいいのよ。私の親友で、今までも世話になっているもの。だけどエドは許さない。さて、どうしてくれようか……」


 ディム・トゥーラは上司の対立を悟ったが、どちらにつくべきかは、すでに明白だった。


 イーレは大混乱中の夫に声をかけた。


「ハーレイ、初代の子孫うんぬんは、あくまでも仮説で証明されたわけでもないから、気に病む必要はないと思うわ。それより、私も閉鎖的なのは、気になっていたわ」

「イーレ」

「だからカイルの提案は悪くないと思う。風習や独自な文化は維持しつつ、少し外の風に触れてもいいと思うの」

「だが……しかし……」

「ある程度の変化は必要よ。ちなみに私は内部から改革に着手するけど」

「…………なんだって?」

「だって、西の民は男尊女卑の脳筋集団じゃない。これは矯正きょうせいが必要だわ。私が将来、長の妻の立場になったら、絶対にかかあ天下へ変革するわよ」

「――」

「………………別の意味で西の民男達の存亡の危機だ」


 カイルは不吉なことを言った。

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