第13話 絆⑬

 ハーレイはカイルの言葉に考え込んでいた。

 カイルの指摘はもっともであった。精霊に対する信仰心が厚いことが、西の民の長所であり、欠点でもあった。


 世界の番人の言葉だと信じて、偽者にせもの占者せんじゃに扇動され、盲目的に破滅の道を歩む可能性もあるのだ。

 欲や地位の維持のために、人は道を踏み外しやすいことは、ハーレイも理解していた。


「…………非常に難しい問題だ……。占者せんじゃの言葉を疑うことは、不敬にもあたる。西の地では許されないことだ」

「そうだね。占者が全員ナーヤぐらいの能力者ならいいけどさ」

「カイルは、我々の信仰のあり方が間違っていると思っているのか?」

「そうじゃない、そうじゃないんだ。ハーレイ、西の民の信仰心は純粋で美しく尊いものだ。永遠に失わないで欲しいと思っているくらいだ」


 カイルは金色の瞳でハーレイを見つめた。


「僕達の世界には精霊とかウールヴェはいないんだ。信仰のない世界からやってきている。そんな僕達が信仰について語るのはおこがましいことだと思っている。僕達の世界では、遠い昔に失われてた概念がいねんだそうだよ」

「誰が言っていた?」


 ディム・トゥーラがカイルの言葉を聞き咎めた。

 思わぬ突っ込みにカイルはたじろいだ。


「…………ロニオスの言葉を世界の番人が伝えてきたんだよ」

「あのクソ親父…………」

「…………僕の父親の株が最近大暴落しているのは、何故だろう……」

「隠し事が多い策略家だからだ!実際、最安値を更新している」


 ロニオスは失われた概念を発掘しに、この惑星の探査を計画したのではないだろうか。

 ディム・トゥーラの中に、そんな疑念が浮かんだ。


「まあ、確かに」


 カイルはディム・トゥーラの酷評を認めた。


「ハーレイ、僕達はその失われた概念を今この地上で学び直している真っ最中なんだ。僕達にとって、西の民やエトゥールの民こそが、賢者であり、導師なんだ」

「そんな馬鹿な……あれほどの精霊の御技を使いこなす偉大な導師メレ・アイフェスが学び直すなど、ありえないだろう」


 ハーレイは愕然とした。


「皮肉なことにその科学力は、地上の民が当たり前に持っている信仰や宗教概念を喪失そうしつして得たものなんだ。それがどんな世界か想像できる?」

「かがくりょく?」

「それが僕達の力であり、僕達の世界の誰でも使える技術わざだ。奇跡のように映るだろうけど、ありきたりの物なんだよ」

「……よくわからない」


 ハーレイは正直に言った。

 カイルは笑った。


「そうだね、違う世界を理解するのは難しいよね。僕も最初、精霊が理解できずに恐ろしかった。僕達の世界にはない手法で、遥か天空の彼方から僕を拉致らちって、地上に強引におろしたのだから」

「そういえば、そんなことを言ってたな」

「ウールヴェも理解できなかったよ。いろいろな姿に変える生物など、僕達の世界にはない存在だったから」


 カイルは少し視線を落とした。


「でも、僕のウールヴェと過ごした時間はかけがえのないものだった。今なら僕は世界の番人も、ウールヴェも理解できる。認知しただけで、今までの常識が覆されてしまったよ。…………それでね、ハーレイ。僕は今、世界の番人をこの身体の中に入れている。これは信じてくれる?」

「もちろんだ。ずっとひれ伏したいような気持ちになっている。精霊の泉で、精霊鷹に降臨した時より凄まじい圧を感じている。衰弱しているとは、信じ難いくらいだ」

「その世界の番人なんだけど……人道的とは言い難い存在なんだ」


 二人の間に沈黙が流れた。


「カイル、言っている意味がわからない。世界の番人のことだよな?」

「……うん」

「いや、世界の番人は、カスト王よりはるかに人道的ではないのか?」

「まあ、そうなんだけど…………その人道的な定義が、人間の視点とは違うのが問題かな」

「違う?……ますます意味がわからない」

「例えば、世界の番人が西の民に滅亡を望んだらどうするの?」


 ハーレイは絶句した。


「いや、そんな……そんな例えは無意味だろう……」

「例えじゃないし、無意味じゃないよ。僕のいいたいことは、それ。世界の番人の視野は、数日や数年単位ではないんだ。広すぎて何十年、何百年先を見据えている。世界の番人の思考や希望は、人間の情やきずななどを踏みにじるものになる可能性もある。そもそも過去に多数の死者がでている戦争や虐殺をなぜ止めなかったのか、という疑問が当然でてくる。世界の番人は止めなかった。止めない方が、望ましい未来が得られたからなんだ」


 カイルは吐息をついた。


「精霊の――世界の番人の価値観は、人間が個人的に望む未来から大きくはずれる危険性もあることを理解しておいて」


 ハーレイはカイルの言葉に混乱したが、何か重大なことを言われたことは本能で感じた。占者せんじゃ先見さきみの言葉のように、解釈をたがえてはいけないことであるのは確かだった。

 しかも現在、西の民の占者せんじゃ達は、そろって先見の能力を失っている。

 

 西の地の占者は、精霊が許可した言葉だけを伝えるという制約がある審神者さにわだった。

 では、カイルは?

 世界の番人を体内に同化させているカイルはどうだろうか?

 今のカイルこそが、制約を持たない真の審神者さにわではないだろうか?


 ハーレイは対話の言葉を探した。未来を語らないと言ったカイルが与えてくれた貴重な先見さきみの機会かもしれなかった。


「すまない。理解できないから質問をしてもいいだろうか?」

「もちろん」


 友人であるカイルへの口調が自然に改まってしまうのは、無理からぬことだった。ハーレイは西の民の氏族のために、あえて若長の責務を選択した。


「世界の番人は実在するのだよな?」

「実在するよ」

「世界の番人は、今、カイルの中に息づいている。いわば精霊せいれいろしの状態だと理解していいのか?」

「……ハーレイ、僕は『精霊せいれいろし』がどういうものか知らない……」

「…………」

「…………」

「そこからか………。そうだな……例えるなら……イーレに関する俺の記憶を見ただろう?確かアストライアーの関係者が、ナーヤに降臨していて、イーレに語りかけていた。あれはナーヤではない別の人物だ」

「ああ」


 カイルも言われて過去の記憶を思い出した。


「昔、エレン・アストライアーに仕えていた人だね。あの人は、エレンの死を悔やみ、再び戻ってくることだけを信じて、地上に心を残していた。僕の状態とは少し違うけど、まあそのようなものだと思ってくれていいよ」

「カイルが先ほど言った言葉の意味の真意を知りたい」


 元々、カイルには嘘は通じない。

 それならば、とハーレイはあえて本心をさらした。


「世界の番人の価値観は、人間が望む未来から大きくはずれる危険性もある、とは?」

「信仰心の厚いハーレイ達には、少々受け入れがたいことかもしれない」


 カイルは警告をした。

 ハーレイはしばし考えた。

 西の民は受け入れがたいこと――精霊への冒涜ぼうとくだ。


「精霊を否定するような内容になると?」

「僕は西の民の信仰の歴史を完全に把握しているわけではない」


 カイルの言い方は、回りくどかった。

 カイルが精霊に対する侮辱をしたとして、許せるだろうか――ハーレイは考えたが、すぐに答えはでた。カイル達は異邦人なのだ。


「だったら、ここだけの話としてもいい。それでも知りたいと思う。受け入れがたいことだと耳をふさぐのは、愚か者のすることだ」

「……賢者の考えだね」

「世界の番人の価値観の危険性とは?」

「ハーレイ達は、世界の番人を祈り慕いその意志に従うことで、繁栄はんえいの恩恵を与えてくれる存在だと思っている」

「実際、そうだろう?」

「根本の考えの問題なのだろうけどね、なぜ繁栄はんえいの恩恵を与えてくれると思う?」

「…………」


 意外な質問だった。


「……慈愛ではないのか?」

「母親が子供に与えるような無条件の愛のことを言ってる?では、その子供達が対立したときは、どちらに味方すると思う?」

「――」


 カイルは静かに語った。


「世界の番人は、地上人だけの守護者ではない。惑星――この星の守護者に等しい存在だ。人の思念エネルギーを利用して、それを世界の循環じゅんかんに利用している。その存在に敬意を表して、うまく共存関係にあるのが、西の民とエトゥールともいえる。真逆がカスト。他の国や民族は、僕の認知の範疇はんちゅうじゃないからわからない」


 ハーレイは、そこまでは理解することができた。


「我々が祈ることで、力を得ている――という理解であっているか?」

「うん、まあそうだね」


 カイルは言葉を探しているようだった。


「今から語ることは、不敬とかそういう感情は一時棚上げにしてもらいたい。今回、『彼』が僕達と共闘したのは、文明壊滅の危機に瀕していたからだ」

「……それは、長い冬の時代がきて、人が滅ぶという話だったな?」

「そう……宇宙――遥か彼方の遠い空から飛来する巨大な星がこの惑星に直撃するなど、世界の番人といえどもどうにもできないことだった。世界の番人の存在を認知している地上人が滅べば、世界の番人は存在できなくなる」

「………………………………」

「だから、それが初代ロニオスと世界の番人の『大災厄』に関する協力の由縁だった」

「………………初代エトゥール王が、今のカイルと同じように対話ができた状態だった、ということは理解できる。カイルの父親なのだよな?」

「うん。そして、大災厄の問題が解決した今、二人の間に交わされた誓約は曖昧あいまいな状態になっている」


 カイルは言った。


曖昧あいまい?」

「今まで、地上人に余計なことを語らない。地上人を傷つけない――こんなことが含まれていたと推察する」


 カイルは指を折りながら、語った。


「他の誓約の内容もわからない。まあ……そのうち判明するだろうけど。でね?さっきも言ったように、彼の判断の基準は、人間とは大きく隔たっている。地上人を観察している、とでも言えばいいかな?今まではウールヴェを使って、地上人を観察していたんだ」

「――」

「大災厄のため共闘していたとはいえ、本当に地上人は生き残るのにふさわしいか、ということを『彼』は静かに判断していたんだよ」

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