第12話 絆⑫

「そのエネルギー量が500年以上蓄積されたという根拠は?」

「だってエトゥールの建国の歴史は、初代ロニオスがエトゥール王になってからでしょ?地下拠点の上に城ができて精霊樹が存在しているのは、それからじゃないかな?あ、でも、もしかしたら精霊樹の元になる大樹があったから、ここに城をもうけたのか……?」

「世界の番人の記憶をのぞけないのか?」

「覗いてもいいけど、きっと僕は長い間、眠りにつくよ?」

「前言撤回。絶対にのぞくな。いいな?」

「あ、いや、ちょっとぐらいのぞいて見たいかも……?」


 懲りないカイルはディム・トゥーラに殴られた。

 



 

 精霊の泉の移動装置ポータルを目指してカイル達は馬に乗って移動を開始した。ハーレイの後ろにカイルが、イーレの後ろにはディムが相乗りし、馬達の負担を考え、帰路はゆっくりとしたものになった。

 先行しているミナリオがメレ・エトゥールに報告したあとに、聖堂を整えるための準備をする時間を与えるためでもあった。

 本当は急いで帰って、アドリーにいるファーレンシアに愛情のこもった書をしたためたかった。

 トゥーラがいれば、代弁者として半身のウールヴェをファーレンシアの元に飛ばしていただろう。


 だが、トゥーラはいない。


 またもや、カイルの中で半身を失った耐え難い悲しみがこみあげてきたが、それを察したディム・トゥーラが遮蔽しゃへいを強化することで、周囲への影響を遮断してくれた。

 カイルはディム・トゥーラに感謝の言葉を告げようとしたが、ディム・トゥーラは端末を注視し、あえてカイルを無視していた。


 カイルは途中でぽつりぽつりと、皆に大災厄の最中にあった世界の番人とトゥーラを代表とするウールヴェの対話を語った。


「よく、わからないわ」


 イーレは、正直に半ば憤慨ふんがいしつつ言った。


「なぜ、世界の番人がウールヴェに命じては、いけないの?ロニオスかカイルが命じる立場であるのはなぜなの?カイルにそんな残酷な選択を強いたのはなぜ?」

「イーレ、僕を想って怒ってくれるの?感激だなあ……」

「ちゃかさないで」


 イーレはカイルを叱り飛ばした。


「イーレ、カイルは照れているんだ。照れると、よくちゃかす」

「ディムっ!」


 支援追跡者バックアップの裏切りに近い暴露に、カイルは顔を真っ赤にして制止した。


「照れてるだろう?」

「…………ディム……」

「私は怒っているのよ、理不尽な選択を強いた世界の番人に。カイル、貴方は傷ついているじゃない。自分の選択した結果、半身であるウールヴェを失ったことに」

「……………………」

「世界の番人の警告はある意味正しいわ。貴方は一生、この選択で負った傷を心的外傷トラウマのように背負うのよ。それが世界を救うためにこれだけ奔走ほんそうした者への褒賞ほうしょう?おかしいでしょ?」

「……………………」

「なぜ、世界の番人はそんな重荷をロニオスや貴方に押し付けたのよ?」

「重荷というより代価かな。滅亡するはずだった世界の救済の代価は安くない。ただそれだけだよ」


 カイルは小さく息をついた。


「僕は、その覚悟があるか問われた――本当にただそれだけなんだ。ロニオスにはその覚悟があった」


 ディム・トゥーラは思い出していた。



――私は目的のためなら手段を選ばない男だ。妻も子供も私にかかわる者も、犠牲にすることをいとわない。もちろん私自身も犠牲にした。文明を救うという巨大なトロッコ問題を解決するのに必要なものは、一歩もひかないという断固たる決意だ



 アードゥルと対決していた上空で、ロニオスはそんなことを言っていた。

 ロニオス・ブラッドフォードは遥か昔から、ウールヴェ達のように全てを賭ける覚悟はできていたのだ。


「それに僕もお人好しじゃないよ?ちゃんと働いた代価はそれこそ、世界の番人から取り立てる」


 カイルは高らかに宣言をした。ふふん、とほくそ笑んでいる。


「こうやって世界の番人を救うことで、に強制的に恩を売ってる。利子まで取る予定だ」

「……思考パターンがロニオスに似ている……」

「え?!」


 ぼそりとつぶやいたディム・トゥーラの言葉にカイルは目を剥いた。

 ディム・トゥーラはカイルの抗議を受ける前に端末を操作しているふりをした。

 カイルは唇を尖らせて支援追跡者バックアップを睨んだあとに、話を続けた。


「重荷のような選択――これも僕はいろいろ考えたけど……人間の未来を決めるのは、人間であるべきで、僕達のように深い介入が禁じられているのではないかな?」

「どうしてそう思った?」

「西の民のナーヤやエトゥールのファーレンシアの存在がいるから」


 カイルはあっさりと答えた。


先見さきみか」

「そう。そもそも介入が許されるなら、先見ではなく、もっと直接的な道の示し方をしていると思うんだ。例えば命令するように。だけど、そういうことはない。選択をして、行動するのは、人間に託されている」

「昔、俺は占者せんじゃの警告を軽視して痛い目にあっている」


 ハーレイはその説を認めるかのように告白をした。


「その後、しばらく精霊を逆恨みもしていた。加護を失ったのも、その頃からだ」

「貴方が精霊を逆恨み?」


 イーレが驚いたようにハーレイを見た。

 イーレは精霊に対する信仰心が厚い若長の姿しか知らない。


 イーレとハーレイは、男女の関係というより、性別を超えた友情と信頼と好敵手ライバルとしてのきずなが強かった。

 イーレの原体オリジナルであるエレン・アストライアーの夫であるアードゥルや過去について、ハーレイは一切問わない。イーレもハーレイの亡くなった妻子さいしについて問わない。どちらも本人が語り出した時に、聞き役に回るだけで、踏み込む領域をわきまえていた。


 イーレが知っているハーレイは、精霊に対する信仰心が厚く、将来には西の民を代表する氏族のおさになる人物なのだ。その彼が精霊を逆恨さかうらみしていた時代があったというのは、初耳で信じ難い話ではあった。


「結局、世界の番人は道を示すけど、最終的にその道を選ぶかは、人間側に任されている――そういうことなの?」

「そうそう、そんな感じ」


 カイルは手を叩いて、イーレの解答を賞賛した。

 イーレはカイルをにらんだ。


「ちゃかさないで、と言ったはずよ」

「ちゃかしていないのに……」

「カイル、誤解を助長してイーレの鉄拳制裁てっけんせいさいが飛ぶ前に、自重じちょうすべきだ」


 経験と観察によるイーレの支援追跡者バックアップとしての若長の助言は、貴重だった。

 カイルは身震いをして口を閉ざした。


「なんで、そんな周りくどいことをするのかしら」

「人間の思考能力をうばわないこと、依存を抑制すること――そんなところだろう」


 ディム・トゥーラは推論を述べた。

 カイルも頷いた。


「僕ですら、ナーヤのお婆様の先見の能力に依存した」

「それは大災厄を回避するためで、必要だったことじゃないの」

「そうだね。要は社会的な大義と個人の差とも言えるけど。でも未来を知って、災難を回避できる手段があれば、人は自然にそれに頼る」

「いけないこと?生存本能のなせる業とも言えるでしょ?」

「でもやがて、それを利用する人々が現れる。まあ、その点はある意味ナーヤもそうだし、彼女は同時に依存することを封じていた賢者だけどね」

「どういう風に?」

「個人の先見に代価を要求していただろう?」

「………………」

「………………」


 思い当たる節があるのか、若長夫婦は黙り込んだ。


「…………確かに個人の依頼による先見は安くない……」

「…………ナーヤ婆は意外に商人ね。上手い商売だわ……」

「…………野生のウールヴェの肉で約3回分の先見だったな……」

「…………でもそれに見合った先見をくれるから、ある意味、等価交換よね?」

「…………代価をとることで、個人の依存を抑制していたと考えれば、上手いやり方だ」

「…………村の大事なことは無料だったわよ?」

「…………それが本来の占者の仕事だ」


 若長夫婦の会話の内容が、占者ナーヤの偉大さと狡猾さを物語っていた。


「西の地の占者がロニオスに匹敵する知恵者ちえしゃ曲者くせものであることは納得した」


 まだ地上滞在の日が浅いディム・トゥーラが結論づけたが、それは間違ってないな、と全員が思った。


「思考能力を奪う件については…………ハーレイは世界の番人の助言と言えば従うでしょ?」


 カイルが静かに尋ねた。


「もちろん、従う」

「ほらね。盲目的な信仰の結果、人々は思考を放棄して従う」

「駄目なのか?相手は世界の番人だぞ?」


 ハーレイはカイルの指摘に不思議そうな顔をした。


「その言葉が世界の番人の助言だとどうやって証明するの?」

「それは占者の言葉だから――」


 ハーレイはカイルが何を言いたいのか、わかった。それは実際に、西の民の根本の問題でもあった。


「つまり、ナーヤのような本物の占者とそれ以外の問題だな?」

「うん」


 カイルは頷いた。


「西の民の氏族ごとに占者はいるけど、世界の番人の真の審神者さにわはそれほど多くないよね。高い地位にしがみつき、金銭の要求で私腹を肥やしている――そんな占者は皆無だって言わないでね。

「………………」

「そして極端な話、そうやって盲目的に指導者や宗教関係者に従ったなれの果てが、カストのような国だよ。思考することを失い、自ら隷属を招いた例ともいえる。…………そういえば、進軍していたカスト軍は?」

「当然、村や街とともに消滅だ」


 ディムが答える。


「そう……かなりの数だったはずだけど……」


 カイルはやるせない溜息をついた。


「お前は世界の番人じゃないのだから、それを気に病む必要はない。カストの今後を気に病むのはガルース将軍の仕事だ」

「そう……だね……。ガルース将軍から何か連絡は?」

「メレ・エトゥールには何か入っているかもしれんが、俺は知らん」

「馬好き仲間なのに……」

「俺が担当している支援追跡バックアップ対象者が、音信不通の行方不明になって、それどころじゃなかった」


ハリセンボン並の棘だらけの言葉の攻撃にカイルは、被弾した。

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