第11話 絆⑪

「とてもいい。人のいない王都と王城は僕が隔離かくりされるのにうってつけだ。僕が隠居して潜むには理想的な場所だと思う」


 目を覚ましたカイルは半身を起こして静かに言った。


「起きたのか」

「おはよう」

「今は夜だ」


 カイルは苦笑した。ディム・トゥーラの機嫌はまだ悪かった。

 カイルは、体内チップで自分の殴られたほほあざれがひいていることを確認した。

 本当に手加減なしの一撃だったのだ。


「ディム、殴るならもう少し手加減してよ」


 カイルの抗議に、ディム・トゥーラは氷の視線を向けた。ふざけんなよ、この野郎と視線が語っていた。


「…………あとでもう一度、ぼこぼこにしてやる」

「ごめんなさいごめんなさい」


 カイルはディム・トゥーラの変わらぬ怒りの波動に即座に白旗をあげた。

 ディムは、呆れた視線を投げた。全く反省の色が見られない。


「お前、ふざけやがって、今に手痛いしっぺ返しを食らうからな?」

「あはは、そうかもね。――ところで、今の案だけど、応急処置的にメレ・エトゥールに提案できないかな?僕はエトゥールの聖堂を引きこもりの場所として個人的に占有せんゆうしたい」

うけたまわりました」


 ミナリオは即座に応じた。


「僕達はアドリーではなく、エトゥールに直接向かうよ」

「姫に会わずにか?」


 ディム・トゥーラの問いに、カイルはしばしファーレンシアのウールヴェに視線を移した。それからウールヴェの頭を優しく撫でる。


「今すぐにでも会いたいよ。でも僕の個人の我儘わがままでアドリーを訪問して、復興に奔走ほんそうしているアドリーを大混乱におとすことはできないかな。そのまま引きこもる。後日、ファーレンシアの訪問を待つことにする」

「聖堂は生活の場とするには、いささか備品が足りていません。せめて、準備する時間を数日ください」


 ミナリオが切実に懇願こんがんした。


「備品?」

「寝台も何もないのですよ?まさか、戦争の傷病人しょうびょうにんのように床に転がって過ごすおつもりですか?」


 カイルが露骨に視線をそらし、まさにそういうつもりだったことが判明し、ミナリオは主人の生活能力の欠如を嘆くように絶望の吐息をついた。

 ディム・トゥーラはミナリオの肩を優しく叩いた。


「諦めろ。こいつはそういうヤツなんだ」

「ディム様の言葉は説得力がありすぎて、お先真っ暗です」

「共に闇の道を歩む仲間ができて俺は嬉しいぞ」

「例のマニュアルの加筆修正をお願いします」

「まかせろ」

「ちょっと例のマニュアルって何?!」


 カイルが聞きとがめたが、二人に見事に無視された。


「カイル様はよくても、ファーレンシア様達には問題でしょう」

「あ…………」

「今、張っている防御壁シールドで物理的に温度調整は可能だが、その程度だ」

「身の回りの世話をする侍女達や料理人の手配も必要です。出入りする人間を選抜しなくてはいけません」

「保証してもいいぞ。こいつは何も自分の生活のことを考えてない」


 全員がカイルを見つめ、ディムの意見に頷いた。


「準備が山積みです……」

「私と専属護衛が先にアドリーに帰還するのはどうだ?私なら四ツ目をコントロールできるから、彼を無事にアドリーまで送り届けるのは簡単だ。途中で移動装置ポータルを使うこともできる」

「お願いできますでしょうか?」

「私とて、この馬鹿にいつまでもつきあって足止めされるのはごめんだ」

「ファーレンシアのウールヴェを先触さきぶれに使うといいよ。僕も、ファーレンシアを安心させたい。アドリーにはミナリオとアードゥル。僕達はエトゥールに向かおう」


 ディムは、ふとカイルに尋ねた。


「お前、拠点には――」

「多分、入れないんじゃないかな?の拒否感がすごい」


 カイルは胸に手をあてて答えた。


「お前は拠点にも入れなくなった状態で、今後地上で過ごす気か?」

「仕方ないよ。観測ステーションなんて論外だし」

「仕方ないですますな。全部、お前の行動の結果だぞ」

「うん」

「いつか後悔するぞ?」

「うん」


 カイルは肯定した。


「それでもこれが、僕の選択なんだよ。僕がせきを取るしかない」


 カイルはディム・トゥーラを見つめた。


「ディム、手伝ってほしいことがあるんだ」

「今以上に俺が手伝うことがあるのか?」


 強烈すぎる嫌味がこめられた返事に、カイルは肩をおとした。


「…………返す言葉もございません……」

「言うだけ言ってみろ」

「ちょっと僕はいかなければいけない場所があるんだ。そこへの旅路たびじに付き合ってほしい」

「どのくらいかかるんだ?」

「…………わかんない」


 ディム・トゥーラの鉄拳は、カイルに避けられ空を切った。

 カイルは手加減のない制裁未遂におびえた。


「……本当にふざけやがって……」

「ふざけてない!本当にわからないんだっ!でも、同行者として、ディムとディムのウールヴェ、イーレとハーレイが必要なんだ!」

「俺達だけか?彼等はいいのか?」


 ディム・トゥーラは、アードゥルとミナリオを示した。


「私はすでに別件の厄介やっかいごとを頼まれている」


 アードゥルは肩をすくめた。


「厄介ごと?」

「完遂したら報告する」


 複雑な表情を見せたアードゥルの様子に、本当に『厄介ごと』であることを、ディムは察した。完遂したら、という条件から推察できるのは、『今は報告し難い』類であるだろうということだ。


 アードゥルとミナリオはすぐに準備を終えた。彼等は夜が明けるとファーレンシアのウールヴェと共に、大災厄後の王族の滞在先であり、いまや復興の中心地であるアドリーに向かった。


 残った4人は境界の野営地にとどまり、クトリと通話しながら今後の方針を論じた。


「まずは俺とカイルは無人のエトゥールに戻る、これはいいな?」

「うん」

「私達は一度、精霊の泉で別れて、村に戻るわよ。再度旅立つ前に、食糧や馬の世話もあるから」


 イーレが言って、肩をすくめた。


「今のカイルが下手に村に顔を出すと大騒ぎになりそう」

「確かに……」


 カイルもその点を素直に認めた。


「むしろ、大騒ぎにして帰さなければ、村に取り込めるか」

「……ハーレイ、僕を信仰の対象にするのはやめて」

「残念だ」


 本当に残念がっている。イーレとの手合わせの時のようだ――と、カイルは警戒感を強めた。

 

「出発の日取りが決まったら、トゥーラ――じゃない、その虎のウールヴェを、飛ばしてちょうだい」

「わかった」


 イーレは寂しそうに息をついた。


「……もうあの子はいないのね。お菓子を食べたり、大食漢の賢い子だったのに、いないことがとても寂しいわ」

「…………イーレ、ありがとう」


 カイルには、ウールヴェのトゥーラを覚えて懐かしんでくれることがありがたかった。カイルの体感では、大災厄はまだ数日前のできごとなのだ。


 喪失感は埋まらない。

 これは早急に解決しなければならない、とカイルは思った。

 カイルのウールヴェの件にはそれ以上触れず、ディム・トゥーラは予定の確認をすすめた。


「エトゥールでしばらく待機して、再度出発でいいんだな?」

「うん、ファーレンシアに会ってから出発する。彼女に一目会いたい。可能なら生まれた娘にも」

「姫がわざわざお前に会いにエトゥールまで来ると?」

「ひどいよ、ディム。意地悪を言わないで」


 ディム・トゥーラの言葉にカイルはねた。


「そうじゃない、姫の健康問題だ」

「健康問題?!どういうこと?!出産は無事に終わったよね?!」


 カイルはぎょっとして蒼白になった。


「出産で体調を崩している。まあ、シルビアがついているから問題はないが……」

「体調を崩しているって何?!ディムはファーレンシアにあった?!様子は?!」

「落ち着け、出発前に面会している。出産が負担になったらしいが、シルビアがリハビリを担当している。だからミナリオが準備が必要というのも一理あるぞ?姫はお前と過ごしたがるだろうし、環境を整えてやるのも、夫の役目だろう?」


 ぶんぶんとカイルは激しく頷いた。


「……他には?」

「お前、男性陣に相当恨まれているぞ?」

「……………………はい?」

「姫に子供が生まれたが、男性は誰も面会できていない。初顔合わせの男性は、父親という風習がエトゥールにはあるそうで、姫と侍女達はそれをかたくなに守っている。メレ・エトゥールでさえ、姪の誕生なのに顔を知らない状態だ」

「そんな風習が?」

「姫は験担げんかつぎと言っていたな。侍女達が赤子の愛らしさを語り、それを見ることができない男性陣が地団駄を踏み、その恨みが全部、帰還しないお前に集中している」

「僕が会う前に、その愛らしさを男性達が享受していたら、僕は父親として嫉妬に狂うだろうね」


 カイルは少し笑った。


「エトゥールの状況を言うとな。地面が抉られて高さ1000メートルの台地の上に存在している。今、地上からのアプローチはない。王都に残留していた人間も、素直に全員アドリーに移住した。九死に一生を得たから当然だな。お前が計画を変えなければ、死んでいた運命だ。いまやエトゥールは全くの無人の都市遺構に近い」

防御壁シールドは?」

「維持している。時々酸性雨が降っている状態だ。石造りの建物など、影響が顕著になるだろうから、もったいない。クトリ、撮影情報を」

『はい』


 クトリはすぐにディム・トゥーラの持つ端末にデータを転送した。

 エトゥール周辺には、地下の岩盤が剥き出しになった大地が続いている。


「…………本当に荒野だね……」

「これでも予想被害より遥かに小さい。、相当干渉したな?」

「…………うん」

「おかげで、精霊樹は折れて瀕死の状態だ」

「精霊樹は?」

「一応、遮蔽しゃへいと物理的防御壁シールドを同時展開している。俺が最後に見たときは、聖堂と同じ高さまで、風化していた」

「…………そうか」

と精霊樹の関係を知りたい」

「多分ロニオスの方が詳しいよ」

「ロニオスは死んだ」


 カイルは何かを言いかけてやめ、しばし言葉を探して沈黙をした。


「あ~~これは僕の個人的な推測に過ぎない。今まで聞いた話から導いた仮説であってなんの根拠もないし……」

「かまわない」


 カイルは少し視線を落とした。


「僕達の世界から、故意的に削除された概念であり、精神産物であり、宗教的崇拝対象者――それが『世界の番人』。未成熟な精神文明段階で必ず発生する概念の精神体。やがて意志を持つまで成長した。精霊樹は――信仰と未成熟な人間が消費しきれない精神エネルギーを集約するためのシステム。エネルギータンクみたいなものだよ」


 カイルは、指を1本左右にゆっくりと動かし半円を作った。


「『世界の番人』は肉体を持たない。精霊樹のエネルギーが枯渇こかつすれば、そのエネルギーを元に存在している『世界の番人』も衰弱する。恒星間天体の被害を最小限にするには500年以上蓄積された人々の精神エネルギーが必要だった…………これで、説明になってる?」

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