第9話 絆⑨
せっかく脱出したのに、うっかり再び境界線を踏むようなリスクは回避するべきだった。
カイルは
ディム・トゥーラはカイルと目を合わせようとしなかった。
カイルは再会したディム・トゥーラに話しかけるタイミングを計ったが、完全に拒絶されていた。3人は無言のまま、森の中を歩いていた。
一方、ディム・トゥーラは、混乱していた。
その理由は、イーレ達の証言した場所が本当にあったこと、ロニオスらしき人物の助言があったこと、カイルと再会できたこと――そして、カイル・リードがカイル・リードでなくなっていることだった。
外見上に何も変化はない。
だが、ここにいるのはカイル・リードではない。
腕をつかみ、並んで歩いているが、ディム・トゥーラは大量の冷や汗をかいていた。
手に負えない強大な異質な
これは同調なんてレベルじゃない!
それでも、ディム・トゥーラはカイルの
「ディム……?」
カイルはディム・トゥーラの警戒感を察し、
ディム・トゥーラの混乱を理解したのは、アードゥルだった。
「カイル・リード、漏れ出ているぞ」
アードゥルの指摘に、カイルは気を引き締めた。やや、カイルの気配が通常に戻った。
アードゥルはこの謎の正体を知っていると悟ったディム・トゥーラは、ようやく立ち止まりアードゥルを見つめた。カイルの腕をつかんだまま、ディム・トゥーラは反対側の手でカイルを指差した。
「
「コレ扱い…………」
「少し説明が難しいかもしれないが、簡単に言うと」
アードゥルはディム・トゥーラに答えた
「こいつは、世界の番人という子犬を拾って、体内で飼っている」
『『「犬じゃない」』』
カイルと同時にウールヴェ達が唱和した。
「待て待て待て待て」
回答に、ディム・トゥーラの混乱はひどくなる一方だった。
自分のウールヴェの声を初めて聞いたという記念すべき瞬間だったのに、内容が
「子犬を拾ったって…………」
『『「犬じゃない」』』
論点をずらす唱和に、ディムはキレた。
「うるさいっ!お前達は少し黙ってろっ!!」
理不尽にディム・トゥーラに怒鳴られた一人と二匹は、不服そうだったがとりあえず黙った。
アードゥルが、解説を始めた。
「大災厄の対応で、力を使い果たし、世界の番人が
「はあ?!!世界の番人は?!」
「冬眠――冬じゃないからおかしいな――仮眠――それも違うな――仮死状態?」
「生きてるよ。
「わかるのか?!」
「もちろん」
ディム・トゥーラの
「僕は疲れ果てている世界の番人に、宿として、自分の身体を提供しているだけだよ」
「なんで、そんなことを?!」
「それが最善の方法だったから」
カイルは
「世界の番人が消失すれば、消える未来もあったんだ。それを避けるには、僕が素体になるしかなかった」
ディム・トゥーラは
「…………やらかすにもほどがある。それでこの威圧っぷりか……」
「……威圧?」
「…………しかも、無自覚ときている」
「別に無自覚でも――」
「規格外が規格外を飼ってどうする?!お前の漏れ出る気配は、明らかに異常だぞ?!」
「私と同意見で嬉しいぞ」
アードゥルが真顔で言った。
理解者がいることに、ディム・トゥーラは大げさな溜息をついた。
「規格外に無自覚……
「詰めの甘い大馬鹿もの」
「それだ」
「ちょっと、ちょっと」
カイルの抗議の言葉を二人は無視した。
「これは、一般人でも気づくレベルだぞ?」
「そうだろうな、世界を見守っていた巨大な思念エネルギーが人間という素体にぎゅうぎゅうに押し込められている。肉体の方が果たして持つのか?興味深い人体実験だ」
アードゥルの言葉に、カイルとディムはぞっとした。
「どうなるか、賭けてみるか?案外、肉体がはじけ飛ぶというオチもあるかもしれん」
「そんなことないでしょ?!」
「ないとどうして言い切れる?だからお前は詰めが甘い大馬鹿ものだ、と言っているっ!」
キレているディム・トゥーラの言葉は
ディム・トゥーラは長々とカイルの顔を
「もういい、この話はあとだ。とりあえずこの領域からでて、イーレ達と合流するぞ」
「イーレ達がきているの?」
「もちろんだ。ここに来たことがあるのはイーレ達とお前の専属護衛しかいない」
「もしかしてミナリオも?」
「当然だろう。どれだけお前の関係者が心配したと思っている?
不吉な予言をして、ディム・トゥーラは再びカイルの連行を始めた。
ディムにとりなしてよ、というカイルの
人にはできることと、できないことがあるのだ。
「どうやってあの異空間の位置を割り出したんだ?」
気まずい沈黙の行進を破ったのは、アードゥルだった。彼は歩きながら、ディム・トゥーラに問いかけた。
「まさしく異空間だと仮定して、物理的な計測値に頼って、おおよその中心地を割り出したんだ」
ディム・トゥーラは答えた。
「物理的?」
「
「ほう……結果は?」
「ここらへんは、重力波が乱れている。重力波異常の境界線を測定で割り出して、その円周曲率からおおよその中心位置と距離を割り出した。気休めに
「
「死んだサイラスがよく、言ってた。洞窟などの探索で、端末が使えない時の原始的だが、有効な手段だと。イーレが武器を拒絶する領域だと言っていたから、機械も拒絶する可能性があるだろうと予想はした。事実、端末の所持をウールヴェに否定されたんだ」
「ウールヴェが?」
「多分、端末を所持していると、入り口が見つけられなかったと思う。道の途中でおいてきた。忘れずに回収しないとな」
アードゥルは、しばらく黙ったあと、呟いた。
「……どういう基準なんだろうな?武器は殺傷や
「
ディムは聞き咎めた。
「人の血で汚れている剣などの武器類は不浄なものとされる風習もある。だから剣を持ち込ませなかった、とも考えられるが……。だが、多数の地上人を殺害した経歴を持つ私など
「だって、
カイルが口をはさみ、二人は発言者に注目した。
僕達――無意識にカイルが使っているなら、危険な兆候だ、とディムは思った。意識の境界線が曖昧になっている症例だった。
「それが免罪符になるのか?」
「なるよ。貴方が過去の行為で
「……私は何もしていないが?」
「地下拠点を一緒に発見してくれた。エレン・アストライアーの地下遺構を一緒に発見してくれた。それを避難地と使用してくれるのを認めてくれた。最後に恒星間天体の質量を減らすことに手を貸してくれた――」
カイルは、つらつらと項目をあげた。
「そんなことが加点になるのか?」
「そんなことどころじゃないよ。本当にそんなことどころじゃないんだ。だって貴方が協力してくれなければ、歌姫もエルネストも関わらなかった。最悪の未来ってなんだったと思う?民衆の暴動の末、王族であるセオディアやファーレンシアが殺害されることだ。そうなっていたら、僕は地上を救わなかったと思う」
意外な言葉で、ディムは呆気にとられた。だが、歩みは止めず、カイルの言葉を注意深く聞いていた。
「そんな可能性があったとでも――」
「あったよ。確かにそんな未来線もあったんだ」
カイルは、小さく息をついた。
「大災厄で生き残った人々が、怒り狂った僕に
「……その未来は回避されたのか?」
「おかげさまでね」
カイルは視線を落とした。
「僕にとっての最悪の未来は回避されている」
「…………この先は?」
ディム・トゥーラは問いかけた。
「この先はどんな未来が待っているんだ?何を見た?」
カイルはしばし黙った。
「いくつかの未来は見たけど、それは言うべきじゃないと僕は思った。だから僕は語らないよ」
「なぜ?」
「人々の選択を縛ってしまうからだよ」
カイルははっきりと言った。
「僕が語ることで、人生を左右される人がいる。昔、僕はセオディアに軽い気持ちで、描いた地図を渡し、戦争の結果を大きく変えた。僕が語ることで、それと同じことが起きる」
「俺は地上の未来はどうでもいい。お前の未来を知りたい。
「…………わかんない」
馬鹿正直にカイルが答えて、次の瞬間ディム・トゥーラに殴り飛ばされた。
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