第6話 絆⑥

「……やはり精霊――世界の番人の加護かごが欠けた状態だと?」

「前回はカイルのウールヴェが案内していたし、ナーヤが旅の先見さきみをしていて、俺達は事前に準備した。そういう意味では、精霊の支援は間違いなくあった」

「…………やっかいだな」


 信仰心のないディム・トゥーラにとって、精霊の見えない加護がどれほどのものかわからない。ないよりはあった方が、物事が順調に進むという曖昧な基準の価値判断をどう評価するべきか。

 だが、プロジェクトを進行する場合、想定リスクの設定は重要だった。ディムはイーレの意見を求めた。


「イーレ、どう思う?」

「野営時は、防御壁シールドを展開しましょう。馬をやられると問題だわ」

「他に問題になる野生生物は?」

「毒蛇や肉食動物はいるが、四つ目や野生のウールヴェほどじゃない」

「すると問題は、端末情報が使えなくなった時だな。クトリ、まだ測定値に異常はないか?」

『問題はありません』

「ディム、例の聖域にカイル達は本当にいるの?」

「いる」


 ディムは間髪かんぱついれずに答えた。

 森の聖地への道を辿たどるにつれて、ほんの微かなカイルの気配を感じるようになっていた。


「あの馬鹿は、この先に絶対にいる。どうしようもないことに足を突っ込んでいるに違いない」


 支援追跡者バックアップの断言は妙に説得力があった。





「…………私はミオラスの元に帰りたいのだが……」

「だから、ごめんって」

「この異空間と外の時間の流れの差異は?」

「かなりあると思う。少なくともファーレンシアの出産は、無事に終わったよ。計算すると大災厄から、1ヶ月は経過していると思う」

「すると、ここの滞在が長ければ、お前は妻子さいしが老衰するき目にあうと」

「不吉なことを言わないでよっ!」

「言いたくはないが、お前が元凶なんだからプレッシャーをかける権利はあると思うぞ」

「はい、おっしゃる通りで」


 花園の中でアードゥルは胡座あぐらを組みカイルを見据みすえ、カイルは正座をして神妙に聞いている。アードゥルは激情を抑え込んでいる方だと、カイルは思った。


 カイルは二度目になる――夢を含めると三度目かもしれない――不可思議な空間を訪れていた。

 一度目は、ディム・トゥーラの相方になる大人のウールヴェの探索で、カイルのウールヴェに連れてこられた時だった。あの時は、トゥーラに似た大人の狼型のウールヴェが来た。それはとんでもない飲兵衛のんべえであり、知恵者であり、初代であり、カイルの血縁者だった。


 二度目は、確かカイルが能力を暴走させて、ディム・トゥーラの怪我けがを負わせたあとだった。ジェニ・ロウに捕獲されたロニオスの精神的ダメージが、カイルのウールヴェにまで反映されて子犬サイズに縮んでしまった。婚約の儀が近かったので、トゥーラの容貌の変化は大問題だったのだ。

 聖堂でトゥーラをいやす力を、無意識に周辺に広げてしまったときに、この場所のまぼろしを見た。


 ウールヴェであるロニオスと出会った空間という説明は、アードゥルに絶大な鎮静効果があったようで、その当時の様子を根掘り葉掘り聞かれて時間は経過していた。


 その時間の経過にわながあることに気づいたのは、ファーレンシアの出産だった。不意に流れ込んできたファーレンシアのカイルを求める切ない思念に、カイルは彼女が出産の激痛と戦っていることを悟ったのだ。

 宥めて励まし癒しの波動を送った。上手く彼女に伝わっただろうか?

 時間の流れが違う――カイルとアードゥルは、ようやく地上との差異を悟った。


「で、はどうした?」

「僕の中で眠っているよ」


 世界の番人は、カイルと同調したまま深い眠りについている。世界を救うために『彼』は力を使い果たしていた。

 カイルは消滅しかけている世界の番人と同調したまま、強引にここにくるという選択を咄嗟とっさにし、存在の消滅を食い止めた。

 安全な場所にカイルを連れて瞬間移動テレポートしようとしたアードゥルの強大な思念エネルギーを、渡りに船とばかりに強引に捻じ曲げ、転移の行き先をここにしたのだ。

 ウールヴェですら直接転移できないと言っていた場所に転移できたことは、世界の番人と同調しているからか、世界の番人が衰弱しているからか――カイルには判断できなかった。

 

 だが、この地にきたら世界の番人の衰弱は止まり、回復のための眠りについたことを感じられた。

 その選択は正しく、カイルにしかできなかったことは彼自身が自負していた。

 

 その正しさを証明するかのように、カイルが見える未来は、急に灯がともったように様々な道ができた。世界の番人が消滅する危機があったこそ、未来を見通すことはできず、時間の中で闇に包まれていたのかもしれない。


をどうするつもりだ」

とかとか、もう少し言葉に気をつかってよ。世界を救った最大の功労者だよ?」

「得体が知れない存在なんて、で十分だろう」


 ああ、昔の自分がここにいる――カイルも同じ反応をしていたから、これ以上、アードゥルの態度を諫めることができなかった。その代わり、同調して眠っている世界の番人に全力でびる。ごめん、本当にあの頃の僕は頑固がんこだった――と。

 ロニオスが世界の番人と誓約を結んでなければ、その無礼な態度でかみなりにうたれていたかもしれないな、とカイルは深く反省した。


「で、どうするんだ」

「力を取り戻すまで、僕の中で休ませるよ」

「そのとんでもない強大な力を?規格外が規格外をきこんでどうする。制御コントロールを失う可能性もあるぞ」


 アードゥルのもっともな指摘にカイルは視線を落とした。

 世界の番人には、自我じががあるかといえば、ある。人と同じように扱うならカイルの方が精神崩壊せいしんほうかいを起こす可能性があるのは確かだ。『彼』が回復した時に別の手段を講じる必要はあった。

 だが、それは『今』ではない。


「今は枯渇こかつしているし、源泉は地上の制御されていない思念エネルギーだ。『彼』を保護しないと、負の感情に引きづられる可能性があるんじゃないかと……。あくまでも仮説だけど」

「つまり衰弱している状態で、世界が混乱している現在は、負の感情の集約で世界の番人自身が使役される可能性があるということか」

「…………あくまでも仮説だけどね……貴方がウールヴェを四ツ目化した現象が、無意識に地上の人々の感情で生み出される可能性がある。未曾有みぞうの大災害なんて、不安と絶望と悲しみの温床おんしょうじゃないか。ウールヴェが世界の番人の分身なら、本体だってその影響を受ける可能性はないとは言い切れないでしょ……」


 アードゥルも長い溜息を是見これみよがしについた。

 だが、カイルの賞賛すべき行動はそこまでで、その空間に滞在後、脱出する手段をカイルは持たず、アードゥルの評価点はマイナスを刻み続けている。すでに総合評価はマイナス領域だ。


「今のお前は先見さきみができるんだろう?どういう未来予知があるんだ?」

「ええっと……」


 カイルの目が泳いだ。

 これが都合が悪い時のカイル・リードの癖であることをアードゥルは学んでいた。腹芸が全くできない分、わかりやすかった。


「はっきり言え!一生、このままか?!」

「そうじゃないよっ!救援は確実にくるよっ!」

「だったら問題ないだろう?」

「いつ、くるか、はっきりしないんだよ……ディム・トゥーラは僕を探してここまで辿り着く。どの未来でも遅かれ早かれここに辿り着くんだ。それがいつの未来かまで読み取る前に、世界の番人が眠りについた」

 

 カイルも小さな吐息をついた。


「おまけにここは遮蔽しゃへいがきつくて、外部との遮断しゃだんされている。時間の流れもよくわからない」

「姫とは一瞬とはいえ、連絡がついたのだろう?」

「あれは出産の極限状態による意識の乖離かいりの産物だよ。彼女に伝える余裕はなかったし、僕自身がショックを受けていたし……」

「ショック?」

「僕は初めての子供の誕生という一生のイベントで、妻に寄り添えなかったダメな夫の烙印らくいんが刻まれたんだよ?!」


 わなわなとカイルは震えた。


「ひどいと思わない?!世界を救うために頑張ったのに、負の烙印らくいんが押されちゃうんだよ?!」

「……あ、ああ」


 アードゥルの反応はやや遅れたものになった。


「もうファーレンシアに愛想あいそをつかされる寸前だっ!こんなに頑張ったのに、誰もめてくれない」

「姫がお前に愛想あいそをつかすのなら、とっくの昔だと思うが?」

「…………それ、なぐさめにもフォローにもなってない……」


 カイルはやさぐれた。


「そんな未来を見たのか?」

「そんな未来、怖くて確かめられないよ。激怒したメレ・エトゥールから妹との離縁の通達とか、戻ったらファーレンシアが誰かと再婚しているとか……怖い想像ばかり頭をよぎる……」


 カイル・リードにベタれの姫がそんな行動を取るなどありえないのは、アードゥルにも理解できたが、面倒なので言わなかった。勝手にありえない未来で悩むといい。

 アードゥルはぼそりと言った。


「どちらかというと、激怒しているのはお前の支援追跡者バックアップだと思うが」

「…………………………………………やっぱり?」


 世界の救世主とは思えない情けない顔をカイルはした。


「どの未来線を見ても、ディム・トゥーラが僕を探し出してくれるのはいいんだけど、必ず僕は殴られるんだけど……?」

「素晴らしい先見だ。いっそうのこと占者せんじゃとして開業すればいいんじゃないか?殴られてしまえ。確定未来とは喜ばしい」

「同情してよ」

「事実は認めるべきだろう?どう考えてもお前はやらかしすぎて、支援追跡者バックアップを振り回している」

「きっと遺伝だよ」

「――」


 カイルの切り返しに、アードゥルの反応は再び遅れたものとなった。遺伝子理論からいけば、ロニオス・ブラッドフォードの血がなせる業と言えるが……。


「…………その可能性は、確かに否定できないな」


 考え込んだアードゥルをカイルは見守った。


「……僕の父親って、意外に酷評されるよね?ロニオスが元支援追跡者バックアップだったきずなはどこへ行ったの?」

「エトゥールの真下の地下拠点の冷凍種子保管庫の片隅あたりに転がっているような気もする」

「その凍り付いているきずなの話も、そのうち聞かせてよ」

「生存している息子に、父親の悪口を聞かせるのか?」

「……悪口になっちゃうんだ……」

「彼が散々黙って行動した結果が、今だぞ?彼の周囲には振り回された人間が多数で、その結果として私はこの地にいるような気がしてきた……」

「僕に対するマイナス評価は、彼にツケておいてください」


 カイルは真顔で言った。

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