第5話 絆⑤
世界の番人という強大な力を持つ存在が、大災厄のため衰弱している今こそ、機械による探査やマッピングは可能ではないかと、ディム・トゥーラは考えていた。
だが、ロニオスを欠き、地上に降下してしまったディム・トゥーラが観測ステーションと秘密裏に連携するのは、困難を極めた。
結局それを補完することは、地上組のエルネストとクトリ・ロダスを頼るしかなかった。
「えっと……重力波異常、電磁波異常、通信異常、天候異常あとは何を追いかければいいんですか?」
クトリは端末の設定を行いながら尋ねた。
「俺の動体観測ユニットとリンクして、魔獣の接近に備えることができたらありがたいが……」
「魔獣?四ツ目はアードゥルが生み出していたのではないのですか?この段階でも魔獣の四つ目を警戒する必要があると?」
クトリの疑問に答えたのはエルネストだった。
「アードゥルは負の感情でウールヴェを変化させて生み出し、支配していた。地上の人間だって負の感情は持つだろう?おまけに正常なウールヴェは、いまや絶滅危惧種だ。私は、四ツ目が世界の番人に従って、恒星間天体に特攻をかけたとはとても思えないのだが?」
「え?それって?」
「地上には四ツ目が残留している。大量に」
ディム・トゥーラが解説を引き取った。
「えええええ?!危険じゃないですか!」
「だから動体観測ユニットのリンク情報も欲しい」
「了解です」
「あと、現在位置の
「その心は?」
「イーレが言うには、一歩進むと森ではない場所にいたという。どこで、その
「………………はい?」
「例えるなら、見えない
「えええええええ?そんな罠にどう対処するんですか?しかも地上じゃないなら、どこなんです?」
「………………どこなんだろうな」
そこを定義する言葉をディム・トゥーラ達は持たない。ディムは吐息をついた。
エルネストも考え込みながら言った。
「5分ごとに、双方向で
「悪くない」
「いやいやいやいや」
クトリは思わず二人の提案に突っ込んだ。
「地上に遭難するような異空間があるなんて、どんな中世の画像娯楽ですか。それ、絶対におかしいですよ」
「実際にあるから仕方ない」
「……なんか、最近悟りを開いてません?」
「カイル・リードに対する怒りが三周回ると悟りが開ける可能性はあるな」
エルネストは
「………………カイルよりロニオスだ」
ぼそりとディムは言った。
「なんだって?」
「あの
「あ〜〜……まだ引きずっているんだ……」
「しっ、火薬庫に火薬は残留しているようだ」
エルネストの警告にクトリは口をつぐみ、作業に没頭しているふりをした。
エルネストは諦めて
「君を地上におろしたという絶大なる功績に対して、ロニオスの
「それがわかっているから、悟りの境地なんだが……」
「…………なんとロニオスは賢人製造機だったか……まあ、確かにジェニ・ロウなんかは尊敬すべき賢人だったな……ロニオスに振り回されつつも彼をある意味、制御していたんだから」
「しまった。俺が弟子入りすべき人物はロニオスではなく、やはりジェニ・ロウだったか……」
「苦労人とか、貧乏くじとかいうカテゴリーから行けば、君はジェニ・ロウの弟子入り資格は絶対にあると思うぞ」
エルネストは嫌な承認分類の仕方をした。
探索のメンバーである四人は、西の地である精霊の泉から出立した。念のため、前回と同じ条件をできるだけ
先導役を務めるのは、ディム・トゥーラとファーレンシアのウールヴェだった。二匹はそろってゆっくりと歩き出す。ディム・トゥーラの思惑通り、深い森の中を北西に進路を取り出した。
ディム・トゥーラは端末を片手に、イーレの馬に二人乗りをさせてもらった。
「どう?」
「感度は今のところ良好だ」
『こちらの通信状態も問題ありません』
クトリの声が響く。
ハーレイとミナリオは、クトリの声に驚いたようだった。
「まるで、
「カイル様を起こしに、声だけ降臨したディム様を思い出しますね」
ディムは内心苦笑した。一般通話が奇跡の
「そのままこちらの音声を追跡してくれ」
『了解しました』
「…………イーレ、乗馬が上手いな」
相乗りをしながら、ディムはイーレの腕に感心をした。
「ふふん、教えてあげてもいいわよ?」
「ちなみに西の地じゃ、馬を扱えない男の地位は、低いからね?
挑発されている――ディム・トゥーラはそう感じた。
その証拠にイーレはにやりと笑って、背後に相乗りしているディム・トゥーラの出方を伺っている。
つまりは「教えてください」と乞われるのを待っているのだ。
時々、この年寄りは子供の様に面倒くさくなる。外見年齢に引きずられているのか、
ディムは、とぼけたように呟いた。
「…………ガルース将軍に教わるか」
「ちょっと!なんで、私じゃなくカストの将軍を頼るのよ?!」
イーレはディムの読み通りの反応をした。
「イーレの教え方は、容赦ないスパルタ式であることはサイラスを見ているから、わかっている。ガルース将軍なら馬談義で盛り上がるから楽しく学べそうだ。俺の本能がイーレから逃げろと告げている」
「失礼な」
「じゃあ、指導方式は?」
「スパルタ」
「予想通りの回答をありがとう。俺はじっくりと探求しながら学ぶのが趣味なんで、
「…………私の
「イーレ、本音が漏れてる」
ハーレイが伴侶のミスをそっと指摘する。
「貴方、カストとエトゥールが因縁あるってわかってる?西の民よりカストを選ぶって国際問題じゃない?」
「西の民は、強者なら認めるだろう?ガルース将軍は、西の民からそれなりの尊敬を得ているとみたが?」
「違いない」
ディム・トゥーラの推察に、ハーレイの方があっさりと認めた。
「ガルース将軍は、
「つまり、西の民的にガルース将軍との交流は問題ない、と」
「そうなる」
「俺はカイルと違って、エトゥールに属しているわけじゃないからな。エトゥールの
「…………カイルに属しているじゃない……」
イーレがぼそりと突っ込み、背後から生じた
「イーレ、なんか言ったか?」
「……何にも言ってません。言ってませんよ。本当に言ってませんから」
「イーレ、。
ハーレイがまたもやそっと伴侶のミスを指摘した。
「少なくとも、背後にディム・トゥーラを乗せている時にしちゃいけない話題ってことは、学んだわ」
ディム・トゥーラは、端末で現在位置をチェックしながら、イーレの言葉は無視した。
「決めた。俺はガルース将軍に乗馬を習う」
「ディム〜〜〜」
「俺がガルース将軍と交流しても問題ない立場だから、いいだろう?俺は別に」
「え〜〜、だったら私だって将軍と交流したい」
「…………交流は、手合わせと同義語じゃないからな?」
「「え?」」
戦闘民族夫婦が
「え、じゃないだろう。イーレ、西の地に染まりすぎだ。メレ・エトゥールの外交戦略の邪魔はしないように」
「やだやだやだ」
『あの〜〜』
ディム・トゥーラの手にしている端末から、遠慮がちに声があがる。端末を通じて、一連の会話を黙って聞いていたクトリだった。
『…………ディム・トゥーラの長期滞在を前提にしていませんか……それって?』
「「あ…………」」
クトリの突っ込みの声によるもっともな指摘に、二人ともはっとした。
メレ・アイフェス達の
聖地を目指す旅の中で、3度ほど四つ目に遭遇し、戦闘になった。慣れたハーレイとディム・トゥーラのウールヴェが難なく撃退をした。
ここぞとばかりに、ディム・トゥーラは四つ目の死体を検分した。手持ちの
「…………上手いな。本職か?」
その慣れた解剖動作にハーレイは、感心をした。
「本職と言えば、本職だけど……動物専門家よ」
「狩人?」
「あいにくと狩の腕はないわね」
「狩人はサイラスの仕事で、俺はサイラスが狩った獲物の調査――が正しい表現だな」
ディム・トゥーラは、以前サイラスが転送してくれた
「面白い。四つ目の死体は消失しないんだな」
肉塊になった魔獣をナイフでつつきながら、筋肉や腱の詳細を確認して、ディム・トゥーラはちゃっかりと新規データを取得した。
「消失したら素材は残らないわよ。四つ目の素材は、なかなか狩れないから高額よ。サイラスが荒稼ぎしていたわね」
「肉は?」
「こんな風に綺麗に毒腺がとれることがないから、いつも燃やすの。下手に埋めて地下水が汚染されたら大問題よ」
「なるほど、イーレ、今度食べてみるか?」
「上司で人体実験するって、どういうこと?人事査定があったら覚えてらっしゃい」
「興味があるくせに」
「……食料問題解決のため、という建前をせめて用意してちょうだい」
「そういえば、前回は一度も遭遇しませんでしたよね?」
ミナリオは、ハーレイとともに四つ目の死体の処理をしながら、若長に尋ねた。
「そうだな。あの時は、精霊の加護があったのかもしれない」
二人の会話にディム・トゥーラは思わず確認した。
「前回は遭遇しなかったと?」
「全くありませんでした。ディム様が事前に接近を予告してくださるので対処できましたが、奇襲を受けると危うかったかもしれません」
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