第4話 絆④

 恒星間天体の落下の中心となった王都周辺は壊滅状態であり、村や街は当初の想定通り消滅していた。

 エトゥールの王都に進軍していたカスト王の軍勢も当然巻き込まれ、その痕跡すら確認が困難だった。 

 カスト軍や疎開を拒んだ人民の安否は、ほぼ無視された。

 荒野と化した大地がそれを物語っており、あらためての捜索など『無駄な労力』だと誰もが思っていたのだ。それより遥かに成すべきことが、大災厄を生き残った人々の前には山積みされていた。


 一方、地上に出現したクレーター痕は、無傷な王都を完全なる陸の孤島に変貌へんぼうさせていた。国の中心であるはずのみやこは、無傷でありながらも皮肉なことに機能を失っていた。


 クレーターリムは絶壁の谷を形成し、王都への接近を拒絶していた。


 人の出入りが不可能な大都市が王都として存続可能であろうか。おまけに王都自体が道のない岩場の上に存在している。周辺の復興を推進する以前の問題だった。

 難攻不落の都市伝説はここから始まったとも言えた。


 メレ・エトゥールは、治癒師である伴侶の助言を聞き入れて、王都周辺への帰還を一定期間禁じた。

 舞い上がった粉塵ふんじんは気管支と肺の炎症を生じ、降る雨は酸性のため、皮膚炎をもたらす恐れがあるからだ。

 無知な民衆のために、わかりやすい挿絵さしえのある通達が出された。無論、絵を描いたのはカイルであり、大災厄前に準備されていた。この警告を無視した無謀な民は、予言通りに身体を壊して、アドリーの治療院の世話になることとなり、関係者に危険が真実であることを証明した。


 エトゥール王は、アドリーを拠点として復興の指示を出していた。

 偉大なる導師メレ・アイフェスである彼の義弟は、大災厄に巻き込まれて――それは真実でもあったが――安否確認ができず、民衆達は無事を祈った。

 アドリーや、地下拠点での避難生活が続いていたが、民衆の不満は最低限に抑えられていた。

 食糧や生活用品の配給は数量が制限、管理されているとはいえ、差別なく行われたことが大きな要因の一つだった。未曾有みぞうの大災厄でありながらエトゥールの避難民は、実際、備えを怠った外国より恵まれた生活を送ることができていた。


 もう一つは精霊信仰だった。

 精霊の御使いが多数、大災厄に特攻する姿を目撃した人々は、その恩恵に感謝し不平不満を口にすることを控えていた。それを証明するように、いつのまにか祭壇さいだんや簡易天幕による礼拝場所が作られていた。

 そこへ訪れる人々は、大災厄を生き延びることができたことの感謝と、明日からの生活の安泰を祈るのだった。




 大災厄後、ファーレンシア・エル・エトゥールの出産の場は、当然被害のなかった国境地帯であるアドリーだった。

 元々、王都の消失を前提として備えていた辺境の都市の拡張は、復興の中心になるべく、急ピッチですすめられていた。


「お久しぶり……いえ、初めましてが正しいかもしれませんね、ディム様。私の都合により、お会いできずに申し訳ありません。このような姿で申し訳ありません」


 寝台に半身を起こして、ファーレンシアは客人に対して丁寧ていねいに挨拶をした。

 元々身体が丈夫ではないファーレンシアにとって、出産はやはり負担で、ほぼ1ヶ月ほど寝たきりになってしまったのだ。今はシルビアが付きっきりで、おとろえた筋肉のリハビリを担当していた。


「いや、気にしないでくれ」


 ディム・トゥーラの方が、ファーレンシアの健康状態に気後きおくれした。

 「地上の出産が命がけ」と以前アードゥル達から聞かされたことがあるが、ファーレンシア姫のやせ方は出産がもたらしたもので間違いなかった。体力を消耗した彼女は、やや不健康にほほがこけていた。


 体調は万全ではないだろうし、何よりも彼女の伴侶であるカイル・リードの消息不明は精神的負担を生み出しているに違いない。

 大災厄の1ヶ月後に彼女は出産し、さらに1ヶ月が経過していた。

 カイルへの怒りを持て余したディムは、降下後から今まで、ファーレンシアとの面会を避けてしまった。


 出産という偉業を成し遂げ、伴侶が行方不明という悲劇的な状況でありながら、エトゥールの姫は毅然きぜんとしていた。

 これにはディム・トゥーラの方が、おのれの未熟さを恥じた。姫の方が、はるかに大人の対応をしている。


「これだけ長いつきあいの中、肉体をともなって会うのは、確かに初めてだったな。だが、初めまして……と挨拶あいさつするのも、なんともおかしい話だ。初めまして、ディム・トゥーラだ。カイルが世話になった……この挨拶もおかしいか……どちらかというとカイルが迷惑をかけまくっていたしな」


 ファーレンシアはディム・トゥーラの正直すぎる言葉に微笑んだ。ファーレンシアは改めて挨拶あいさつをした。


「初めまして、ディム様。ファーレンシア・エル・エトゥールです。ずっとお会いしたいと思っていました」


 寝台の上とはいえ彼女の礼は気品にあふれており、これが地上の貴族の洗練された礼法か、とディム・トゥーラは感心した。

 ファーレンシアは、それから胸のロケットペンダントをそっと触れた。それは以前、ディム・トゥーラがこっそりとプレゼントしたカイルの写真入りのロケットペンダントだった。


 当時の密約を思い出し、二人は顔を見合わせて笑い、互いの緊張がほぐれた。


 ディム・トゥーラは、あらためて本題を切り出した。


「カイルを探しに行こうと思う」

「はい、お願いします」


 それからファーレンシアは寝台の脇に控えるやや小柄な白い狼姿のウールヴェに視線を向けた。


「私のウールヴェをお連れください。きっと役に立つでしょう」


 ディム・トゥーラはその申し出に、ほっとした。

 どうやって切り出すべきか、考えあぐねていたからだ。カイルを探すために、ウールヴェを動員するなど非科学的なきわみだった。だが、エトゥールではおかしなことではないらしい。


「……相変わらず、姫は余計なことを聞かずに全てを察してくれる。非常に助かる」

「あら、そうですか?」


 自覚がないのか、ファーレンシアは小首をかしげた。

 そういう知的であり、愛らしいところに、カイルは惹かれたのだろう、とディムは思った。何よりも孤独な地上生活を支えたのだ。世界の番人にも、このえんを結ぶ未来が見えていたに違いない。


「初めて接触コンタクトをした時も、俺の指示に素直にしたがってくれた」

「……カイル様が長い眠りについていた時のことですね。少し懐かしく思います」


 ファーレンシアは視線を落とした。


「カイル様をお願いします」

「殴ってでも連れてくるから安心してくれ」

「それも懐かしいですね。あの時も、ディム様はそうおっしゃいました」

「……よく、覚えているな」

「はい、あの時、私はその台詞を聞いて安心をしたのです。ディム様がいれば、カイル様は大丈夫だと――だから、今回もお願いいたします」


 ファーレンシアは伴侶の親友に再び頭を下げた。隣室で赤ん坊が元気よく泣く声が聞こえる。

 

「……子供も元気そうで何よりだ」

「カイル様が戻り、早く皆にお披露目ひろめをしたいものです」

「まさか、メレ・エトゥールも会っていないのか?」

「はい」


 初顔合わせの男性は父親、という風習をファーレンシア達はかたくなに守っていた。それは親族にも及ぶらしい。

 

「その風習の由来ゆらいを今度ゆっくり聞いてみたいな」

「たいしたことではございませんのよ?本当に縁起をかついでいるだけで。舞踏会の三番目の相手や、ドレスを当日まで見せてはいけない、そういうのと同じたぐいです」

「それはまさか全て初代エトゥール王がらみの験担げんかつぎではないだろう?」

「そのまさかです」


 ファーレンシアは笑って認めた。

 

「……………………冗談だろ?」

「兄が持っている禁書の類に、そんな記述があったとか、なかったとか。多分、カイル様もまだお読みになっていないかと……」

「帰還したら、カイルより先にそれを読みたいな」

「では、カイル様が無事にお戻りになられたあかつきの報酬はそれでよろしいですか?」

「本来なら協力の報酬と迷惑をかけている慰謝料でこちらが王家に支払わなければいけないような気がするが?」

「それは、カイル様に内緒で『すてーしょんの思い出話』の追加でもよろしいですわよ?」


 ファーレンシアは悪戯っぽく笑った。

 エトゥールの王族は、やはり交渉上手だ、とディム・トゥーラは思った。




 

 カイルを探索するメンバーとして、若長とイーレ、カイルの専属護衛のミナリオが「例の場所」における前回の訪問者であり、絶対に外せなかった。そこにディム・トゥーラが加わった。


 エルネストは各拠点を知る者として、メレ・エトゥールの元に残留するしかなかった。移動装置ポータルを使いこなせる初代は、彼だけになっていたからだ。

 大災厄は、エトゥール以外にも破片による被害をもたらしていたので、重症者は移動装置ポータルを使い、アドリーに運び治療を受けることになった。

 治療の責任者はシルビアであり、第一兵団と侍女達が運ばれてくる怪我人の搬送と手当を主に受け持った。


「本当なら私も同行したいのですが……」


 シルビアが抜け出せる状況ではなかった。

 あれだけ疎開と避難計画を練り、民衆を大移動させても、怪我人は多数でていたのだ。


「シルビアとクトリはこちらに残ってくれないと困る。言わば我々の命綱いのちづなだからな」

「どうやって、そのカイルがいると思われる『地上じゃない場所』を探すのですか?」


 シルビアの質問に、ディム・トゥーラは珍しく視線を泳がせた。


「あ〜〜、シルビアには少し言いづらいかな……?」

「なぜ?」

「シルビアは世界の番人の友人だろう?」

「はい」

「俺は大災厄で衰弱すいじゃくしている彼の状況に、まさにつけこもうとしている」

「なんですって?!」

「世界の番人の能力が制限されている今なら、いろいろ機械探索をしても妨害がないのでは、と予想している」


 シルビアはディム・トゥーラをにらんだ。その迫力にディム・トゥーラはひるんだ。

 これが、カイルが語っていた周囲を一気に氷点下気温にするというシルビアの視線か、と悟った。確かに怖かった。


「…………だから、言いづらいと言ったじゃないか」

「貴方の発言は、カイルが意識不明でありながら、彼の私室に無断でずかずかと入り、彼の絵を好き勝手に回収する中央セントラルの管理官のようだ――と、表現すれば理解してもらえますか?」

「…………直訳すると、『貴方って、最低』と言われてることは、理解した。すまない、失言だった」


 ディム・トゥーラは、片手をあげて素直にびた。

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