第3話 絆③

 実際、エルネストの指摘通りにディム・トゥーラは激怒していた。その自覚は彼自身にもあった。


 この精神状態は、出産間近であったファーレンシアに無意識に悪影響を与える可能性があったので、大災厄以降はエトゥールの姫との直接の面会を控えたほどであった。もちろん怒りの対象は、超問題児であるカイル・リードだった。


 安全を第一にという約束を反古ほごにし、あげくの果てに行方不明になっている。学習能力がない三歩歩くと忘れる鳥頭とりあたまか。しかも直前の台詞せりふがふざけている。


――ごめん、ディム・トゥーラ。あとで、土下座どげざして詫びるよ。遮蔽しゃへい、そのまま継続よろしく。期待しているから


 ふざけている。

 なめている。

 土下座すれば許されると思っているのか?

 絶対に許さない。

 

 ディムはカイルの選択に腹を立てていた。

 カイルの最終的な行動は、ウールヴェを犠牲にして、大災厄による世界の崩壊を最小限に食い止めた。

 あの時、カイルと重なって、圧倒的な存在が確かにいたのだ。カイルは世界の番人と同調していた。だからこそ、世界の番人の手足とされているウールヴェを従えることができたのだろう。


 おそらくディム・トゥーラの気づかぬ一瞬の隙に、世界の番人がカイルに接触したのだ。だが、それがディム・トゥーラには理解できない。


 ディム・トゥーラは完璧にカイルを遮蔽しゃへいしていたのだ。あの時、カイルに悪影響を与える可能性のある阿鼻叫喚あびきょうかんの思念を弾いていた。

 その鉄壁の精神防御の中、世界の番人は、どうやってカイルに干渉したのだろうか?

 全てが矛盾むじゅんしているように思えた。


「…………本当にわけがわからない」

「何がだ?」


 ディム・トゥーラのつぶやきに、尋ねたのはエルネストだった。イーレとクトリは、己の火遊びにようやく気づき、ガタガタと震えていた。


「俺とカイルの連絡が遮断しゃだんされていたことがあったのは、昔の話だ。今は観測ステーションぐらいの距離があっても精神感応テレパシーで、余裕で会話ができた」

「……恐るべし規格外達だな」

「だけど、今はカイルの存在が感じられない。地上のどこにもいないように思える」

「ちょっと待ってよ、ディム・トゥーラ」


 ディム・トゥーラの言葉に慌てたのは、イーレだった。


「貴方、カイルが死んだと思っているの?」

「思っていない。あの馬鹿が死ねば、俺は絶対にわかる」

「でも、カイルの存在が感じられないって……」

「カイルは地上にはいない。だが、死んでいない。肉体はどこにあるんだ?その手がかりが俺にはわからない。何か気づいたことはないか?」


 全員が考え込んだ。


「拠点にもいなかったわよね?」

「それは確かだ」


 エルネストは保証した。


「前と同じで生体反応バイタルが消えているのよね。あの時は、観測ステーションからのモニタリングが妨害を受けていて、一瞬だけ、カイルと貴方が繋がったわよね?」

「カイルが俺を呼んだんだ。それで接触ができた。世界の番人が、精神的に限界が近づいたカイルの救済で、俺との接触を補助したんだ」

「条件が違いすぎないか?今回は世界の番人が消滅もしくは瀕死ひんしだぞ?」


 エルネストが指摘をする。

 ディム・トゥーラは、腰にさしている剣の束にそっとふれた。カイルが残した剣だ。


「カイルが残したものは、剣だけか……」

「なぜ、剣だけが残ったのでしょうか……?」


 ミオラスが呟くように言った。

 ミオラスも布にくるんだアードゥルの剣を常に持ち歩いている。これがそのまま形見になることは、ミオラスには耐えがたかった。


「…………剣だけ……あれ?」


 イーレが小首を傾げる。


「なんだっけ?前にもあったような……」

「イーレ?」

「待って待って。なんか、気になる……」

「サイラスが長棍を残した件か?」

「それ、死んでるじゃない」


 ハーレイの言葉に、イーレが真顔で突っ込む。二人以外は皆その発言にドン引きした。


「違うわよ。武器……武器を残して……武器を残して……」


ハーレイとイーレが同時に叫んだ。


「「禁足地きんそくち!!!!」」

禁足地きんそくち?」


 わけがわからず、二人以外は首をかしげる。


「西の地に、武器を持ち込めない聖地があるのっ!変な空間だったわ。太陽がない空間で、森の中なのに森じゃなくて――ハーレイ、どうやって説明すればいいの?」


 イーレは途中で解説することを断念した。


「そこは?」


 ディム・トゥーラは眉をひそめた。


「貴方と接触するために、カイルと大人のウールヴェを探しに行ったのよ」

「ロニオスか?!」


 理解したのは、エルネストだった。


 一方、ディム・トゥーラは思い出していた。

 カストの大将軍ガルース達が、カスト王に殺されたウールヴェと会話するリアルな夢を見たと語るのを、カイルの中継テレパシーでカイルと共に聞いていたのだ。


「カストのガルース大将軍が夢で死んだウールヴェと会話したと言っていた。太陽がない明るい場所で、地平線まで花園が広がる平原で―― カイルもその時に言っていたな。西の地を何日か歩いたあとに聖域と呼ばれる地に入り、忽然こつぜんと森が消えてその場所にいた、と」

「それよっ!私達が行った場所はそこっ!私達はそれに同行していたのよ!ミナリオもいたわ。彼にも聞いてみてよっ!」


 ディム・トゥーラに説明するのに、イーレはあの場所を表現するすべをもたなかった。ミナリオやハーレイの方が、はるかに的確に表現できるだろう。


 イーレはいまだにあの体験を消化できないでいた。

 森の中を一歩歩いただけで、別世界なんて誰が信じるだろうか?地中に移動装置ポータルが埋まっていました、の方が納得ができるだろう。

 しかも転移先が明らかに異常で、地上ではないのだ。


「イーレ、俺は信じていないわけではない。むしろ、信じている」


 ディム・トゥーラの言葉に、イーレはほっとした。少なくとも狂人判定はされていないようだった。


「…………こんな突拍子もない話を信じてくれるの?」

「カイルもイーレも経験しているなら、それは絶対にある場所だ。問題は行く方法だな」

「そうだな。西の地だから、当然俺も同行した。西北の森で、人の出入りが禁じられている場所だ。案内をしたのは、ほとんどがウールヴェのトゥーラだった。正直、辿り着く自信はない。トゥーラがいない今、あの場所を求めて永遠に彷徨さまよう可能性もある」


 ハーレイもその問題点を認めた。


「案内にウールヴェが必要なのは間違いない」

「俺のウールヴェでわかるかどうか……」


 ちらりとディムは、己のウールヴェを見つめた。ウールヴェは無反応だった。


「それにトゥーラは『飛べない』と言ってたわ」


 イーレは必死にあの時の状況を思い出そうとした。


「人に属したら飛べないと、言ってた。だから歩いていくしかない、と」

「許可がいるとも言ってたな」


 ハーレイも頷いて肯定した。


「誰の?」

「わからない。世界の番人の許可かもしれない」

「その許可を出す世界の番人が瀕死ひんしなら、どうなるんだ?」

「わからない」


 ディム・トゥーラは深いため息をついた。


「ああ、畜生ちくしょう、ロニオスが生きていれば、話は単純だったに違いない」

「それを言っても仕方あるまい。だが、この件を君はどう思っているんだね?」


 エルネストが静かにディム・トゥーラに尋ねた。

 ディム・トゥーラの中に奇妙な確信が生まれていた。


「カイルはそこにいる。俺はそう思っている」

支援追跡者バックアップである君がそう思うのなら、そうだろう」

「……ずいぶんと曖昧あいまいな保証だな」

曖昧あいまいなものか。君は支援追跡者と対象者の絆を舐めている。君自身もいってたではないか。カイル・リードが死んだらわかると。この共感力エンパスは、しばしば論文のネタになるんだがね。双子にも等しい絆だ。精神の半身と称していいだろう」

「そんな論文は知らないぞ」

「実験対象に言うわけないじゃないか。これは研究都市の永遠の実験テーマでもある」


 ディム・トゥーラは、呆気にとられた。そんな話は聞いたことがなかった。


「…………冗談だよな?」

「残念ながら事実だ」

「…………そういうあんただって、同じ支援追跡者バックアップじゃないか。なんであんたは知ってるんだ?」

「私はその事実を昔、ロニオスに教えてもらった」

「――」


 事実を消化するのに数秒を要した。


「…………ロニオスがなんだって?」

「その研究の中心者はロニオスだった。つまり彼自身が被験者でもあり、探求者でもあったわけだ」

「――」

「君とカイルなど、ロニオスにとって美味しい観察対象だったろう。保証する」

「……………………」


 ブチっと、ディム・トゥーラの中で何かが切れた。


「〜〜〜〜あのクソ親父め〜そんなこと一言も言わなかったぞ!!親子そろって、腹がたつ奴等やつらだなぁぁ!!!」


 ディム・トゥーラは、怨嗟えんさの叫びをあげた。

 巧妙に隠し耐えていたカイル・リードへの怒りに、ロニオスの判明した曲者くせものぶりへの怒りが加算され、臨界突破りんかいとっぱした。

 ロニオスが自分を弟子にしたのは、被験の観察対象としてそばに置きたかったという事実に気づいたからだ。


 周囲に巻き散らかされた憤慨ふんがいの波動に、エルネスト以外の面々は10メートル以上素早く退避した。

 イーレはエルネストに文句を言った。


「ちょっと、やめてよ。ディム・トゥーラが念動能力があったら、王都エトゥール崩壊ほうかいしているレベルよ?」

「その認識は正しい」

「絶対、貴方の方が、火薬庫にミサイルをぶちこんで楽しんでいるわよね?」

「長生きをしていると、たまに刺激しげきが欲しくなるんだ。君にもわかるだろう?」


エルネストは真顔でイーレに言った。

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