第3話 絆③
実際、エルネストの指摘通りにディム・トゥーラは激怒していた。その自覚は彼自身にもあった。
この精神状態は、出産間近であったファーレンシアに無意識に悪影響を与える可能性があったので、大災厄以降はエトゥールの姫との直接の面会を控えたほどであった。もちろん怒りの対象は、超問題児であるカイル・リードだった。
安全を第一にという約束を
――ごめん、ディム・トゥーラ。あとで、
ふざけている。
なめている。
土下座すれば許されると思っているのか?
絶対に許さない。
ディムはカイルの選択に腹を立てていた。
カイルの最終的な行動は、ウールヴェを犠牲にして、大災厄による世界の崩壊を最小限に食い止めた。
あの時、カイルと重なって、圧倒的な存在が確かにいたのだ。カイルは世界の番人と同調していた。だからこそ、世界の番人の手足とされているウールヴェを従えることができたのだろう。
おそらくディム・トゥーラの気づかぬ一瞬の隙に、世界の番人がカイルに接触したのだ。だが、それがディム・トゥーラには理解できない。
ディム・トゥーラは完璧にカイルを
その鉄壁の精神防御の中、世界の番人は、どうやってカイルに干渉したのだろうか?
全てが
「…………本当にわけがわからない」
「何がだ?」
ディム・トゥーラの
「俺とカイルの連絡が
「……恐るべし規格外達だな」
「だけど、今はカイルの存在が感じられない。地上のどこにもいないように思える」
「ちょっと待ってよ、ディム・トゥーラ」
ディム・トゥーラの言葉に慌てたのは、イーレだった。
「貴方、カイルが死んだと思っているの?」
「思っていない。あの馬鹿が死ねば、俺は絶対にわかる」
「でも、カイルの存在が感じられないって……」
「カイルは地上にはいない。だが、死んでいない。肉体はどこにあるんだ?その手がかりが俺にはわからない。何か気づいたことはないか?」
全員が考え込んだ。
「拠点にもいなかったわよね?」
「それは確かだ」
エルネストは保証した。
「前と同じで
「カイルが俺を呼んだんだ。それで接触ができた。世界の番人が、精神的に限界が近づいたカイルの救済で、俺との接触を補助したんだ」
「条件が違いすぎないか?今回は世界の番人が消滅もしくは
エルネストが指摘をする。
ディム・トゥーラは、腰にさしている剣の束にそっとふれた。カイルが残した剣だ。
「カイルが残したものは、剣だけか……」
「なぜ、剣だけが残ったのでしょうか……?」
ミオラスが呟くように言った。
ミオラスも布にくるんだアードゥルの剣を常に持ち歩いている。これがそのまま形見になることは、ミオラスには耐えがたかった。
「…………剣だけ……あれ?」
イーレが小首を傾げる。
「なんだっけ?前にもあったような……」
「イーレ?」
「待って待って。なんか、気になる……」
「サイラスが長棍を残した件か?」
「それ、死んでるじゃない」
ハーレイの言葉に、イーレが真顔で突っ込む。二人以外は皆その発言にドン引きした。
「違うわよ。武器……武器を残して……武器を残して……」
ハーレイとイーレが同時に叫んだ。
「「
「
わけがわからず、二人以外は首をかしげる。
「西の地に、武器を持ち込めない聖地があるのっ!変な空間だったわ。太陽がない空間で、森の中なのに森じゃなくて――ハーレイ、どうやって説明すればいいの?」
イーレは途中で解説することを断念した。
「そこは?」
ディム・トゥーラは眉を
「貴方と接触するために、カイルと大人のウールヴェを探しに行ったのよ」
「ロニオスか?!」
理解したのは、エルネストだった。
一方、ディム・トゥーラは思い出していた。
カストの大将軍ガルース達が、カスト王に殺されたウールヴェと会話するリアルな夢を見たと語るのを、カイルの
「カストのガルース大将軍が夢で死んだウールヴェと会話したと言っていた。太陽がない明るい場所で、地平線まで花園が広がる平原で―― カイルもその時に言っていたな。西の地を何日か歩いたあとに聖域と呼ばれる地に入り、
「それよっ!私達が行った場所はそこっ!私達はそれに同行していたのよ!ミナリオもいたわ。彼にも聞いてみてよっ!」
ディム・トゥーラに説明するのに、イーレはあの場所を表現する
イーレはいまだにあの体験を消化できないでいた。
森の中を一歩歩いただけで、別世界なんて誰が信じるだろうか?地中に
しかも転移先が明らかに異常で、地上ではないのだ。
「イーレ、俺は信じていないわけではない。むしろ、信じている」
ディム・トゥーラの言葉に、イーレはほっとした。少なくとも狂人判定はされていないようだった。
「…………こんな突拍子もない話を信じてくれるの?」
「カイルもイーレも経験しているなら、それは絶対にある場所だ。問題は行く方法だな」
「そうだな。西の地だから、当然俺も同行した。西北の森で、人の出入りが禁じられている場所だ。案内をしたのは、ほとんどがウールヴェのトゥーラだった。正直、辿り着く自信はない。トゥーラがいない今、あの場所を求めて永遠に
ハーレイもその問題点を認めた。
「案内にウールヴェが必要なのは間違いない」
「俺のウールヴェでわかるかどうか……」
ちらりとディムは、己のウールヴェを見つめた。ウールヴェは無反応だった。
「それにトゥーラは『飛べない』と言ってたわ」
イーレは必死にあの時の状況を思い出そうとした。
「人に属したら飛べないと、言ってた。だから歩いていくしかない、と」
「許可がいるとも言ってたな」
ハーレイも頷いて肯定した。
「誰の?」
「わからない。世界の番人の許可かもしれない」
「その許可を出す世界の番人が
「わからない」
ディム・トゥーラは深いため息をついた。
「ああ、
「それを言っても仕方あるまい。だが、この件を君はどう思っているんだね?」
エルネストが静かにディム・トゥーラに尋ねた。
ディム・トゥーラの中に奇妙な確信が生まれていた。
「カイルはそこにいる。俺はそう思っている」
「
「……ずいぶんと
「
「そんな論文は知らないぞ」
「実験対象に言うわけないじゃないか。これは研究都市の永遠の実験テーマでもある」
ディム・トゥーラは、呆気にとられた。そんな話は聞いたことがなかった。
「…………冗談だよな?」
「残念ながら事実だ」
「…………そういうあんただって、同じ
「私はその事実を昔、ロニオスに教えてもらった」
「――」
事実を消化するのに数秒を要した。
「…………ロニオスがなんだって?」
「その研究の中心者はロニオスだった。つまり彼自身が被験者でもあり、探求者でもあったわけだ」
「――」
「君とカイルなど、ロニオスにとって美味しい観察対象だったろう。保証する」
「……………………」
ブチっと、ディム・トゥーラの中で何かが切れた。
「〜〜〜〜あのクソ親父め〜そんなこと一言も言わなかったぞ!!親子
ディム・トゥーラは、
巧妙に隠し耐えていたカイル・リードへの怒りに、ロニオスの判明した
ロニオスが自分を弟子にしたのは、被験の観察対象として
周囲に巻き散らかされた
イーレはエルネストに文句を言った。
「ちょっと、やめてよ。ディム・トゥーラが念動能力があったら、
「その認識は正しい」
「絶対、貴方の方が、火薬庫にミサイルをぶちこんで楽しんでいるわよね?」
「長生きをしていると、たまに
エルネストは真顔でイーレに言った。
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