第2話 絆②

「だが、本来の先見さきみは、起こる可能が高い未来を告げ、回避もしくは成就じょうじゅさせるための助言だ。それがあらかじめ起こる未来だったなら、エトゥールの姫や我々の占者せんじゃが先見できなかったことがおかしい」

「姫が先見ができなかったのは、妊娠にんしんしていたためという可能性はあるわよ?」

「あるだろう。だが、ナーヤが今でも先見ができない理由がどこかにあるはずだ」

「先見ができない?」


 ディム・トゥーラは若長の発言に思わず聞き直した。ハーレイは短い吐息をついた。


「ナーヤは大災厄後、先見ができない状態だ。ナーヤだけではない。西の民の大多数の氏族の占者が先見の能力を失っている。今現在、先見ができていると称する占者は、ほとんどまがい物であることを自ら証明したことになる」


 ディム・トゥーラは、意外な事態が進行していたことを知って呆然とした。カイルの行方について老女の助言を当てにしていたからだ。


「その予知能力――『先見』の能力とは、失われるモノなのか?」

「いいや、こんなことは初めてだ」

「多くの氏族の代表が、私達の村に相談に訪れたわ。占者に氏族の方針の判断を依存している西の民にとって、死活問題なのよ」

「イーレ、その報告は初めて聞く」


 ディム・トゥーラのやや責めるような口調に、イーレは後ろめたさから、やや身をすくませた。


「だって、大災厄やカイル達の行方不明の方が、遥かに重大な問題で、これは西の民の内部の問題だと思っていたもの」

「ウールヴェが大勢旅立ったことで、世界の番人の力が失われたのではないでしょうか」


 遠慮がちにミオラスが意見を述べた。

 若長は歌姫の言葉に考えこんだ。


「占者は世界の番人の審神者さにわだから、世界の番人が力を失えば、当然占者という職も失われるな。だが、世界の番人が力を失うことがあるのだろうか?」

「世界の番人のちからみなもとらが、思念エネルギーなら無限ではないはずだ」


 ディム・トゥーラのつぶやきに、ハーレイはきょとんとした。


「しねんえねるぎー?」

「この世界の人間は、加護を持つ者と、持たない者の二種類だ。この加護を持つ者が、俺達の世界の能力者と同じなら――例えるなら、強い意思を持つか持たないかで能力の発現が変わる。そんな仮説をたててみた」

「よくわからん」

「ディム・トゥーラは、加護を持たない一般人の制御されていない無意識が、世界の番人のかてではないかと考えているのよ。それこそ、西の民やエトゥールの精霊信仰とか、ね」

「信仰――祈ることが?」

「祈れば、叶えてもらえる。叶えてもらったから、また祈る。それが繰り返され、蓄積されたものが生み出したもの……それが精霊……ディム、あってる?」

「仮説だが……脳科学が発達した俺達には、制御されていない無駄な思念エネルギーなど存在しないから、世界の番人のような存在がない。概念もない」

「信仰もない」


 イーレがつぶやくように言葉を引き取った。


「大災厄の時に、聖歌を歌っていると、ウールヴェが集まっているような気配を感じました」


 ミオラスの言葉に全員が注目した。

 その反応にミオラスはたじろいだ。


「ミオラス、重要なことかもしれない。詳しく話してくれないか?」


 エルネストが紳士的に優しくうながした。


「地下の避難所で聖歌を歌っていると、ウールヴェがたくさん集まって、歌を聞いているような気がしたのです。トゥーラも……来てくれました。最後の別れに……」

「あの時、ウールヴェのトゥーラは、俺達と一緒にずっと中庭にいたが……」

「でも、来てくれたのです。世界を守るために行くと……あの子はそう言って別れを告げにきてくれました。私の歌が好きだから、大災厄の後も歌い続けてくれと、そう言って逝ってしまいました」


 ミオラスは当時の感情を思い出し、涙ぐんだ。エルネストがミオラスの肩を優しくたたき、なぐさめた。


「聖歌がウールヴェに力を与えた可能性はある。当時、避難民は皆すがるように、ミオラスと共に歌い、大合唱になっていた」

「ウールヴェの特攻と精霊樹が損傷したのは、ほぼ同時だった」


 ディム・トゥーラは精霊樹の方向に視線を向けた。天空にそびえ立っていた巨木は、今は砂のように徐々に侵食が止まらず聖堂と同じ高さまでになっていた。


「カイルが世界の番人と同調しているなら、巻き添えを受けている状態かもしれない。俺はあの精霊樹の状態が気になって仕方がない。まるで流れ落ちる命の砂時計の砂だ。その生命力の砂が空っぽになるのも時間の問題だ。精霊樹が世界の番人の状態を反映しているのなら、その世界の番人に同調しているカイルも危険だ」


 全員が黙り込んだ。

 精霊樹の状態が異常であることは、明白だった。まるで存在そのものが三次元グラフィックで構成されていた精巧な造形物だったかのように、すでに大樹の面影はない。生い茂る枝葉は失われ、残存する圧倒的な太さをもつ樹幹と周囲に広がる根だけが、そこにあったことの証明だった。もう城壁を越えて精霊樹を街から眺めることは叶わなかった。


「…………世界の番人と精霊樹が何かしらの相関関係リンクがあるなら、精霊樹の崩壊を食い止めるしかないか」


 エルネストがつぶやく。


「どうやって?」

「私はアードゥルと違って植物の専門家ではないが、彼が植物の世話をしているのを眺めてきた。枯れかけた植物の根に薬を塗ったり、焼いて病原菌の繁殖を防止したりしていた。害をなすものからの隔離だ」


 エルネストは肩をすくめた。


「人の思念をかてに世界の番人が生きていたなら、その依代よりしろとして精霊樹が存在していても不思議じゃない。いや、むしろ、精霊樹こそが、貯蔵された思念エネルギーそのものだった可能性もあるな……癒しの力を周囲に発現できたのも精霊樹があったからか……?」


 エルネストは自分のたてた仮説の検証に走りかけ、ぶつぶつとつぶやき始めた。それを察したイーレが呼びかけて、引き戻した。


「エルネスト、脱線しないで」

「あ……?ああ、すまない。世界の番人の力の消費こそが、精霊樹の崩壊ほうかいの原因なら、切り離すべきだ」

「何を切り離すんだ?」

「生き残っている人々の思念から、だよ」

「――」

「人々の願いを叶えることが、世界の番人の本質なら、大災厄後の混乱した生存者の救済の懇願は、残された精霊樹の生命力を消費させている――そんなことはないか?」

「大胆な仮説だが……どうしたらいいんだ?」


 エルネストは指を二本立てた。


「とりあえず思いつくのは二つ、物理的に周囲に防御壁シールドを貼るのと精神的に民衆の想念から切り離す遮蔽しゃへいを施すことだ。無駄かもしれないが、やらないよりはマシだろう」

「クトリ、余っている防御壁シールドはない?」


 イーレがクトリに確認した。


「予備が数個のみ。カイル達は根こそぎ消費してしまいましたから、ね」

「1個を精霊樹に張れる?」

「まあ、なんとか。今は、聖堂並の高さですからカイル達のように念動力で空中から展開する必要はないでしょう」

「精霊樹と聖堂ごと、防御壁シールドを張ってくれ」


 ディム・トゥーラが具体的に指示を出す。


「なぜ聖堂まで?」

「なんとなく」


 ディム・トゥーラの返答は曖昧あいまいだった。イーレが半眼になりディムをにらんだ。


「ディム……いつも結論には根拠を求める人が、どうしちゃったの?」

「本当になんとなく、だ。カイルは聖堂に精霊樹の癒しのエネルギーが流れ込んでいるとも言ってた。精霊樹だけを保護しても、聖堂を通して、エネルギーが駄々洩れの可能性があるんじゃないかということだ」

「展開します」


 地面に金属球をおいて、防御壁シールドを発動し、半球の透明ドームを現在の精霊樹の高さまで拡張した。

 それはちょうど、精霊樹と聖堂を包み込む範囲だった。


遮蔽しゃへいは誰がするの?」

「私がしよう」


 意外なことにエルネストが進み出た。


「意外に協力的ね?」

「意外は余計だが、ディム・トゥーラはカイル・リードを探しに行くつもりだろう?無駄に力を消費しない方がいい。しばらくは遮蔽しゃへいを維持する必要があるのだから」

「ですって」

「感謝する」


 ディム・トゥーラは、その気遣いに対して素直に礼を述べた。

 その反応に、イーレとクトリがどよめく。


「ディム・トゥーラが素直だ」

「怖いわ。また、恒星間天体がふってくるなんて、オチはないわよね?」

「………………………………おい」

「だって、ディム・トゥーラがこの状態で冷静なんですよ?おかしいじゃないですか?」

「本当に、カイルがいないこの結果に、ブチ切れると思っていたわ」

「………………………………おい」

「何を言っているんだ。そこまでにしておきなさい」


 エルネストがイーレをとめる。

 

「だって、ディム・トゥーラが不自然なんだもの」

「そりゃあ、不自然だろう。彼はカイル・リードにブチ切れて、二周半ぐらい回って冷静に見えるような精神状態に着地しているのだから、刺激しげきをしない方がいい。寝た子を起こすな」

「「え?」」


 イーレとクトリはそろって話題の主であるディム・トゥーラを見つめた。精神感応力が弱い二人にも、ディム・トゥーラを眺めると彼の周辺に微かな立ち上るオーラが見えたような気がした。


「………………え~っと、エルネスト、解説してくれるかしら?」

精神感応力を持つプロの私が証言するが、ディム・トゥーラは大災厄からずっと、カイル・リードの選択と行動に激怒している状態だ。それを微塵みじんにも感じさせない彼の精神力はたいしたものだ。イーレ、君たちは火薬庫のそばで花火遊びを無邪気にしているようなものだぞ?いい子だから、そんな危ない遊びはやめたまえ」


 エルネストの口調は、完全に子供をたしなめるものだったが、保護者のように真剣だった。

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