第24話 エピローグ

「わけのわからないことばかりですよ」


 作業をしているクトリの訴えは、ほぼ愚痴ぐちに近い。


「途中から恒星間天体の突入データは、ぐちゃぐちゃで一貫性がありません。解析しても計算が一致しないし、いくらカイルが規格外で熱圏ねっけん近くで防御壁シールドを多重展開しても、こんなことはありえないことです。ここは消滅するはずだったんですから」


 エトゥール城の中庭に、メレ・アイフェス達が集合していた。まだ大災厄から数時間しかたっていない。

 理論上の安全は確保されているが、ディム・トゥーラは王都を覆う防御壁を消さなかった。

 安全とは、あくまでも体内チップを保有する人間の観点であり、一般の地上人など、巻き上げられた粉塵に気管支を損傷し、喘息や肺病を間違いなく発症する汚染された状況だったからだ。


 しかも当分の間、酸性雨がこの地域を支配するだろうとクトリは助言した。酸の雨は建物も侵食するし、浴びた人間は皮膚炎ひふえんを発症するとシルビアも指摘した。


「何が問題なんだ?」


 大災厄の検証など、今のディム・トゥーラにとっては、どうでもいいことだったが、耳をかたむけることにした。


「今回の件で、直径約200㎞の隕石孔クレーターができていると思います」

「で?」

「深さが40㎞があるべきところが、わずか1㎞です」

「よく、わからない」

「本来なら、直径と隕石孔クレーターの深さは一定の比率があるんですっ!爆発の熱量収支があわない、ってことですよっ!。そもそもこんなに早く地上が冷えるはずないしっ!」

「あとで俺にわかるように計算式を教えてくれ」


 ディム・トゥーラはクトリを宥めた。


「私はアードゥル達が消えたという状況の方が理解できないのだが」


 エルネストがディム・トゥーラに確認をした。


瞬間移動テレポートで避難しただけでは?彼ならそれぐらいできる」

「俺も最初はそう思った。だが、二人のいた場所にこれが落ちていた」


2本の長剣をディム・トゥーラは示した。


「二人が護身のために帯剣していたものだ。そもそも避難したのなら、生体反応バイタルで現在位置がわかるはずだ」


 ディム・トゥーラはシルビアを見た。シルビアは青ざめた顔で首をふった。


「二人の生体反応バイタルは途中で消失しました。私はてっきり王都消失に貴方と一緒に巻き込まれたかと」

「見ての通り、俺は無事。王都も無事だ」

 

 ディム・トゥーラは、アードゥルが所持していた剣をエルネストに渡した。それを検分したエルネストはうなずいた。


「確かにアードゥルの剣だ。こちらはエトゥールの紋があるからカイル・リードのものだな」


 シルビアの動揺が酷かった。

 エルネストはシルビアの顔色の悪さに眉をひそめた。


「彼女はずいぶんと具合が悪そうだが?」

「シルビアはこういう現象に、心的外傷トラウマを持っているのよ」


 イーレがシルビアを落ち着かせるように背中をさすって、支えていた。


心的外傷トラウマ?」

「カイルが観測ステーションでこんな風に消失しちゃったの。その時の医療担当者がシルビア」

「ああ……」


 エルネストは納得した。


「なるほど、それで彼に巻き込まれて現在に至る、と」

「巻き込まれて、エトゥール王妃にまでなっちゃうんだから、これ極まりよね」

「西の民の王妃になった君がそれを言うのか?」


 やや呆れた視線をエルネストは、イーレに投げた。その視線を完全に無視して、イーレはうれえた吐息をついた。


「成り行きって恐ろしいわ」

「これを成り行きの一言ですませないように」


 エルネストは反省の色がみられないイーレをたしなめた。案外いいコンビだな――と、ディムは思った。


「アードゥルは瞬間移動テレポートに失敗して、カイルと一緒に蒸発しちゃったのかしら?」


 イーレの容赦ようしゃない言葉に、全員がドン引きした。


「…………イーレ……」

「も、もう少し言葉を選んでください」

「だって、そんな可能性、貴方達は微塵みじんも思ってないでしょ?サイラスが死んだ時、私とカイルはすぐわかったのよ?貴方達は何か感じた?ディム・トゥーラ、貴方はカイルが死んだらわかるわよね」


 イーレの指摘は鋭く、ディム・トゥーラは救われた気分になった。


「わかる」

「ミオラスもエル・エトゥールも同じことを言ってたな。まあ、私だって腐れ縁のアードゥルが死ねば、わかるぞ」


 エルネストの主張に、イーレは彼を見上げた。


「本当に貴方とアードゥルって、仲が悪いの?」

「悪い」

「仲が悪いの定義を今度教えてちょうだい」

「こんど100枚くらいの論文を書いてみよう」


 軽妙な初代達の会話を聞いて、ディム・トゥーラは精神負荷が軽減したことを感じた。

 誰もカイル達が死んだとは、考えていない。

 それは、ある意味、ディム・トゥーラの精神を救っていた。


「準備できました」


 クトリは組み立てた空中撮影飛行装置メディア・ドローンを起動させた。それは球形の防護壁シールドに囲まれた浮遊灯のようにも見えた。


「やれることをやろう。まずは正確な状況確認だ。クトリ、飛ばしてくれ」

「はい」


 クトリは飛行装置ドローンを離陸させた。

 皆がクトリの手元にある端末画面を覗きこんだ。

 エトゥールの中庭にいるクトリ達が上から見下ろされている。

 それが徐々に小さくなっていく。


 王城の外壁の外側に、無人の王都の街並みが見えた。野良犬が数匹と、残留していた馬鹿なエトゥールの民が、ちらほら見える。


 飛行装置ドローンは王都を包んでいる防護壁シールドに接触し、同化したあとに、虹色の光をまといつつ通過した。


「高度をあげます」


 見渡す限りの荒野だった。

 何もない。

 ディム・トゥーラはむなしい気分に陥った。

 カイルと見たあの美しい田園風景は失われていた。


 王都を中心として巨大なクレーターが出現していた。直径は200キロ程度であり、それは予想された結果の通りでもあった。

 剥き出しになった焼け爛れた地層が、崖をなしている。

 巨大なすり鉢状の衝突痕は広大だった。

 クレーターの境界はやや丘のように隆起りゅうきしており、クレーター・リムを作り出していた。


「変だな。確かに予想よりはるかに浅いぞ」

「本当におかしいです。クレーター・リムは山脈を形成するぐらい隆起りゅうきしているはずでした」

「クトリ、ちょっと方向を変えてくれ。そうだな、クレーター・リムから、クレーターの中央に視点をむけてくれ」

「了解です」


 画面の視野がゆっくりと水平に回転していく。

 全員が、絶句した。



 クレーターの中央には綺麗な円柱の岩場がそそり立つ。カイル達が防御壁シールドを地下に張り巡らせた部分だけが残存したのだ。

 その上には、エトゥールの王都がほぼ無傷で残っていた。ただし、それは高さ1000メートルの道が存在しない岩場の上だ。




 地上からは、接近することができない天空の城が出現していた。

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