第23話 我が光を示される汝に栄光あれ⑩

 防御壁シールドが展開されているにも関わらず、地面が揺れた。


 いや、展開していなければ、とっくの昔に天体の衝突熱に焼かれ、衝突衝撃による地殻変動で超巨大地震の数十倍のエネルギーを受けていたはずだ。王城敷地内に位置する中庭の揺れは、そういう意味では予想よりはるかに小さかった。

 ディム・トゥーラは王城や聖堂の建築物が倒壊とうかいしていないことを確認した。むしろ精霊樹の崩壊ほうかいが酷い。


 裂けた大樹は枝や葉を大量に散らしている。根元から倒れていないことが幸いだったが、はるか大樹の頂点から落ちてくる枝は十分な凶器だった。

 さらに精霊樹の木片や粉塵ふんじんは、カイル達を視認することの邪魔になっていた。


「カイルっ!!アードゥル!」


 防御壁シールドの外である王都周辺は、数万度の熱にさらされ、あらゆる有機物は蒸発しているだろう。

 問題はその放熱エネルギーと衝撃波が、アードゥルの張った多重の防御壁シールドを破壊しつつあることだ。


 カイルの地下まで防御壁シールドを張れという命令は英断だった。

 それがなければ、おそらく地割れと地面の隆起りゅうきで王都は全壊し、脱出の時間も失われた。だが、そのかせいだはずの脱出の時間は、いまや無駄むだに消費されている。


 ディム・トゥーラは、カイルへの遮蔽しゃへいを続けていたが状況がわからなかった。下手に精神感応テレパシーで呼びかけて、彼等のやっているの邪魔をするのは悪手あくしゅともいえた。



 ディム・トゥーラは覚悟をきめた。

 いいだろう。防御壁シールドが破れ、高熱にさらされ即死しようと、つきあってやる。



 ディム・トゥーラ自身はカイル達の命綱いのちづなである移動装置ポータルを守るために防御壁シールドをその周辺に張っていた。彼はそばにいる白い虎のウールヴェに話しかけた。

 

「お前は脱出しろ。俺につきあうことはない」


 白い虎は、即座に首を振った。

 言葉はないが、共にいると強く主張された気がした。ディム・トゥーラは同じ茶色の瞳を持つウールヴェをじっと見つめた。


「俺は死んだらクローン再生されて中央セントラルからここに帰れない可能性が大いにある。その時は新しい主人を探せ」


 帰る――無意識にでた言葉だった。

 白い虎は、またもや首を振った。


「ゆっくりと名付ける時間がなくてすまなかった。お前はいい相棒だった」


 王都全体を覆う防御壁シールドは、赤い炎と黒煙に包まれている。それ以外の何も見えなかった。

 ディム・トゥーラは上空を見上げ、防御壁シールドがどれくらい浸食されているか見定めようとした。


 何か音を聞いたような気がした。


 ディム・トゥーラは目をうたがった。

 水?

 王都の防御壁シールドに大量の水が降り注いでいる。


 急激に発生した熱が地上の空気を高速に押しあげ、秒速で高所で凝結した対流雲をつくり、その結果として巨大な積乱雲を広範囲にを生み出したはずだった。

 ディム・トゥーラは悟った。それは、やがて飽和状態になり水滴が落ちてくる――つまりは雨だ。


 上空からちりすすを含んだ雨が降り出していた。それは豪雨といってもいい状態だった。だがすぐに黒い雨から、透明度をましていった。透明どころか金色の光を帯びた雨が王都のドーム外に降っていた。


 なんだ、この雨は――。

 地上の大爆発が原因とはいえ、この金色の雨は本当に自然現象なのか?

 ディム・トゥーラは愕然とした。


 当然、防御壁シールドが遮り、中庭には降り注がない。その雨の現象と引き換えのように、精霊樹の断片は枝や葉の原形をとどめることをやめて、金色の粉と化して周囲に積もっていく。

 

 防御壁シールドの侵食が明らかにゆるやかになっていた。

 雨が焼けた大地と空気を冷やす効果を生み出していた。赤黒い煙は消え、水蒸気がきりのように発生している。


 ありえない。

 大地を焼いた膨大な熱エネルギーは、雨ごときで中和はできない。


 ディム・トゥーラは、はっとして中庭に視線を戻した。

 



 精霊樹の痕跡こんせきが金色の雪となって降り注ぐエトゥールの中庭は幻想的なまでに美しかったが、カイル・リードとアードゥルの姿は消えていた。

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