第22話 我が光を示される汝に栄光あれ⑨

――その世界には、アードゥルもエルネストも含まれるんだよ。貴方は彼等を守りたいんでしょ


 ミオラスは、トゥーラの指摘にハッとした。


「……そうね……アードゥル様とエルネスト様を守りたいわ……」


――人間は確かに、欲にまみれて理不尽りふじんな暴力に走ることがあるよね。でも僕の大好きな存在も、また人間なんだ。そうやって愛してやまない存在の無事を祈る人間なんだ。


――僕達は、大好きな人間とその子孫を守るために世界を守りに行くよ


「………………」


 ミオラスは利己的な発言をしたことを恥じた。

 この心優しい精霊獣との会話を交わす資格もない。まさに自分は自己保身と世界への憎悪を持った利己的な人間そのものだった。


――そうじゃないよ。歌姫


――資格とか、身分とか、こだわって制限するのはいつでも人間で、僕達はそんなことを考えてないよ


――歌姫は世の中のあり方を不平等に感じるかもしれない


――でも僕達から見れば、人間は平等に肉体と時間のくさりに縛られている。あとの差は、心が自由かどうかだよ


 ウールヴェの哲学的とも言える言葉にミオラスは呆然とした。この生物は、人間より遥かに知恵があるのではないのだろうか。

 誰もその事実を知らない。

 いや、メレ・アイフェスとエトゥールの王族は知っていたに違いない。


「…………トゥーラ……」


――僕は歌姫が大好きだ。だから自由に望むままに、生きてほしいんだ。それを伝えたかったの。


――歌姫、最後に僕をでてくれる?


 まぼろしの世界の中で、ミオラスはウールヴェに向かって手を伸ばした。初めてこの心優しい精霊獣と交流を持った時間をミオラスは思い出した。アードゥル達が不在で、孤独を感じていたミオラスの元に日参してくれたのだ。


――もうさびしくないでしょ?


 トゥーラは頭を撫でられながら、ミオラスに言った。


「貴方がいなくなるのは、さびしくてしょうがないわ」

 ミオラスは涙をこぼした。

「親しい者がいなくなるほど、さびしいことはないのよ?」


――学んだ


――ありがとう


 その言葉にウールヴェは笑ったようだった。


――災厄の後もずっとずっと歌ってね


――僕達は歌姫の歌が大好きなんだ


「歌えば、聴いてくれる?」


――うん


「歌うわ。貴方達に感謝と祈りと愛情をこめて」


 トゥーラの姿は、ミオラスの目の前からゆっくりと消えていき、彼女は現実世界に引き戻された。


 やはりまぼろしだったのだろうか?

 時間はたっておらず、ミオラスが中心となった聖歌はまだ続いている。地上から旅立つ光の軌跡に人々は驚きつつも、歌をやめてはいけないことを本能で感じ取っていた。


 ミオラスは、ふと手をみて、白い純毛が手のひらに残っていることに気づいた。

 精霊獣が別れを告げに来てくれたことは、まぼろしではなかった。ミオラスは顔をあげた。さらに力強く、想いをこめて歌った。


 歌え。

 祈れ。

 人間のために旅立つあの純粋な幼子おさなごへ感謝よ、伝われ。

 世界を救う彼等を永遠にたたえよ。


 ミオラスは歌い続けた。




 聖歌が聞こえる。

 カイルは歌を聴いていた。この歌は、ミオラスかもしれない。歌に込められた祈りがウールヴェに力を与えているのは、世界の番人を通じて理解できた。


――かいる


「うん」


――行ってくるね


 トゥーラの言葉とともに、カイルは自分の中にずっと存在しているトゥーラとのきずなが消えていくことを感じた。

 世界の番人と同調しているカイルは、それがトゥーラとディム・トゥーラの取り決めであることを知った。

 心に埋め難い空洞が生まれたことをカイルは感じた。それに飲み込まれなかった理由は、ディム・トゥーラの遮蔽しゃへいであり、世界の番人との同調でもあった。


「トゥーラ」


――うん?


「僕は待っているよ。お前が戻ってくるのを」


 トゥーラの尻尾しっぽが回転した。嬉しい時に、はしゃぐトゥーラの癖は相変わらずだった。

 主人とウールヴェの絆は消えても、見えない絆は残っていた。


「僕のウールヴェは、お前だからね」


――うん


 トゥーラの身体がまばゆく輝き、ふわりと浮く。それからそのまま天空に一直線に駆け上がった。




 それが合図だったように、王都に迫る恒星間天体を睨みながら、カイルは怒鳴った。


「アードゥル!防御壁シールドを張ってっ!残り全部っ!」

「人使いが荒いなっ!」

 待機していたアードゥルが文句を言いつつ、カイルの指示をこなした。


 王都全体を包み込むように幾重いくえにも防御壁シールドが生み出され、ドーム状にかかった。それは光の屈折で虹色のガラスと不可思議な光の幕のようにも見えた。


「カイル、撤退てったいしろっ!!」


 動く気配のない金髪の青年にディム・トゥーラは怒鳴った。同調中のためか、反応はない。


「カイルっ!!」


 カイルの近くにいたアードゥルが全防御壁の展開を終え、反応のないカイルの腕を強引につかんだ。





 カイルは不思議な光景を見ていた。

 はるか上空から夜の研究都市を見つめているような気分だった。細い光の線があみの目のように広がり、その交差ポイントは強く輝いている。まるで移動車エアカー前照灯ヘッドライトが軌道を照らす夜景に似ていた。


 その交差ポイントをよくよく見つめていると記憶のように情景が脳裏に流れ込んでくるのだ。


 それは初めて世界の番人に邂逅かいこうした時に、強引ごういんに流し込まれた情景に似ているようで、似ていなかった。同じくらい膨大な情報がカイルに与えられたが、あの時のような頭痛や吐き気とは無縁で発狂する気配もなかった。カイルは目の前の映像を見つめ続けた。

 

 カイルは時間が一直線ではなくあみだと言った世界の番人の言葉を初めて理解した。


 カイルは、まさに時間を見下ろしていた。

 そこには、過去も現在も未来すらも同時に存在していた。緻密ちみつ繊細せんさいな織物にも似ていた。


 光の道は多数存在していた。

 

 どういう仕組みかわからないが、過去が現在に影響を与えるのは当たり前だったが、現在も過去に影響を与えていた。それは現在と未来の関係にも同じことが言えた。

 

 時間というものが、世界の番人が証言するように、過去・現在・未来が同時に存在しているならば、望む未来を引き寄せ、歩めばいいのではないだろうか。カイルはふとそんなことを思った。


 多数の時間の中から、ロニオスの過去が見えた。

 だがなぜか、彼の過去はこの星に来た時からしか見えなかった。

 長いはずのロニオスの時間は、あっというまに早送り映像のようにカイルの前をよぎり、ウールヴェ姿のままシャトルで恒星間天体に特攻をかける最後が見えた。


 カイルはディム・トゥーラがその件で悔いていることを知っていたので、思わず手を伸ばしてしまった。


 触れたカイルの指先にロニオスの光が織り込まれる。


 カイルは現象の結果にしばし呆然とした。が、まあいいか、とそのまま別の未来を紡いだ。新たに生まれた光の線は、融合し、網の目を生み出していく。


 カイルはその変化を見守りながら、世界の番人が見る時間の流れの法則は、うっすらと察することができた。


 過去と現在と未来は、人々の選択で成り立っている。

 世界の番人は選択できない。

 なぜなら、それは地上の人間が紡ぐ歴史だから――。


 そして、その全てをカイルは見ることができ干渉できた。世界の番人と同調することによって。


 カイルは世界の番人そのものになっていた。そして人間だった。

 今、この時を境界線として見下ろす一帯の光が消えていた。何も見えない。なぜだろう?

 

 カイルは手を伸ばして、どうすれば光の網が生み出せるか模索した。

 




「カイルっ!!」


 ディム・トゥーラは焦った。

 ウールヴェが恒星間天体の巨大な質量と落下速度を削ぎ落としに特攻したとしても、消滅するまでには至らないだろう。

 予定より遥かに多重に張った防御壁シールドがあったとしても、地上衝突の爆発の規模はすさまじいものだ。

 初期の計算でも、直径300キロのクレーター痕ができ、基準爆発の数億倍の熱量が地上を焼き尽くす。避難する時間は多くは残されていない。



 だが、カイルを残して避難することなど、論外だった。それを選ぶくらいなら死んだ方がマシだ――そう思ったディム・トゥーラは、アードゥルが反応のないカイルの腕をつかむのを見た。

 いったい、カイルに何が起きているのか?


 ディム・トゥーラが、カイル達の元に駆け寄ろうとした時、彼の背後にそびえたつ精霊樹が落雷を受けたかのように、激しい音とともに中心からぜた。


「?!」


巨木が先端から根元まで、真っ二つに引き裂かれた。粉砕された多くの木片が周辺に降り注ぐ。それは落雷によって急激に内部水分が蒸発する水蒸気爆発に起因する樹木の爆裂破砕に酷似こくじしていた。


 なぜ今?


 ディム・トゥーラは、移動装置ポータルが埋もれないようその場に防護壁シールドを張り、ウールヴェと共に足止めを食らった。

 脱出するための移動装置ポータルを死守しなければならない。


「カイルっ!アードゥル!」


 木片と粉塵ふんじんに視界を奪われる。

 あと何秒残されているだろうか?


 上空でまばゆい輝きがあった。

 それから鼓膜こまくをつんざくような大音響ソニックブームがきた。


 今度は地上が太陽のように光輝いた。

 時間差の衝撃音。

 王都を覆う防護壁シールドの浸食が始まった。

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