第21話 我が光を示される汝に栄光あれ⑧

「ウールヴェは、世界の番人の分身だよね?」


――――そうだ


「世界の番人は、人に直接的な危害は加えられないという誓約せいやくがあるんだよね?」


――――そうだ


「その誓約した人間が死んだらどうなるの?」


――――お前が何を危惧きぐしているか、わかるが……


 世界の番人は人間臭く吐息をついた気配があった。


――――ロニオスが死んだからといって、我々が世界を阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄に突き落とすことはないぞ


 カイルの目が少し泳いだ。


――――そもそも人間は、放置しても戦争で勝手に地獄を作り出している。ウールヴェを四つ目に変貌へんぼうさせるのも人間だ


「耳が痛いお言葉で…………」


――――人に直接的な危害を加えない、その誓約は我々にととって諸刃もろはつるぎでもあった


――――救いたくても救えなかった命のなんと多かったことか


――――その最たるものは人間の起こす戦争や殺人だったからな


「……エレン・アストライアーとか?」


――――そう、もちろん彼女も含まれる


「わかった。誓約からの解放による危険はないという貴方の言質げんちはこれでとらせてもらうよ。貴方はウールヴェを新たに生み出せるの?」


――――そうだ


「ウールヴェの記憶は全て共有されている?」


――――そうだ。我々は還ってくるウールヴェの記憶を全て共有している


「そう、よくわかった」


カイルは見えない世界の番人がそこにいるかのように、虚空こくうに向かって言った。


「じゃあ、僕の条件はこれだ。僕と同調してくれ」






 長い沈黙が続いた。

 カイルの周囲を囲んでいるウールヴェ集団も、世界の番人の心情にシンクロしているのか、カイルの意味不明の要求に目が点になっているようにカイルには感じられた。


――――今も同調しているようなものだが……


「僕はだまされないよ。これは時間を止めた対話であって、同調じゃない」


 カイルは、はっきりと指摘した。

 それから周囲を見渡し、取り囲んでいる多数のウールヴェを見つめた。


「ウールヴェが貴方の分身で、手足ならば、それを大量に失って、貴方は存在を維持できるの?僕はそれを危惧している。この惑星の住人は、思念波の扱いが未成熟で、無意識に思念エネルギーを垂れ流している。そこから、誕生したのが貴方のような存在だ。そしてその存在は、地上人の心を支え、生活文化の根底に浸透している。今回の件で、ウールヴェをはじめとする貴方の存在が消滅したら、信仰のどころを失った地上人を襲うのは絶望と混乱しかないように思えるけど?」


 返事はなかった。


「貴方が、地上人との共存関係にあって、地上人を生かしたいと思っているのもよくわかる。ウールヴェ達の犠牲により、貴方の存在が消える可能性があるから、ナーヤのお婆様やファーレンシアに先見を伝えることができなかった――僕はそういう仮説を立てたんだ。違う?」


 世界の番人は沈黙を守り続けた。

 カイルは辛抱強く、相手の反応を待った。


――――…………その話と同調がどう関係があるのだ?


 カイルは、ようやくあった反応に、にっこりと笑った。仮説が検討違いなら、即否定されたのにそれがなかった。自分の推察の正しさにカイルは自己満足の極地を味わった。

 本音と本質を見抜く同調能力をなめんなよ、世界の番人よ。


「すごく関係があるよ。散々、僕を小賢しいと、ナーヤを通じて褒めてくれたじゃないか」


――――いや、絶対に褒めていない


 なぜだか、その点だけは世界の番人が強く主張してきたので、カイルは唇を尖らせて拗ねて見せた。


「じゃあ、もっと真っ当な言葉でめてくれてもいいよ。これから小賢こざかしさの集大成を堂々と発表しようとしているんだから」


――――ロニオスより、わかりにくい。意味が理解できない


「貴方には、いろいろと誓約がある。僕にはない」


 カイルは勝ち誇ったように言った。


「誓約で行動できない貴方に代わって、僕が、貴方と僕が望む未来を引き寄せると言っているんだ。貴方の力を最大限に利用して、ね」





 世界の番人との長い話し合いを終えて、現実に戻ったカイルは驚いた。

 本当に時間が立っておらず、恒星間天体の位置はさほど変わってなかった。


「カイルっ!!」


 焦った様子のディム・トゥーラの姿が視界に入った。その慌てようにカイルはこれまた既視感デジャビュを覚えた。

 心拍停止した直後に目覚めた時のディム・トゥーラそのものだった。


「お前、何をやらかした?!」


 バレてる………………。

 カイルはディム・トゥーラの能力の高さに舌をまいた。

 支援追跡者バックアップは、カイルのほんの数秒間の間の変貌へんぼうぶりを見破っていた。


「ごめん、ディム・トゥーラ。あとで、土下座して詫びるよ」

「お前、ふざけんなよ?!」

「遮蔽、そのまま継続よろしく。期待しているから」

「だから、ふざけんなっ!この大馬鹿野郎っ!!」


 カイルはそばにいるアードゥルを振り返った。


「アードゥル、僕が合図したら、防御壁シールドを王都の外壁から10メートル外側に王都全体を覆うようにドーム状に展開して。深さは、そのまま地下1000メートルまで。残りの全部を使って、多重展開していい」


 アードゥルはカイルの突然の方針変更にいぶかしんだ。当初は脱出のための時間稼ぎのはずだった。


「それに何の意味がある?王都エトゥールが爆心地だろうが」

「それを少しずらす」

「は?」

「恒星間天体の着弾点をずらす」

「今更、ずらしようがないだろう?!」

「ずらす」


 カイルは恒星間天体を睨みながら、きっぱりと断言した。

 アードゥルは、助言を請うようにディム・トゥーラをかえりみた。支援追跡者バックアップ憤慨ふんがいしたまま、吐き捨てるように言った


「この馬鹿……世界の番人と同調しやがっているっ!」

「なんだと?!」

「さすが、ディム。よくわかったね」

「この糞ったれの大馬鹿野郎がっ!」


 離れた場所からの罵倒にカイルは笑顔で大丈夫と、手を振ってみせて、さらにディム・トゥーラの感情を逆撫さかなでした。



――――天体の着弾点をずらす

天体の着弾点をずらす」



 カイルの声に、何かの思念が被ったのを、ディム・トゥーラとアードゥルは、はっきりと聞いた。


「どうやって?!」


――でぃむ・とぅーら


 それまで沈黙を守っていたカイルのウールヴェであるトゥーラがディム・トゥーラに静かに話しかけた。

 この修羅場を全て抑え込むような落ち着いた大人の思念で、いつもの子供が持つような無邪気さは消えていた。


――僕は行く。貴方のウールヴェは残る。それだけだよ


「なんだって?」


――でぃむ・とぅーら。僕は貴方との約束を誇りを持って守る。これで僕は貴方と対等だね


 ウールヴェの思念は誇らしげだったが、ディム・トゥーラはその言葉の内容を瞬時には理解できなかった。


「待て、どういう意味――」




――――世界を守るために行け

「――――世界を守るために行け」




 ディム・トゥーラがウールヴェの言葉の意味を追求する前に、カイルと世界の番人が命じる強大な思念が世界に響き渡った。







 大地が静かに震えたように、ディム・トゥーラは感じた。

 後々にクトリ・ロダスは、何の地震波も揺れも観測していないと証明して見せたが、この時ディム・トゥーラは世界が揺れたように思えたのだ。


 地上から光が飛び立った。

 まばゆく発光したレーザーのような軌跡が重力に逆らって地上から放たれて空を駆け上る。

 目指しているのは間違いなく、カイルが展開していた障壁シールドが消え、落下するしかなくなった恒星間天体だった。


 地上から新たな光が生まれ空に放たれた。

 一つ、また一つ。

 それは徐々に数を増していた。

 か細い光もあれば、太い光もある。

 地上のあらゆる場所から生まれ、天空を目指す。


 光の軌跡きせきの誕生は止まない。


 それは全て、彼方天空にある忌むべき落下物を標的にして、真っ直ぐに向かっていた。


「…………飛翔誘導兵器ミサイル……?」

「そんなもの、地上にあるかっ!!」


 アードゥルの呆然としたつぶやきに、ディム・トゥーラは怒鳴った。ディム・トゥーラが使役主であり、今この時点でウールヴェを持っているため、全てを理解した。


「…………あれは…………ウールヴェだ……」




 その説明できない不可思議な現象は、衛星軌道上の観測ステーションでも確認されていた。

「多数の高エネルギー体が地上より飛来っ!目標は恒星間天体β!」

「…………なんだ、あれは……」




 地下遺構の避難所でも巨大な画面に映し出される歴史上の最大の奇跡は、多数の避難民に目撃されていた。地下の避難所に響き渡る聖歌の大合唱が、引き金になったかのようにも見えた。


 ああ――。

 その光景を真に理解したのは、賢者達とエトゥールの王族、西の民の占者と加護を持つ若長、歌姫だった。

 彼等は皆、世界の番人とカイルが命じる言葉を聞いていた。


 ああ――彼等は世界を守るために逝ってしまう。


 聖歌を歌い続けるミオラスも、先ほどまで見ていた幻のような光景の意味を理解した。

 その証拠に、まだ見え続けている幻から、一匹、また一匹とウールヴェが姿を消していくのだ。

 そこへ強烈な光を放つ純白の狼に似たウールヴェが現れた。

 それは金髪のメレ・アイフェスのウールヴェで、東国イストレで知己を得たトゥーラだった。


――歌姫


「………………貴方もってしまうの?」


――うん、世界を守るために行くよ


「………………なぜ?」


 ミオラスから本音がポロリと漏れた。


「世界は、傲慢ごうまんで欲と暴力にまみれているじゃない。そんな世界を救うために貴方が犠牲になることはないじゃない!」

 

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