第19話 我が光を示される汝に栄光あれ⑥

 ミナリオはカイルとの会話の言葉の何かが気になり、言われも得ぬ不安を増殖させた。


――なんだろう?カイル様の言葉の何が気になったのだろうか?


「カイル様――」


 だが、ミナリオがそれを追求する前に、少年姿の賢者メレ・アイフェスに腕を掴まれ、移動装置ポータルへと連れ込まれた。





 協力者である二人が立ち去るのを見届けてからアードゥルは、カイルに声をかけた。


「私達も撤収準備をするぞ。計画通り王都の周りに、時間稼ぎの防御壁シールドを立ち上げる」


――待って


 アードゥルを静止したのは、それまで沈黙を守っていたカイルのウールヴェだった。

 トゥーラは金色の瞳でアードゥルを見つめた。


――もう少し待って


「馬鹿言え、もう少し待っていたら、我々は全滅だ」


――大丈夫


「大丈夫の根拠を聞かせてもらおうか」


――あーどぅる 歌姫 好き?


「…………………………それと大丈夫の根拠が何の関係がある?」


 アードゥルはウールヴェを睨んだが、相手は頓着とんちゃくせずアードゥルの不機嫌な反応に不思議そうに小首を傾げている。


――あるよ 歌姫 好き?


 再度の悪意のない質問に根負けして、アードゥルの方が短い吐息をついた。


「…………愛していると思うから伴侶としてそばにいることを選んだ」


――僕も 歌姫 好き


「…………………………」


 アードゥルは、くるりとカイルではなく、ディム・トゥーラの方を振り返った。


「…………私はこいつに喧嘩けんかを売られているのだろうか?」

「なぜ、俺にきくんだ?それは使役主カイルに聞いてくれ」

「この修羅場の最中に、精神集中の邪魔をするべきじゃないだろう?」

「だからと言って俺に振られても困る話題だが……あんたと歌姫の関係性など、理解するほど俺との交流時間はなかったぞ?」

「君の支援追跡バックアップ対象者のウールヴェなら、管理も君の範疇はんちゅうだろう?」

「………………それは、嫌な仕事の分類の仕方だな」


 ディム・トゥーラは顔をしかめた。


「ウールヴェの管理は、あくまでも使役主の範疇はんちゅうにしてほしいものだが…………現に、俺のウールヴェは大変優秀だ」


――僕が 優秀じゃないような 言い方 やめて


 ディム・トゥーラの言葉に、狼姿のウールヴェがねたように抗議した。


「アードゥルは、防御壁シールドについて張ることを待つ理由を、お前に問いかけた」


――うん


「それに対してお前は、アードゥルの伴侶に対する感情を確認した」


――うん


「……それって関係あるのか?」


――あるよ すごい重要なことだよ


「……わけがわからん」

「私だけじゃないようで、安心した」

「では優秀なトゥーラに問うが、なぜ防御壁シールドを張ることをこばむ?わかりやすく俺に説明してくれ」


 ディム・トゥーラは、同じ名を持つウールヴェに問い返した。



『君は扱いがうまいな』

『慣れだ。おだてて、木に登らせるぐらいは可能だと思う』



――まだ 時間じゃないから


「なんの?」


――かいると 世界の番人の 対話が終わっていない


「なんだと?!」


 ディム・トゥーラは目を剥いて、上空の防御壁シールドの展開を平然と続けているカイルに慌てて向き直った。





 カイルは空中に防御壁シールドを展開しながらも、ずっと考えていた。ディム・トゥーラの遮蔽しゃへいは完璧で、カイルの負荷を驚くほど減らし、意識がさえわたる効果をもたらしていた。


 落ちてくる恒星間天体は、まだ巨大だった。

 カイルが熱圏の境界域で、防御壁シールドを展開することを選択したのは、ディム・トゥーラの支援追跡バックアップによる自己の能力拡大を自覚したからだ。

 熱圏の境界で留めることにより、摩擦熱で巨大隕石の外周部分の崩壊ほうかいをもたらしていた。


 もう少し質量を削ぎたい。

 だが、それも展開する防御壁シールドの数が尽きれば、そこまでだった。

 カイルはその予想できる結果を理解し、それでも、防御壁シールドを展開しつづけた。


 内心、ここまでできるとは思わなかった――カイル自身がそう思っていた。

 カイルの同調能力は人の思念を拾いやすい。だからこそ、自己防衛で余計な思念を拾わないように遮蔽しゃへいをしているのが常だった。


 今、その必要行為をディム・トゥーラが代行してくれている。それだけで、カイルは今までそれに浪費していた能力を他に振り分けることができたのだ。

 しかも他者の雑念が完全に遮断しゃだんされている。それは支援追跡者バックアップであるディム・トゥーラの能力の高さの証明でもあった。


――ディムがいれば、なんでもできる気がする


 それはカイルにとっての本音であり、真実であり、現実だった。

 意識が明瞭になり、知覚がまるで無限のように拡大していく。


 カイルはいつのまにか、世界の番人の領域に立っていた。


――――やっと、来たな


「うん」


 世界の番人自身の姿は相変わらず見えなかったが、そこに存在していることは、間違いなかった。だが、不思議なことにいつものような全てを支配する膨大ぼうだいな圧は存在していない。


「ディムを助けてくれてありがとう」


 カイルは素直に礼の言葉を口にした。


――――勝手にヤツが生き延びただけだ


「僕に悪意の気配を感じさせて、トゥーラを導いてくれたのは、貴方でしょ。トゥーラ達のおかげで即死をまぬがれたとディムも言っていた」


 カイルはやんわりと指摘した。


「だいたいいつも僕に警告をくれるし……それも感謝している。本当にありがとう」


――――行動したのはお前だ


 世界の番人はかたくなに謝辞をうけいれなかった。


「もう……ディムみたいにツンデレなんだから」


――――なんだと?


「本心から感謝しているんだから、受け取ってよ。貴方は祈りにこめられた地上の民の感謝の意は、受け取るでしょ?それと何ら代わらないよ」


 世界の番人は沈黙した。


「でも、ごめん。地上を救うには、僕は力不足だった。世界を救うとか、デカいことを言ったけど、恒星間天体は止められなかった。もう少し質量を削ぎたかったけど、ロニオスみたいに出来なかったよ」


 カイルは自分の手を見て、力無く笑ってびた。

 それに対して意外な言葉がきた。


――――お前はよくやっている。本当によくやっている


「……」


 カイルは似たような言葉を西の民の占者であるナーヤから聞いたことがあった。

 あれはもしかして世界の番人の言葉だったのかもしれない。その言葉はカイルの自身への失望を少しぬぐいとった。

 カイルは現実を思い出し、やや慌てたように周囲を見渡した。


「そういえば、ここにいることによる現実の時間の経過はどうなんだろう?」


――――気にしなくていい。ちゃんと戻してやる


「戻す?」


 カイルの問い直しに、世界の番人にはしばし沈黙した。

 どこまで語るか考えあぐねているようだった。


――――お前たちは時間を過去から未来まで一直線で流れるものと思っているだろう?


「………………違うの?」


――――俯瞰ふかんして見れば違う


「………………」


カイルは考えた。先見を与える世界の番人には、様々な未来が見えていることは、その映像を与えられて絵を起こしたカイルにも理解できた。

 俯瞰ふかんして見る――大空を羽ばたく自由な鳥が見る光景は、地上から見るものとは違う。


「時間の流れは一直線に思えるけど……俯瞰ふかんして見るとどうなるの?」


――――過去も現在も未来も同時に存在している


「はい?」


――――時間とは……


――――例えるなら繊細な絹の糸で織り込まれたあみのようなものだ。人の選択で、穴が空いたり、燃えたり、修復されたり、違う色に染まったり、忙しい


「えっと……時間の話だよね?」


――――時間の話だ


「…………よくわからない……」


――――人々の選択で未来は変わる


「うん」


――――想像力のない人間には、見える未来は限られる。その先に無限に広がっている可能性に、人間は気づかない


「…………可能性……」


 カイルはつぶやいた。


「まだ、地上の被害を少なくすることができるの?」


――――できるが、その代価はお前に苦痛を引き起こす


「どんな苦痛?僕ができることだったら――」


 そういいかけて、様々な条件の可能性にカイルは思い当たり、青ざめた。


「ファーレンシアや、ディムとかを犠牲にするとかはなしだよ?!」


――――そうではないが、それに近いことでもある


「僕の知人達を巻き込むのは嫌だっ!」


――――わかっている 巻き込むのは人ではない


「…………人ではない……?」


 世界の番人の口調に、同情の色が含まれた。


――――お前はこの選択をすることで、後悔と罪悪感に長く悩むだろう


――――本来ならこれをするのはロニオスだった


――――だが、今、ここにロニオスはいない


――――その重荷を息子であるお前が引き継ぐかどうかだ


「ロニオスが…………?」


 この時点でカイルは答えを悟ってしまった。カイルの予想を肯定こうていするかのように、カイルの周辺に白い影が現れ、次々と実体化をしていく。


「…………できない…………できないよ…………」


――――お前は命じればいい


――――世界を救う手助けをしろ、と


 いつのまにか、カイルはおびただしい数のウールヴェに囲まれていた。

 ウールヴェ達は愛情のこもった静かな瞳で、カイルを見つめるだけだった。


「やめてくれ、やめてくれよっ!」


 カイルは耐えきれず叫んだ。


「この子達を犠牲にして、どう未来を切り開くんだ?!人間のために、ウールヴェを犠牲にしろと言うのか?!僕にその選択をさせないでくれ!!」


――それはね かいる


 ウールヴェ達の集団が左右に別れ、道ができた。

 よく知っているウールヴェが前方から近づいてくる。


――僕達は 最初からそのために存在していたんだ


 カイルと絆を結び、半身としてそばにいたトゥーラが静かに告げた。

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