第17話 我が光を示される汝に栄光あれ④

「メレ・エトゥール」

「メレ・エトゥールだ!」

「おお、シルビア様」

「メレ・アイフェスもいらっしゃるぞ!」

「見捨てられてなかった!」

「エル・エトゥール!」

「我々はどうなるのですか?!」


 セオディア・メレ・エトゥール達が天幕の外にそろって姿を見せると、群衆はどよめいた。

 第一兵団と専属護衛達が、王族達の安全をはかるために、近づこうとしている民衆達を押し戻している。


「メ、メレ・エトゥール」


 専属護衛のラルグが主人の登場に、やや青ざめていた。


「天幕にお戻りください!ここは危険です!」

「これを放置したら、お前達が怪我けがをするだろう」

「しかしっ!」


 いつまでも、押さえ切れるものではない――ラルグの視線がそううったえていた。


 騒然としている中、セオディアはエルネストが密かに天幕の入口のそばで、歌姫と共に控えているのを見た。

 あの食えない辺境伯としてエトゥールにまぎれ込んでいた初代の男は、何かたくらんでいるようだった。それが何であるかまでセオディアには読めなかった。


 ただ、ここから逃げ出す様子がないので、まだ協力者であるのだろう。



 カイル達はまだ、戻らない。



 セオディアは貴族の装飾品を模した腕輪にきざまれた数字を確認した。数字は導師メレ・アイフェスの予告通り減っている。

 それから拠点の空中に浮かぶガラス板のようなものに映し出される映像を見た。


 その画面、中央に昼間だというのに視認できる、白く輝く星が出現していた。エトゥールの東の空から落下してくる王都を滅ぼす星の片割れである。


 エトゥール王につられて、誰もが、地下拠点の天井付近にもうけられた巨大な映像を見ていた。


「落ちつくがいい。先見の光景の通りに、今から王都にあの輝く災厄が落ちる。お前達は、賢明であった。忠告に従い、安全なここに避難を選択する知恵をもっていた己を誇るとよい」


 意外にも演説の声は、広すぎる地下遺構の中に響き渡った。

 セオディアがちらりとエルネストを見ると、彼は不敵にもにっこりと余裕の笑みを返してきた。なにか拡声の効果がある古代遺物アーティファクトを使っているようだった。


 絶対に大災厄が終わったら、復興に初代をこき使ってやる――セオディアは、そう決意した。


 民衆はエトゥール王の言葉を待っていた。


「この未曾有みぞうの災厄に世界の番人は、遠い地より救済のための導師メレ・アイフェスをこの地に下ろした。彼等は、精霊の術により見事に災厄の半分を消した!」




『セオディア、盛り過ぎです』

『嘘は言ってない』

 シルビアの思念に、セオディアはさらりと応じた。



「残りの災厄の欠片が王都に降り注ぐ。これは世界の番人の審判だ。お前達は、今の態度のまま、世界の番人の前に立てれるか?守護している賢者に顔向けできるか?己の行動にはじることはないか?」


 エトゥール王の言葉が遺構に響く。


「騒ぐな。己のことばかり考えるな。弱者に手を差し伸べろ。誇り高きエトゥールの民であれ。世界の番人は常に見ていて、人間を試している。生き残るのに相応しい人格者であれ」


 セオディアは言葉を止めた。

 星が輝きを増していく。

 それと共に、なぜか急激にエトゥールの東の空に真っ黒な雲が渦巻きを始めた。その範囲が広く、渦巻いて吸い込まれてい。

 それは時間がたつにつれて、大きくなっていく。まさに終末の光景だった。


「……はは…………」


 情報をあらかじめ知っていたセオディアはですら、絶句し、なぜか笑いのようなものしかでなかった。


 過去に賢者が用意した恒星間天体の落下予想の『映像』は、あくまでも仮定に過ぎず、どこか上空から見守った客観的想像に基づくものだった。

 現実のリアルな映像は、エトゥールの王都を目指して落下してきている。


 定点「かめら」なるものが設置されているエトゥールの王城にいる錯覚が起きるようなリアルすぎる光景だった。


 昼間でも見える白く輝く星は、赤く燃えた巨大な岩石に姿を変えつつある。



 これを人間の力でどうにかしようなど、間違っている。



「……私達は何か罪深いことをしたのでしょうか……まるで、人間に対する断罪のようです……」


 ファーレンシアも呆然と呟いた。


「いいえ、これはあくまでも自然現象です」


 シルビアが冷静な声で告げた。


「自然現象の災害ですが……受け入れられない人々がでるでしょう」


 治癒師シルビアの見解は正しかった。


「なんだよ……」


 群衆の中の若い男の一人が空中の映像を見て、呆然としていた。

 黒い暗雲が渦巻き遥か上空に吸い込まれ、その中心にある小さな光は徐々に大きくなり、鮮明な画像がとてつもないその大きさを示していた。

 赤く燃え盛る巨大な岩石が落ちてくる。


「…………なんだよ、あれは…………」


 彼はそばにいた第一兵団の一人に詰め寄った。


「どうなるんだよ?!あんなものが落ちてくるのか?!なぜだ?、精霊の怒りをかったのか?!俺達が何をしたって言うんだ?!」


 男は絶望したかのように喚いて騒ぎたてた。

 それをいさめて落ちつかせるべき第一兵団も、空を見つめ青ざめ言葉を失っていた。


「あんなものが落ちてきたら、ここだって無事とは限らないだろう?!こんな古代の遺跡なんかひとたまりもないじゃないか!」


 恐慌と誤解と混乱がさざなみのように広がろうとしていた。

 

「ここにいても死ぬのか?」「死にたくない」「ここが崩れるのか?」「外に出たい」「まだ外の方が安全だよな?!」


 誤解と失望が錯綜さくそうし始めた。

 恐怖に駆られた人々が警護する第一兵団達を押し始めた。王族のいる場所が、一番安全に違いないという浅はかな考えからだった。


 だが、さらに別の一団の民衆が、第一兵団の前に割り込み、群衆を押し戻そうとした。


「……あれは……」


 シルビアには、その面々に覚えがあった。過去に施療院で治療を受けた人々だった。


 彼等は施療院で警護や手伝いをしていた第一兵団と面識があった。そして生命を救われた恩義も忘れていなかったので、身をもって盾になろうとしていた。


 怒号と群衆の衝突による混乱が限界に達しようとしたその時――。




 あたりに歌声が響いた。




 誰もがいきなりその場を圧倒した声量と美声に驚いた。

 長い黒髪を後ろでまとめあげた東国人が銀髪の貴族とおぼしき男性の隣に立ち歌っていた。


 それはエトゥールの聖歌だった。


 歌声は、演奏音楽のない無伴奏にもかかわらず、広いはずの遺構の中を朗々ろうろうと響き渡った。

 これには、メレ・エトゥールを初めとする王族達も驚いて彼女を見守った。


 彼女の歌は精霊樹の癒しのような優しさと安心があり、荒ぶる人々の心に鎮静の効果を与えた。


 歌姫の絶対的な歌唱力は、修羅場の中で、ひたひたと近づいてくる大災厄をも、片隅に追いやった。

 暴力を振るおうとしていた一部の男達は、その場に昏倒こんとうしていたが、その事実に気づくものは少なかった。


「エルネストね」

 

 イーレがハーレイとともに現れて、シルビアの横に立っていた。二人が握っている長棍を見れば、いざとなれば暴力で制圧する気満々だったことは明白だった。


「…………アドリー辺境伯がいったい何を?」

「ピンポイントで暴れている人間を思念派で昏倒こんとうさせている。私も東国イストレを食らったわ。皆、歌に気をとられているから気づかない」

「……計算しつくしていますね」

「初代は食えない人間の集団よ」

「…………イーレも初代に属するのでは?」

「…………絶対に、彼等とひとくくりにしないでちょうだい。あんな古狸ふるだぬき集団と一緒にされたら、絶望のあまりに私は寝込むわよ?」

「寝込んでも主治医がいるから安心だな」


 古狸ふるだぬき集団に属することを否定しない夫である若長の発言に、イーレは無言のまま、ハーレイの足を思いっきり踏んだ。




 ミオラスは騒乱の中心で歌い続けた。情をこめ、祈りをこめ聖歌を歌った。

 それはまるで世界の番人や精霊に対する奉納歌のようだった。

 実際、ミオラスは過去にエルネストを治療し、アードゥルを生還させてくれた世界の番人やウールヴェ達に感謝していた。

 その気持ちを歌に織り込むことは容易たやすかった。


 歌で暴動を抑えることを提案したのはエルネストだった。

 彼はミオラスに忠告をしていた。


「ミオラス、君なら簡単にできるだろう。祈りをこめて歌うことに集中すれば、いいだけだ。暴徒は気にしなくていい。私が処理する。ひとつ気をつけることは、怒りや不快だと思う己の感情をけっして歌に乗せてはいけない。いいね?ただ真摯しんしに歌う、それだけだ。そう――例えるなら、世界の番人や君が友人だと思っているカイルのウールヴェに歌っているつもりになればいい。私は理解できないが、聖歌とは、元々見えない存在に感謝し、敬い、導きを乞うものだと定義されているからね」

「どうして、エルネスト様は理解できないのですか?」

「我々の世界には、感謝するような見えない存在というものがないからだ。認知されていない。誰も知らない。それに頼ることもない。いると証明もできない存在に誰が感謝するかね?多分、私は一生、聖歌とやらを歌えないよ」


 銀髪の賢者は肩をすくめてみせた。


 彼女が聖歌を歌っていると、いつの間にか周りの光景が変わった。真っ白な何もない空間にいる。歌う彼女の周りに少しずつ何かの気配が増えていく。


 どういうまぼろしだろうか?


 以前、この似た空間でアードゥルと邂逅し、必死で引き止めたことがあった。今度はアードゥルではない。

 多数の何かが彼女の聖歌を聴いている。

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