第15話 我が光を示される汝に栄光あれ②

 クトリの報告の言葉と同時に、ディム・トゥーラは近くにロニオスが出現することを期待したが、ウールヴェは現れなかった。

 カイルのトゥーラも、ディム・トゥーラのウールヴェも何の反応を示さず、ディムは失望にくちびるを噛んだ。


「恒星間天体βベータ、軌道変更成功――誤差は――」


 クトリが驚きの声をあげた。


「誤差はゼロです!落下軌道は当初の想定のまま、誤差ゼロでエトゥールに落ちます!」

「……見事だ。ロニオスらしい」


 アードゥルはボソリとつぶやいた。

 カイルはクトリを振り返り、すかさず指示をだした。


「クトリ、固定位置情報ビーコンを設置して」

「は、はい」


 クトリは端末を操作し、当初の予定通り中庭から東の空に向かって、防護壁シールドを展開する高度の目安となるレーザーを放った。赤い線は、一瞬だけ描かれ、すぐに見えなくなった。

 それを見守っていたディムがカイルに問いかけた。


「なぜ、不可視にした?」

「だって、ここは避難所の大スクリーンで避難民にモニタリングされているんだよ?エルネストがそうするって言っていた。見えていると、民衆がいらぬ誤解をする可能性もあるでしょう?僕達が恒星間天体を誘導したと思われるのは避けたいんだ」

「実際にそうだが」

「まあね…………これは最大の詐欺劇場ペテンに等しいよ。――シルビア、メレ・エトゥールと一緒に避難所に戻って」


 カイルはセオディア・メレ・エトゥールと寄り添うように立っているシルビアに声をかけた。


「カイル殿」

「メレ・エトゥール。あなたには大事な仕事がある。民衆の動揺を鎮め、暴動を未然に防ぐという仕事が――」


 カイルがセオディアの抗議を封じた。


「初期の想定からだいぶ変わってしまった。ロニオスが欠けた今、僕達に余裕はなくなってしまったんだ。エトゥール王の避難が遅れるという最悪の事態は避けたい。ここより、避難所の民を落ち着かせることが貴方にふさわしい任務だ。あと、ファーレンシアに伝えてほしい」


 カイルは小さく息をついた。


「必ず帰るから、待ってて。愛している、と――」

「ずるいな……拒否できないではないか……」

「僕は天下のお墨付すみつきの小賢こざかしい人間だから、ね」


 カイルは笑ってみせる。


「それに貴方が残っていると、シルビアがテコでも動かない」


 カイルはシルビアを示した。

 彼女は人目があるにもかかわらず、がっちりとセオディアの腕をホールドしていた。彼女らしからぬめずらしい行動だった。

 その指摘に、セオディアはかたわらの妻たる女性を見つめ、シルビアはそれを肯定するかのように微笑んだ。


「わかった……」


 渋々とセオディアは承諾した。

 すでにシルビアがこの場にいることが、異常事態イレギュラーなのだ。


「カイル殿、貴方に精霊の祝福があらんことを」


 セオディアはカイルに静かに告げた。


「この未曾有みぞうの大災害を切り抜ける知恵と力を貸してくれた貴方達の偉大な功績は、人々の記憶に残り、後世まで語り継がれる。導師メレ・アイフェスの名にふさわしい貴方がたに世界の番人の守護と祝福があらんことを。光輝く未来がありますように」

「メレ・エトゥール、貴方こそ民を見捨てなかった賢王だよ。これは貴方と先見の姫巫女の功績なんだ。語り継がれるのは、僕達ではない」


 カイルはやんわりと言った。


「エトゥールに世界の番人の守護と祝福があらんことを。貴方とファーレンシアに光輝く未来がありますように」


 メレ・エトゥールはカイルを見つめ頷くと、隣のシルビアの方をみた。いつものようにエスコートのための手を差し出した。

 シルビアはようやく、エトゥール王の腕の拘束こうそくをとき、その手に手を重ねた。



 その光景はどこか、初代エトゥール王と精霊の姫巫女のモチーフに酷似していた。



 だが、シルビアは釘をさすことを忘れなかった。キッと、カイルに向き直った。


「カイル、無茶はいけませんよ」

「わかっている。ファーレンシアを頼むよ」

「もちろんです」


 メレ・エトゥールとシルビアが移動装置ポータルを踏むのをカイル達は見送った。


「ミナリオとクトリは最初の防御壁シールドが恒星間天体に接触したら、即撤退、避難だ。いいね」

「カイル様っ!」

「親しい者の思念はカイルの邪魔になる」


 ディム・トゥーラの指摘にミナリオは、はっとした。

 そんな可能性は考慮していなかったのだ。


「ミナリオ、ここまでで十分だよ。ありがとう」

「…………はい、カイル様も無茶をなさらぬように」

「…………みんな、同じことを言うなあ……」

「お前がいつも無茶をするからだろう」


 ディム・トゥーラの突っ込みに全員が笑った。





 エトゥールの民が多数避難している地下拠点の一角に光の柱が立った。

 その中に現れたのは、エトゥール王とその伴侶である銀髪の治癒師ちゆしだった。

 その登場に周囲に歓きの声が沸き立つ。


「エトゥール王だ!」

「メレ・エトゥール!」

「ああ、ご無事だったのか!」

「シルビア様もご一緒で!」


 移動装置ポータルに立つ二人は困惑した。

 移動装置ポータルはファーレンシア達が避難している天幕の中のはずで、実際シルビアはそこから出立した。

 だが、今の移動装置ポータルは第一兵団による人壁に遮られているとはいえ、天幕から離れた位置で観衆の目にさらされている状態だった。


 こちらも異常事態か――。


 メレ・エトゥールはその場の空気を察して、平然とした顔で軽く片手をあげて、民衆の声援にこたえて落ち着かせた。それから、シルビアを庇いつつ、なぜか初期の設置位置よりかなり後退しているファーレンシア達が控えているはずの天幕に向かった。

 天幕入口を守護する専属護衛のラルグに、彼は小声で問いかけた。


「何があった」

「御覧のように民が集まっており危険なので、念のため天幕の方を後方に下げました」

「だから、移動装置ポータルが取り残されて民衆の前か」

「はい」


 第一兵団と専属護衛達が、移動装置ポータルの前で人間の盾となり、騒ぐ民衆が接近するのを防いでいた。


「まあ、いざとなれば、大天幕と移動装置ポータルごと防御壁シールドで囲みますが」


 天幕からセオディアと変わらぬ年齢の銀髪の男が、ひょいと顔を出しこともなげに告げた。


「……アドリー辺境伯……」

「それは、亡き父の称号ですね」


 しれっとエルネストは付け加えた。

 外見が世界の番人のもたらした奇跡によって若返った彼は、あくまでも『アドリー辺境伯の隠し子』で押し通す気らしい。

 

「では、子息に新たな叙勲を与えねばなるまい」

「そんな叙勲で与えるような土地は残らないでしょう。あるのは焼けただれた不毛な地だけです」


 エルネストは残酷に未来の光景を指摘をした。


「大丈夫だ。開墾も地方領主の責務の一つだからな」

「……こき使う気、満々ですね?」

「立っている者は親でも使え――がメレ・アイフェスの流儀だと聞いたが?」

「カイル・リードの主義を、全体の流儀と捉えないでいただきたい」


 いつになく真剣に、エルネストはメレ・エトゥールに抗議をした。

 おっと、こんなところにも隠れた犠牲者がいたか……。

 セオディアは笑いの発作が起きかけたが、堪えた。大災厄後の貴重な協力者を逃すわけには、いかなかった。


「不毛の地を、再び緑にするぐらいの技術は持っているだろう?」

「ない――とは、いいませんがカイル・リードと違って、提供する義理はありませんね。責務もない。なにせ私は、アドリー辺境伯に認知もされていない隠し子という設定ですので」


 のらりくらりと、かわそうとするエルネストをメレ・エトゥールは見つめた。


「では叙勲ではない褒賞ほうしょうでどうだ?」


 意外な提案にエルネストは片眉をあげた。


「この代価に見合う褒賞など、そうそうないと思いますが?」

「実はだな……」


 まるで世間話をするかのように、セオディア・メレ・エトゥールは耳打ちをして切り出した。


「この間、私の個人的な書庫から、初代エトゥール王の直筆と思われる禁書が発見されたんだが……」

「………………………………」


 案外、初代のメレ・アイフェスも、チョロかった。






「お兄様!シルビア様!」


 天幕に入ってきたメレ・エトゥールとシルビアの二人の姿にファーレンシアは喜びの声をあげた。

 ファーレンシアはセオディアの帰還に、ほっとしたようだった。


「カイル様は?」


 一緒に帰還するはずだった伴侶の姿をファーレンシアは探し求めた。


「まだだ。まもなく天体が落ちてくる」


 ファーレンシアは息を飲み、祈るように両手を組んだ。シルビアがすぐにファーレンシアに駆け寄った。


「ファーレンシア様、大丈夫ですよ」

「ええ、ええ」


 ファーレンシアは息を整えようとした。

 心理的ストレスは腹の中の胎児によくないとシルビアに教わっていた。だが、カイルの未帰還の事実はストレスそのものだった。

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