第14話 我が光を示される汝に栄光あれ①
旧観測ステーションと恒星間天体
ロニオスが乗ったシャトルは、その中を突き進んでいく。
復旧した
『いくら半分まで減量されているとはいえ、このまま海に落ちたら、500年に及ぶ努力が水の泡だ……それにしてもウールヴェが四つ足しか存在しないのは、失敗だった……手がほしいぞ……操作パネルまで思念で扱い……シャトルの加速制御を行い……うん、これは過剰労働だ。対価は10年分の米の発酵酒に相当するな』
ブツブツブツブツ。
愚痴のような独り言が続く。
先にディム・トゥーラを地上に
――――大変そうだな
『実際、大変だとも。「猫の手も借りたい」―― 鼠を捕ること以外何の役にも立たないような猫の手を借りたい、と思うほど忙しいという比喩表現が存在する』
――――ウールヴェの手を借りるか?
『ウールヴェは常日頃から役に立つ優秀な存在だし、ウールヴェの手は………………お菓子をつまみぐいするのに器用に使っていたな』
どのウールヴェか、言わずもがなだった。
『だが、機械操作と理論はさすがに教育する暇がなかったな。私の荷重労働は致し方なし、だ』
――――ロニオス
『安心するといい。約束は果たす。ちゃんと文明は存続する』
ロニオスは作業の手を止めずに答えた。
『君は君の成すべきことを果たせばいい。ただそれだけだ。人間について学べたかね?』
返事はなかった。
『この世で人間ほど複雑な生物はないだろう。「家庭」という極小コミニティーから「国家」という最大コミニティーまで、様々な集団が乱立し、協調するか対立している。「個人」もしくは「集団」の思惑が交錯し、歴史を動かしていくのだ。非効率で時間の無駄ではあるが、そのエネルギッシュな思念が、ほとんど未利用のまま滞納されて放置される。それを享受している君には、どれだけ膨大か理解できるだろう?彼等は自分の放出している思念エネルギーに気づかない。彼等のほとんどが今日生きるという命題に夢中になり、富裕層に支配されていることにも気づかない。視野が狭く、実に愚かだが、意志力の強さと情の深さがこの先、進化と文明の発展を促すんだ。そうやって変化していくのが人間だ』
ロニオスは作業を継続しながら、熱く語った。
『と、私は仮説をたてている。君の意見も拝聴したいものだな』
――――いまだに、よくわからない。特に、他者のために、身体を張って庇うなど
『カイル・リードのことだな』
ロニオスは楽しそうに笑いを漏らした。
『行動の判断基準がリヴィアに似ている。これも遺伝子の成せる技かね?時間があれば、一週間ほど議論したいところだが…………残念だ、あと5分しかない』
ロニオスは作業を終えて、スクリーンが捉えた高速で近づいている恒星間天体
『君は面白い研究対象であり、惑星存続に対する同志であり、同盟者であり、教え子であり、そして誓約の対象であり……………………よき仲間であり、親しき友であった。この500年、楽しい時間を過ごせた。感謝している。だが、私はそろそろ休みたい』
――――望みは?
『君も仕事中毒だな?惑星文明が存続する様を、
――――酒は存在しないが
『抜かりはない。ちゃんと墓前に最上級の米の発酵酒を定期的に供えるよう遺言書に加筆した』
ウールヴェは勝ち誇ったように笑った。
『息子や息子の
飛来した恒星間天体βに対して、シャトルはその落下角度を変えるべく、正確に
「あと5分で、恒星間天体
クトリ・ロダスの報告にディム・トゥーラは、空を
ロニオスはまだ現れない。
アスク・レピオスの工作がなければ、とっくの昔にシャトルを離脱している計画だった。
本気で特攻する気なのか――。
ディム・トゥーラは、落ちつかない気分になった。自分がやるべき仕事をロニオスが引き取り、やりとげようとしている。その身を犠牲にして。
ディム・トゥーラにも、その覚悟はあった。
死んでもクローン再生はできる。所長かジェニ・ロウが手続きしてくれただろう。そう考えての行動選択だった。
だが、ロニオスは?
そもそもウールヴェ姿であることから、同調している
本当にあれは同調だったのか?
今となっては何もわからない。
無事に帰還してくれ。まだカイル・リードとの関係の修復は始まったばかりだろう――ディム・トゥーラは、どうにもならない
「なあ……」
ディム・トゥーラは、そばに待機しているカイルに話かけた。
「うん?」
「困難に直面した地上の人間は、祈ったりするんだよな?」
「うん」
「何に?」
「世界を
カイルは簡潔に答えた。
「…………世界の番人かよ」
天敵である名前をあげられて、ディム・トゥーラは顔をしかめて
こんな時だというのにディム・トゥーラの変わらぬ反応を見て、カイルに笑う余裕が生まれた。その姿は少し前までの自分と似ているという自覚があったからだ。
「僕も最初は理解できなかったけど、ね。この世界は、戦乱や疫病、自然災害と、コントロールできない災厄に対して
「祈って、何か変わるのか?」
「さあ?他人の統計はとってないよ。でも、僕はほぼ叶えてもらったかな」
「……………………は?」
「僕も世界の番人に祈ったというか、お願いしたよ」
「は?!何を?」
「えっと……いろいろ?」
カイルの目は泳いでいた。
ディム・トゥーラは黙って、じっと見つめてきた。無言の追及の圧力が続き、いつものようにカイルの方が負けた。
「精霊鷹やウールヴェのトゥーラを通じて、いろいろ助けてもらったよ。お願いして、エルネストの治療をしてもらったり、東国では駆け引きをして四つ目を退治してもらったり、西の国では地下水脈を見せてもらったり――何よりも大きいのは、西の民の
「あの
修羅場に自分を支えた助言が、世界の番人からもたらされたものだと知って、ディム・トゥーラは衝撃を受けた。呻きながら、片手で顔を覆った。
「……不本意だ……実に不本意だ……あの老女の
「まあ、僕も受け入れるのは、時間がかかったよ。シルビアの方が、よっぽど度量がある」
「違いない」
ディム・トゥーラもその点を認めた。
「僕が『祈り』というのを理解したのは、さっきかもしれない」
「…………は?」
「あのシャトルの出来事は心底恐ろしかった。僕のせいでディムが死ぬのが嫌だった。想像するだけで、耐えられなかった。それを回避したくて――でも僕はシャトルに行く術がなかった。地上のやるべきこともあった。僕は祈ったよ。ディムが無事であるように、加護があるように、世界の番人に願った。『祈り』が見えない超自然な存在に対して、心の希望を実現を請う行動と定義されるなら、僕は『祈った』。そして、ディムはここにいる」
カイルはディム・トゥーラを見つめた。
「その結果だけで、僕は世界の番人の存在を受け入れられる。僕には、そういうことだった」
しばらくの沈黙のあと、ディム・トゥーラは本音を
「…………俺は、ロニオスの無事を『祈り』たい。それが
「…………うん」
「シャトル、接触まで30秒」
クトリが秒読みを始め、場に緊張が生まれた。
「ディム」
「わかっている。存分にやれ」
「10」
「9」
「8」
「7」
「6」
「5」
「4」
「3」
「2」
「1」
「0」
「シャトル、恒星間天体
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