第13話 我は汝の未来を信ずる②

「ごめん、僕はこの「父親」という遺伝子上の関係者にどう接していいか、わからなかったんだ」


 カイルはディム・トゥーラにびるように懺悔ざんげをした。


「ロニオスを、初代リーダーとか、ウールヴェの指導者とか、大災厄に対する協力者として接する方が、気が楽だった。僕は逃げたんだと思う。だから考えないようにしてた。いまでもよくわからない」

「…………お前が謝ることじゃないだろう……」


 支援追跡者バックアップであるにもかかわらず、ディム・トゥーラにはカイルにかける言葉を見つけることができなかった。


 カイルの天涯孤独てんがいこどくの生い立ちは、知っている。そこに父親という人物が登場しても、それが何?で済んでしまう存在だ。それでカイルの過去の心の隙間が埋まるわけではない。


 カイルの心の隙間を埋めたのは、エトゥールの姫巫女であるファーレンシアだ。だからカイルは、世界を救うために奔走ほんそうしている。無条件で愛されることを知らなかったカイルが、愛する彼女のために世界の存続を願っているのだ。



 それは悲しいことに、地上世界の短命さからいけば、ほんの四、五十年の心の救済にすぎない。



 ロニオスの言葉がよみがえる。


――父親の定義はなんだと思う?子供の生活基盤を構築し、その成長について、責任を持つ。教育やその他、社会に適用できるよう環境を子供に与え、貢献することだ。その一つもなしていない私は、文化人類学上の父親ではない。名乗るつもりはない


 そりゃそうだ――ロニオスの言葉と心理をディム・トゥーラは今なら理解できた。

 中央セントラルの家族関係は、希薄だ。ディム・トゥーラ自身、強大な能力を理由に母親である女性からは縁を切られている。

 とはいえ、親が存在することの恩恵はある。教育の機会の享受きょうじゅや進路の選択自由さだ。身元は保証され、一定基準の生活ができる。


 それをしなかった――もしくはする機会がなかったロニオスは、カイルに「名乗らない」選択をした。

 一方、カイルは父親が名乗らないことで、気づかないふりをするしかなかった。二人の選択は、事情を知る人間としては、やるせないとしか、言いようがなかった。


 ディム・トゥーラが黙り込んでしまったことで、カイルは慌てた。


「あの……ロニオスを否定しているわけじゃなくてね?……なんというか、血縁者というより、協力者として頼りにしているし……そもそもロニオスがウールヴェとして現れなければ、僕はここまでこれなかった。彼には感謝している。肉親より指導者に近いかもしれない」

「……それはわかる」


 ディム・トゥーラはカイルの言葉を認めた。ロニオス・ブラッドフォードは、カリスマ的な指導者と言えた。


「いや、待て……ずっと知っていただと?……俺にそれを気づかせず、隠し通した……?支援追跡者バックアップである俺に……?」


 ディム・トゥーラは判明した衝撃的事実が再びブーメランのように返ってきたことを感じた。


「俺はお前の隠し事に気付けなかったのか……支援追跡者バックアップなのに……」

「え?」


 カイルはディム・トゥーラの言葉に怪訝そうな顔をした。

 ディム・トゥーラがカイルをにらんで、叫んだ。


「どうしてくれる?!俺の支援追跡者バックアップである矜持プライドはズタボロだっ!親子で変なところが似るんじゃない!なんて奴らだっ!!」

「はい?」

「ああ、くそっ!シャトルにいるロニオスを今すぐにここに引きずり戻したいっ!」

「…………ディム?もしもし?」

「絶対、逃げてやがる!ジェニ・ロウとカイルに対峙たいじするのを全力で避けやがった。あの古狐ふるぎつね、アル中クソ親父めっ!」

「ディム……?」


 髪の毛をかきむしり、ロニオスに対する罵詈雑言ばりぞうごんを並べるディム・トゥーラにカイルはわけもわからず呆然とした。


「解説いるか?」


 妙に冷静な言葉をカイルにかけてきたのは、アードゥルだった。


「あ……うん……ぜひ」

「まずお前がロニオスとの関係に気づいてたことを、支援追跡者バックアップが見抜くことが出来なかった。彼のプライドはそれで地に落ちた。まあ、その前にロニオスと師弟関係を結んだ彼は、いろいろな場面で高慢な鼻をロニオスにへし折られていると推察する」

「――」

「『親子で変なところが似るな』が、解釈のキーワードだ」

「……え……そこで親子認定されるの、ちょっと嫌だな……」


 不本意そうなカイルの言葉に、アードゥルは口を隠し笑いに耐えている。


「安心するといい。頑固がんこなところは、そっくりだが、ロニオスはお人好しではないし、冷静で計算高い」

「…………なんとなく、僕が無鉄砲むてっぽうで浅はかな人間と言われたような気がする……」

「気のせいだ」


 そう答えつつも、アードゥルはカイルの視線を避けた。


「とりあえず支援追跡者バックアップなだめることを考えた方がいいのではないか?作戦は万全ばんぜん態勢たいせいで行うべきだろう?」


 アードゥルの指摘はもっともで、ディム・トゥーラのロニオスに対する罵詈雑言ばりぞうごんは、つきる気配がなかった。

 カイルはディム・トゥーラに近づいた。


「ディム」

「なんだ?!」

「あのさ、あらためて言いたいけど、ディムが無事で、しかも地上に降りてきてくれて僕はうれしい」

「――」

「それに結婚の儀に、ロニオスを連れてきてくれてありがとう。僕の肉親に祝福されていたことをファーレンシアに報告できる」

「……」

「今からの本番にディムが僕のそばにいてくれることが、どんなに心強いことか……。僕は規格外だけど、ディムが支援追跡バックアップに入ってくれれば、存分に力を正しい方向に発揮できると思うんだ。ディムは僕を理解してくれる最高の支援追跡者バックアップだと思う。ロニオスがシャトルを自由自在に操り、恒星間天体の進路を命懸いのちがけで変えてくれると言うなら、僕は息子として、精一杯のことをしたい。それに手を貸してほしい」

「……………………」

「少しでも、地上被害を減らすために、防御壁シールドを一枚でも多く張りたいんだ」

「お前はいつになったら学習するんだ」


 ディム・トゥーラの声はそっけなかった。

 カイルはビクリとした。支援追跡者バックアップの協力の有無は、このあとの結果に天と地ほどの差を生じさせる。彼に手を引かれることが一番怖かった。


「ディム、僕は――」

「俺がお前の支援追跡バックアップする以外、何の仕事がここにあるって言うんだ」


 カイルはディム・トゥーラの言葉を理解するのに数秒かかった。

「うわ〜〜、筋金すじがねりのツンデレ……こっちは素直じゃない」とつぶやいたクトリは、ディム・トゥーラに呪詛じゅそされかねない勢いでにらまれた。


 アードゥルと同じように、メレ・エトゥールとミナリオは口元を覆い隠し、笑いに耐えた。シルビアは相変わらず鈍いカイルの態度に肩をすくめていた。


「俺はお前の支援追跡者バックアップだよな?」

「……うん」

「俺以外存在しないよな?」

「……うん」

「お前の望むことを言ってみろ」


 ディム・トゥーラは静かに言った。


「お前が何を望むか正確に知る必要があるんだ。お前に協力をするために」


 同じことを言われた記憶がカイルにはあった。

 エトゥールに地震を引き起こした時、カイルの精神領域まで支援追跡バックアップしにきたのはディム・トゥーラだ。


――お前が何を望むか正確に知る必要があるんだ。お前に協力をするために


「恒星間天体の衝撃しょうげきを減らしたい」

「そのためには?」

「ロニオスの担当分の防護壁シールドも展開したい」

「お前が集中できるように、遮蔽しゃへいをする」


 ディム・トゥーラの言葉とともに、カイルの意識がはるかに明瞭になった。

 カイルは驚いた。無意識に周囲の思念を拾っていたことになる。


「…………すごい」

「覚悟しろ。恒星間天体が出現したら、人々の混乱行動パニックの思念はすさまじいものになる」

「うん」


 カイルはうなずいたが、吹っ切れたように笑った。


「でも、ディムがいれば、何でもできるような気がする。大丈夫だよ」

「――」


 カイルは防御壁シールドの金属球を展開するために、ディム・トゥーラから離れた。それを見送るディム・トゥーラにアードゥルが声をかけた。


あきらめろ。あの天性の人垂らしぶりは、間違いなく父親ロニオス譲りだ。遺伝とは恐ろしいものだな」

「………………なんて、凶悪な親子なんだ……」

「違いない」


 アードゥルはその点を認めた。


「ちなみに、それも悪くないと思うようになると、間違いなく末期だ」

「…………それは経験からくる感想だよな?」

「もちろんそうだ。犠牲になった末期仲間が増えて嬉しいぞ」


 ディム・トゥーラはアードゥルから顔を背けていたが、耳は赤かった。



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