第12話 我は汝の未来を信ずる①

 暗転とともに、視野が変わる。

 ディム・トゥーラは状況を把握できずに、そのままの姿勢でしばらく固まっていた。


 どこかに寝転んでいる。だが、シャトルの床ではない。

 その証拠に成分調整されていない空気が存在していた。それに久しくいでいないにおい――土や草花の香り――ここは観測ステーション内のリラクゼーションエリアだろうか?


 だが目の前に青空が広がり、そこをよぎる火球とそれが生み出す隕石雲が視界に入りその可能性を否定した。

 空は半分しか見えない。半分はい茂る枝と葉であり、それらが空を隠していた。


 驚くほど巨大な樹木に見覚えがあった。

 カイル・リードの婚約の儀でウールヴェに同調して目撃したエトゥールの精霊樹だ。


 信じられないことに、エトゥールの精霊樹のそばの地面に自分は寝転んでいる――ディム・トゥーラはそう判断するしかなかった。


 いや、夢かもしれない。

 衝撃しょうげき着地感ちゃくちかんもなかった。まるでずっとこの場で昼寝をしていたような感覚で、ディム・トゥーラをさらに混乱させた。転移テレポートさせたのはロニオスで間違いないが、こんな風に人間を移動できるのか?規格外にもほどがある。


 影ができ、白い虎とロニオスではない白い狼が、ディム・トゥーラを見下ろしていた。ディム・トゥーラを心配している心象が伝わってきた。


――大丈夫?


「あ、ああ……」


 夢でなく現実であることを、ウールヴェは証明した。

 起きあがろうとしたディム・トゥーラは、急激な環境変化で体内チップが消費されるのを感じた。


 ヤバい。消費量が多くて、チップがつきそうだ。


 シャトル内での応急処置ですでに大量に消費していた事実をディム・トゥーラは思い出した。目眩めまいが彼を襲った。


『「ディム!!ディム・トゥーラっ!!!」』


 現実世界の叫び声と同時に、強大な思念の直射がきた。

 このダメージを受けている状態に対して何をしやがる――カイル・リードが相変わらず過ぎて、ディム・トゥーラは笑いの発作が起きかけた。


 離れた場所から、懸命に駆けてくる金髪、金眼の青年の姿が見えた。


 あれだけ同調してウールヴェ経由で会ったり、思念で会話をしたりを繰り返していたのに、肉体を伴って再会するのは初めてであることにディム・トゥーラは気づいた。


 安堵あんどすると同時に、安堵あんどし過ぎて気が抜けた――。





『シルビアっ!!すぐに来てっ!!』


 カイルの悲鳴に近い思念に、シルビアはすぐに医療道具の入った背嚢はいのうを持ち立ち上がった。

 事前に打ち合わせていたとはいえ、シルビアの招集は『怪我人が出た時』に限られていたので、思念を拾った全員に緊張が走った。


「大丈夫、行きます」

「シルビア様、お気をつけて」


 不安に瞳が揺れるファーレンシアに声をかけて、シルビアは専属護衛のアイリと共に、そばに設置している移動装置ポータルを踏んだ。

 




「シルビア嬢、こっちだ」


 到着した移動装置ポータルの側にいたのはメレ・エトゥールで、いつもの優雅なエスコートではなく、直接手を握られて誘導された。シルビアは非常時だというのに、その行為にドキリとして、顔を赤らめたことがばれないように視線を地面に落としながら、共に走った。


 精霊樹の側に、カイルに背中を抱きかかえられるように半身を起こして、ややぐったりとしているディム・トゥーラがいることにシルビアは驚いた。


「ディム・トゥーラ?!」

「シルビア!ディムのチップを補充してっ!チップの残量がないっ!!」

「チップを使い切るなんて、どれだけ無茶をしたんですか!」


 シルビアは背嚢はいのうを地面に下ろすと、治療器具を取り出した。応急手当用の皮下注射ひかちゅうしゃを取り出し、アンプルを折る。ボロボロになっているディム・トゥーラの研究員服から剥き出しになっている皮膚に注射することで、体内チップの緊急補充を行った。

 経過を観察しながら、空いた手でカイルに傷薬の入ったびんを渡す。


「経口補充させてください」


 カイルはすぐに瓶口びんぐちをディム・トゥーラのくちびるに当て、中身を嚥下えんかさせた。


「ディムっ!!ディムっ!!」

「………………お前…………うるさいぞ?」


 意識を取り戻したディム・トゥーラの言葉に、カイルはぶち切れそうになった。


「うるさくさせる原因はディムにあるだろう?!何があったんだ?!だいたい、なんでこんなにボロボロなんだ??どれだけ、心配したと思ってるのさ?!本当に――どれだけ――どれだけ――」


興奮して、言葉が続かなくなり、カイルはディム・トゥーラの背中を支えたまま、存在を確かめるようにぎゅっと彼の腕を握った。

 温かい。

 生きている。


「………………痛い……」

「ご、ごめん」

火傷やけど、打撲、擦過傷さっかしょう、切り傷、肋骨の骨折――応急手当済みのようですが、傷口の見本市状態ですね、何がありました?」


 シルビアが冷静にディム・トゥーラの状態を確認しながら、患者に質問を投げた。


「観測ステーションの妨害者がシャトル操縦者の爆殺をたくらんだ」


 ディム・トゥーラの報告の内容にギョッとしたのは、カイル達だった。シャトル操縦者とはディム・トゥーラしか該当しない。


「……爆殺って……それって、立派な殺人未遂ですよね?!なんでまた……」

「惑星に恒星間天体を落として、観察したいのだろう、さ」


 クトリは想像以上の研究都市のスキャンダルに青ざめた。一方、カイルは納得した。


「……確かにあれは、明確な悪意と殺意だった。標的は間違いなくディム・トゥーラだ」

「カイル、何を見たのです?」


 手当を続けながら、シルビアが尋ねた。


「ファーレンシアの初社交デビュタントで感じた想念と同じものを……あれがディム・トゥーラに向かっていた」

「カイルの警告のおかげで助かったんだ。ウールヴェ達こいつらが、かばってくれた。トゥーラがいなければ、多分宇宙に放り出されていた。俺のウールヴェも死んでいたと思う」

「ロニオスは?」


 黙って聞いていたアードゥルは、ロニオスの所在を尋ねた。


「シャトルの自動修復が不完全で、ロニオスが補助して衝突予定地点まで、シャトルを持って行ってくれている。俺は彼に、先に飛ばされて――」


 ディム・トゥーラはそこで気づいた。

 なぜ、先に飛ばされたのだ。ロニオスに余裕があれば、ギリギリまでシャトルを誘導し、共に脱出できたのでは?

 余裕があれば――。


「――!!」


 ロニオスには余裕がなかった。だから、力が残存するうちに自分を地上に転移した。

 その可能性にディム・トゥーラは衝撃しょうげきを受けた。


「まさか、ロニオスはあのまま突っ込むつもりか……」


 ディム・トゥーラの言葉に、場が静まりかえった。


「……結局、ロニオスは情を持ったんだな……」


 アードゥルがつぶやくように言ったが、その意味は誰にもわからなかった。


「そうか、ロニオスのおかげで、ディムは無事に地上に来れたのか……」


 カイルが少し視線を落として言った。


 ディム・トゥーラの中で迷いが生じた。

 今、事実をカイルに伝えるべきか?ロニオス・ブラッドフォードはお前の遺伝子上の父親で、お前のルーツはこの惑星にあると――。


 シルビアの治療が終わると、ディム・トゥーラはあらためてカイルに向き直った。


「カイル」

「何?」

「……お前にずっと黙っていて悪かった。ロニオスはお前の――」

「知ってる」


 カイルは短く答えた。

 カイルの返答にぽかんとしたのは、ディム・トゥーラとアードゥルだった。


「……知ってるって……」

「ああ、うん。アドリーの隠し部屋でうっかり移動装置ポータルに触れて、地下拠点に飛ばされた時に、管理権限をもつ初期メンバーの名簿を見たことがあるんだ。その時は名前を確認できなかったけど、金髪金眼の短髪の男性で、僕に似ていた。まあ、エルネストがすぐに来たから、そこまでだったけど」

「……………………」

「……………………」


 二人は、カイルを呆然と見ることしか出来なかった。


「でも、過去の人だと思ったんだ。初代エトゥール王の人物は彼だと推察しただけで。あとから、記憶をたどり、その男性の絵を起こしてみたら、本当に僕にそっくりだから、骨格の遺伝子類似とか検証してみたんだ。まあ、近しい血縁者だとは、思った、その時は」

「…………じゃあ、どこで……」

「う〜ん、いろいろかな」


 自分のことなのに、カイルは妙に淡々としていた。


「世界の番人やウールヴェは、僕を頑固とか、似ていると連呼していたり、起動しないはずとエルネストが言ってた隠し部屋の移動装置ポータルが、起動したこととか。イーレが僕に管理者権限を与えようとした時に、登録エラーが起きて――後からエラーコードを確認したら、二重登録だったこととか。あと、エトゥールの地下拠点で、僕は認証されたよね?ほら、アードゥルが僕の手を掴んで認証させたヤツ」

「……………………」

「……………………」

「あとは、ロニオスだとウールヴェの正体が判明したあとの、アードゥルが協力的になって、僕に対してやや過保護になったことかな」


 ディム・トゥーラの半眼の視線を、アードゥルは避けた。


「でも、決定打は、僕の結婚の儀にディム・トゥーラがロニオスを秘蔵酒さけで釣って参加させた時」


 今度はアードゥルが半眼の視線をディム・トゥーラに向けた。


「……お前……わかっているなら言えよ」

「本人が語らないことを、言うわけにはいかないでしょ?」

「「……うっ…………」」


 正論だった。


「クトリ、本番まで何分?」

「あと15分って、ところです」


 カイルがクトリに時間を確認してから、ディム・トゥーラを見つめた。



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