第11話 我は汝が誇りの源②

『だから、私は書いた数多くの論文を隠し通す必要があった。なぜなら、君のような選民主義者達の目に止まれば、抹消まっしょうされかねない内容だったからね。エド・アシュルには悪いことをした。彼の記憶領域をずいぶんと長い間、占拠してしまった。その代価を請求されたら私は破産することを間違いないよ』

「…………隠し通す……?」

『そう、私のライフワークと称していい研究テーマだ。だが、君はそれを読む機会はないだろう。安心したまえ』


 不意に警報音が鳴り出した。

 時間が急に動きだしたかのように、シャトルの全システムのモニターが異常を示す赤い文字で埋め尽くされていく。


「?!」


 なぜ異変の予兆にすら気づかなかったのか?

 アスク・レピオスは愕然がくぜんとしたが、やがて気づいた。

 強力な遮蔽しゃへい能力による感覚の遮断と会話内容による注意力拡散だ。


「…………ロニオス、何をした?」

『ただの時間稼ぎと、足止めだ』

「…………足止め……」

『君はとっくに宙域を離脱したと思っているだろう?残念。惑星の衛星軌道を周回しているだけだ』


 その言葉を証明するかのように、シャトルの機外カメラのモニターには青い惑星が見える。観測ステーションよりやや高い衛星軌道高度であるにすぎなかった。


 警報に警告音声が加わる。警告内容が多岐たきに渡り把握はあくしきれなかった。


『おやおや、やはり宇宙塵防御デブリ・シールドシステムは20%の出力だと、恒星間天体が生み出した飛散破片をまかないきれないようだぞ?』

「――?!」

『喜びたまえ、こちらのシャトルにも君が仕掛けた細工をコピーしておいた。実証実験を楽しむがいい』


 アスク・レピオスは混乱の中、シャトルの航行ルートが強引にじ曲げられていることに気づいた。

 シャトルは恒星間天体の破片が生み出した宇宙塵帯アステロイド・ベルトに高速で突っ込んでいる。


「ロニオス・ブラッドフォード!!!」


 はめられた怨嗟の叫びにロニオスは嗤った。


『私はちゃんと君と約束しただろう?ジェニ・ロウの件について、、と』

「――」

『私の妻を殺した代価を払ってもらうよ、アスク・レピオス。もちろん500年の利子をつけて。それが等価交換と言うものだ』


 ロニオス・ブラッドフォードの気配が完全に消えた。

 アスク・レピオスが何か言う前に、恒星間天体の浮遊破片がシャトルのシールドもろとも外壁を貫通し、シャトル内に急激な負圧が生じた。





「シャトルにデブリ被弾!」

「どっちのシャトル?!」


 ジェニ・ロウは思わず聞き返した。


中央セントラルへの連絡シャトルです」


 ディム・トゥーラのシャトルは無事――ジェニ・ロウは、ほっとした。


「原因は?」

「手動操作による航路変更です」

「恒星間天体の爆発跡を見に行こうとするなんて、無謀ね……」


 ジェニ・ロウはそう断じることで、アスク・レピオスの単独行動による偶発事故を関係者に印象づけた。

 獣姿の規格外能力者が暗躍しているなど、誰も気づくまい。


「…………結局、後始末しりぬぐいをするのは私なのよね」


 昔から変わらぬパターンにジェニは吐息をついた。





 恒星間天体βベータの飛来まであと1時間。シャトルの復旧は完全ではない。

 ディム・トゥーラが無重力状態で応急処置的に自分の怪我けがの手当をしていると、がやってきた。


『君は、馬鹿かね?』

「開口一番にそれですか?」


 シャトル内に出現した。トゥーラより一回りほど大きく似ている白い狼を、ディム・トゥーラは不機嫌そうににらんだ。


『全脱出ポットを使用不能にするなんて、いったい何を考えているんだね?馬鹿もいいところだ』

「シャトルが航行不能になったら、元も子もないでしょう?めてくれてもいい事案ですよ」

『私が来なかったらどうしていたんだ?』

「シャトルを恒星間天体βベータにぶつけるだけです」


 ウールヴェは、わざとらしく大袈裟おおげさなため息をついた。


「何か問題でも?」

『問題だらけだ』

「俺の行動は、占者せんじゃの保証つきでしたからね」

『なんだって?』

「俺はちゃんと後悔しない正しい道を選択する。それについては心配ない。思わぬ出来事が起きても動揺して立ち止まるな。冷静でいろ。お前は要石かなめいしだ、と」

『………………』

「おかげで、俺は冷静に物事を選択できた。俺の『後悔しない正しい道』は、あの馬鹿の支援追跡バックアップを全うすることだから。将来的にカイルの障害となるアスク・レピオスを貴方は排除しにいった。だから、俺は貴方の離脱に納得したんです。まあ、貴方の動機が過去の復讐でも、俺には関係ないことです」


 ディム・トゥーラは所長のエド・ロウに連れ回された時に鍛えた外面用の完璧な笑顔を、初代のウールヴェに向けた。


「だいたい貴方の趣味は、『親の総取り』じゃないですか。あれだけ文明維持に奔走ほんそうしてたのに、途中で放り出すとは思えませんよ。俺は貴方が、アスク・レピオスをやりこめたあとに必ず戻ってくる方に賭けただけです」

『……………………』


 さらに止めを刺すように、ディム・トゥーラはにっこりと笑ってみせた。


「現に貴方は戻ってきた。賭けは俺の勝ちです」


 ロニオスは弟子の態度に内心困惑していた。

 アスク・レピオスの排除を理解していながら、ディム・トゥーラには、その行為に対する忌避や嫌悪が皆無だった。


『私は君を見捨てたんだぞ?本当にわかっているのか?』

「アスク・レピオスと対峙するためでしょう?俺が貴方の立場ならそうするし、俺に瞬間移動テレポートの能力があれば、飛んでいって、俺が奴の首を絞めました。所長が言うには、カイルの育成に横槍よこやりをいれたのはアスク・レピオスだそうで」


 ロニオスはそこで、合点がいった。

 ディム・トゥーラ自身を危機に直面させた減点分より、アスク・レピオスに対する個人的怒りと、彼を始末したことの評価加点分が遥かに凌駕りょうがし、ディム・トゥーラの中ではプラス評価に落ち着いているのだ。


『………………私は君のカイル・リード至上主義を低く見積り過ぎたようだ』


 はあっ、とウールヴェはため息をついた。


「俺のウールヴェを怪我させた分は、対価を要求しますからね」

『君自身よりウールヴェを優先か?』

「当たり前です。カイルの警告に反応して、こいつ達が動いてくれなければ俺は間違いなく即死だったし、トゥーラにデカい借りをつくってしまったんですからね」


――僕 ライバルに酒を送った


 自慢げにトゥーラは胸を張る。


――僕 とてもできる賢い子


「ああ、そうだな。賢くて優秀で、さすがカイルのウールヴェだ」


 ディム・トゥーラの褒め言葉に、幼いウールヴェは興奮して尻尾が旋風機状態になった。無重力状態でそれは推進の役割になり、ウールヴェの身体は向かいの壁にすっ飛んでいった。

 ディム・トゥーラとロニオスはその光景をしばらく見守った。


『…………なぜだろう……君に対してとんでもない負債を抱えたような気がするのは……』

「よく、気がつきましたね。賭けの報酬は容赦なく取り立てろ、が貴方の教えでしたよね?」

『…………私には、もう最新量子コンピューターを買い与える伝手はないぞ?』

「…………なぜ、そこで最新量子コンピューターが出てくるのですか?」

『昔、ジェニ・ロウに多大な迷惑をかけて、その代価請求が最新量子コンピューターだった』

「それを調達できる人脈の方が俺は恐ろしく感じますし、今、ジェニ・ロウに多大な迷惑をかけていないとでも?」

『……………………』

「……………………」

『…………逃亡用にこのシャトルを拝借はいしゃくしてもいいかね?』

「何、馬鹿なことを言っているんですか」


 ディム・トゥーラは呆れたようにロニオスを見た。


「そんなことより、シャトルの修復に知恵を貸してください。出力の確保が80%で心許ないです」

『80%か…………』


 ロニオスはすぐに空中にモニターを展開して、シャトルの予定軌道を確認した。

 ディム・トゥーラの指摘通り、シャトルは修復が間に合わず推力がおち、やや予定より速度が足りなかった。


『わかった。私がシャトルを預かろう』

「はい?」

『地上はまかせる。どうせ、私が不在のへべれけプランを策定しているのだろう?』


 名称まで当てられてディム・トゥーラはギクリとした。


 ウールヴェが薄暗いシャトルの中を一瞥いちべつした。

 とたんにエネルギー消費のため切断したシャトル内のあかりと重力が復活した。

 ディム・トゥーラは、軽く尻餅をついた。

 状況の変化は、それだけではなかった。シャトルが加速したのだ。


「ちょっと、何をやっているんですか?!」


 ディム・トゥーラは驚きの声をあげた。


『このまま、恒星間天体まで、私が

「はあ?!」

『そちらの方が、修復より手っ取り早い。時間も迫っているからな』

「持っていくって……まさか……」


 ウールヴェが笑ったように見えた。


「規格外にもほどがある!!!」

『最高の褒め言葉だ』


 ウールヴェは金色の瞳でディム・トゥーラを見つめた。


『さて、ディム・トゥーラ。君はなかなか優秀な弟子だった。短い間だったが、楽しかったぞ』

「はい?」

『卒業でいいだろう。弟子教育はここまでだ』


 ディム・トゥーラが問い返す前に、ロニオスは言った。


『君は生きろ。カイル・リードとともに』


 ディム・トゥーラは、自分の身体が再び無重力状態になったかのようにふわりと浮き上がったことを感じ、次の瞬間、見えない力にはじかれた。

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