第9話 我の歴史を汝は生きる②

『ディム・トゥーラの生体反応バイタル、消失!!』


 観測ステーションの悲鳴に近いアナウンスは、もう一つのシャトルまで届いた。

 アスク・レピオスは、内容に軽く肩をすくめた。


「君は、相変わらず冷酷な男だな。君の選択で優秀な研究者が命を落としたぞ」

『その元凶を作ったのは、君だ』

「見捨てたのは君だろう」

『だから、喜んでくれていいと言ってるだろう?対話を優先させたことの当然の結果だ』

「だったら、姿を現したらどうだ?」


 なぜ、さっきから思念波テレパシーのみなのだ?

 どういう細工で生体反応バイタルを消しているのか?

 アスク・レピオスは、姿を見せないロニオス・ブラッドフォードにいらつきを感じた。


『まあ、待ちたまえ。手札てふだらすように、切るものだと昔に言わなかったかな?』


 相手は腹立たしいことに、わざとらしているとおのれの行為のいやがらせを自覚していた。


「…………そういえば、君と古典遊戯ポーカーをした者は、皆愚痴ぐちっていた」

『それは知らなかった』


 ロニオスはとぼけた。


「それで、私の方を選んだ理由はなんだ。まさか昔話がしたかったわけではなかろう?」

『そのまさかだよ。私は君とまさに昔話をしたかったんだ』

「なんだって?」

『今、現在の話は単純すぎて、つまらない。あちらのシャトルに何を仕掛しかけたかは、検討がつく。操縦者の爆殺。それが未遂に終わった時のシャトルの宇宙塵防御デブリ・シールドシステムに細工――そんなものかな?知らぬ間に、宇宙塵防御デブリ・シールドシステムは消え、恒星間天体の爆破破片はシャトルを簡単に貫通するだろう。君は中央セントラルに帰還するシャトルの中、こちらの事故は預かり知らぬという計算だ』

「――」

『どうかな?当たっているだろう?』


 ロニオス・ブラッドフォードの思念テレパシーは楽しそうだった。






『ディム・トゥーラの生体反応バイタル消失!!』


 ――は?

 

 シャトルに観測ステーションの声がはいる。

 自分の死亡宣言が出されてしまった。ディム・トゥーラは、訳が分からず呆然とした。

 その宣告と同時に、あれだけ騒がしかったエド・ロウからの呼びかけが途絶とだえている。


 訂正の通話をしようとして、ディム・トゥーラは寸前で思いとどまった。

 医療関係者であるアスク・レピオスが生体反応バイタルを使って行動と現在位置を監視しているなら、これは悪くない。仕掛けたのはロニオスかジェニ・ロウか?

 傷ついたシャトルのシステム・チェックと補修はまだ終わらない。犯人レピオスの注意をこちらにむけるべきではなかった。


 唐突にウールヴェのトゥーラが言った。


――でぶり しーるど しすてむ


「は?」


――でぶり しーるど しすてむ


 カイルのトゥーラが片言で単語を平坦な発音で羅列られつする。


「……宇宙塵防御デブリ・シールドシステム……」


 なぜ、トゥーラがその存在を知っている?いや知らないから発音がおかしいのでは?

 では誰がトゥーラにその単語を言わせている?何のために?



 ダブル・トラップか!!!!



 ディム・トゥーラはそれがロニオスもしくは世界の番人からきた警告だとさっした。カイルのトゥーラはそれが何かわからない。世界の番人もわからない。

 ディム・トゥーラはシステム・チェックを重点的に宇宙塵防御デブリ・シールドシステムに切り替えた。モニターには、システムの全体計装図がでた。連続処理シーケンス制御の途中が赤字のエラー表示になっていた。



 エネルギーの経路の一部が破損している。

 ディム・トゥーラは管理AIに問いかけた。


「シャトルの航行能力は?」

『現在80%』

宇宙塵防御デブリ・シールドシステムの能力は?」

『20%以下に低下』


 乗員殺害が失敗に終わったときの策まであるとは……。通常航行なら20%でも支障はない。だが、今から行うのは先行の恒星間天体αアルファーと旧ステーションの残骸ざんがいが多数ただよ破片デブリの海の航行だ。このままだと、目標の恒星間天体βベータに突っ込む前に、破片によるシャトル全壊はまぬがれない。


「アスク・レピオスが頭がいいのは、よくわかった……」


 ディム・トゥーラはつぶやいた。腹立たしいほど頭がいい。


宇宙塵防御デブリ・シールドシステムのエネルギー経路の修復と充填を優先」

『警告。シャトルの航行能力の低下』


 ちっ。

 ディム・トゥーラは舌打ちをした。これでは本末転倒ほんまつてんとうだ。シャトルの航行能力が維持できなければ、恒星間天体βを逃すだろう。

 何か余っているエネルギーはないか?


「シャトル内照明最低レベルに変更。空調最低レベルに変更」

『警告。シャトルの航行能力の低下』

「重力制御停止」

『警告。シャトルの航行能力の低下』


 重力制御が停止され、ディム・トゥーラの身体は、ふわりと浮き上がった。ウールヴェ達の身体も浮き上がる。

 他に――。他に――。

 

「……あった……」


 シャトルの標準装備であり、意外にもエネルギーを食うデカブツがあった。


「非常用脱出ポットの全エネルギーを宇宙塵防御デブリ・シールドシステムに回せ」

『警告。脱出ポットの再起動不可。緊急時の脱出不可』

「構わない」

『脱出ポットの全エネルギーを宇宙塵防御デブリ・シールドシステムに回します』


 複数常備されている非常用脱出ポットのフロー図が次々と暗転し、使用不可状態の表示となった。

 そのかわり、新たに与えられた多量のエネルギーは、宇宙塵防御デブリ・シールドシステムに集約され、その処理能力を完全状態にした。


 ディム・トゥーラはわらった。

 観測ステーションをぶつける発想をロニオス以外誰も思い浮かべなかったのと、同じだった。

 乗員が最後の命綱いのちづなである脱出ポットを放棄するとは思わないだろう。その命綱いのちづなをディム・トゥーラはぶっちぎって、シャトル存続に回したのだ。


 アスク・レピオスを出し抜いてやったぞ。




 どうして?

 なぜ?

 なんでこんなことになる?


 地上でカイルは呆然ぼうぜんと立ちつくしていた。


「おい?」

「カイル殿?」

「カイル様?」

「カイル?どうしたんです?」


 カイルの異変に皆が気づいた。

 アードゥルが呆然としているカイルの肩をつかみ、強く揺さぶった。


「……ディムが……ディムが……」

「お前の支援追跡者バックアップだな?シャトル担当の」


 アードゥルは激しく動揺しているカイルに遮蔽しゃへいをかけた。


「……ディム・トゥーラが怪我をした……」

「――どういう状況で?」

「わ、わからない」


 カイルは思い出そうとした。

 自分がどうやってあの悪意に満ちた想念をとらえたのか、わからなかった。そもそも地上ではないのに、なぜディム・トゥーラが標的になるのか?


「わからないっ!なぜ、ディムがあんな悪意にさらされるんだ?!誰がディムを殺そうとした?!」

「落ちつけ。彼の怪我の状態は?」

「……無事だと言って、今、しめだされた。接触コンタクトできない」


――でぃむ・とぅーら 無事


 唐突にウールヴェの声がした。


「トゥーラ?!」


――問題ない 心配するな 計画通り進めるから 予定通り 待機しろ 俺を信じろって 伝言


――僕 でぃむ・とぅーら 手伝う ライバルに 酒送る


 一方的に言葉を羅列られつされ、こちらも遮断された。


「なんときた?」

「……予定通り待機しろって」

「なるほど」

「なんで……こんなことに……」


 カイルはひたいをおさえ、後悔に呻いた。突然の異常事態に、混乱が収まらない。

 だが、ディム・トゥーラが怪我けがをしたのは間違いない。


「こんなっ!ディムの身が危険にさらされるなんて!こんな馬鹿なこと……!こんなはずじゃなかった!」

「落ち着け、カイル・リード。思念を放出するな」


 アードゥルの指摘に、カイルは唇を噛み締め耐えた。


「なんで……なんで……いったい誰が」


 アードゥルはカイルの言葉に、短く息をついた。


「単純な話だ。恒星間天体の落下が見たかったのだろう」

「なぜ?!」

「忘れているんだな。我々初代はその条件で、こちらにきた。中には恒星間天体の落下と言う自然災害を記録したい者がいても不思議ではない」

「そんな!地上のことはどうでもいいと?!」

「私もそうだった。エレンが死んだ時は」

「――」


 アードゥルの独白にカイルは黙った。


「エレンが殺され、地上の全ての存在を呪った。こんな絶望があるのか、と世界の無慈悲さをなじった。エルネストと共に、世界の終末がくるのをずっと待っていた。こんな世界など滅んでしまえと」


 アードゥルはしばし、天を見つめた。


「だが、私達はミオラスに出会ってしまった。ごみ溜めのような最低最悪の環境で、それでも生きることに足掻あがいている強い意志を持つ人間に。だから私達は、君に協力している。この世界を存続させるという負けに等しい賭けにのったんだ」


 アードゥルはカイルに問いかけた。


「カイル・リード、我々の選択肢は二つであり、至極しごく単純だ」

「……二つ?」

「この計画を実行するか、中止するかだ」

「……………………」


 それは文明が滅びるか、否かに直結している。


「僕は、ディム・トゥーラの身を犠牲にしてまで――」

「わかっている。皆まで言うな」


 どうするか――重い選択がカイルの両手に乗せられた。

 計画を中止し、安全をとり、文明の滅亡を誘うか。

 計画を継続し、支援追跡者バックアップの命を犠牲に、文明の存続を手に入れるか。


「僕は――僕は――」


――俺を信じろ


 ディム・トゥーラの伝言の意味を悟った。

 彼の声が直接聞こえたような錯覚すらした。





「俺を信じろ。当初の予定通り、恒星間天体の軌道は必ず変える。動揺せずに、次の段階に備えろ。動揺して精神を乱すな。次の段階はお前達次第なんだぞ」


「忘れるな。俺はお前の支援追跡者バックアップだ」 




 

 ディム・トゥーラの奮闘ふんとうを無駄にするわけにはいかない。彼は僕の意思を尊重して、行動してくれている。彼が危険を顧みず、軌道変更をしてくれるなら、僕は全力でそれに答えるべきだ。


「計画は――続行する」


 カイルは、押しつぶされそうな心理的な重圧に耐えた。

 思わず、心の中で念じた。


 世界の番人よ。僕は世界を存続させるために、ありとあらゆる努力をする。だから、僕の大切な人々に加護を与えてくれ。不当な悪意から守ってくれ。世界を守る理由を失わせないでくれ。僕が正気でいられるように。僕が――


 僕が世界を愛せるように――。

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