第8話 我の歴史を汝は生きる①

「カイル様っ!!」


 閉ざされた城門前で民を誘導していたはずのミナリオが中庭に現れ、カイルはギョッとした。

 城門が外部侵入防止で閉ざされているのに、なぜ中庭まで来られたのか?

 いや、時間から考えると、彼等はとっくの昔に移動装置ポータルでアドリーに避難しているはずだった。


「なんで、いるの?!!」

「なんでと言われましても、私はカイル様の専属護衛ですし」


 詰問を予想していたかのように、ミナリオはしれっと答えてとぼけた。


「アドリーに避難しているはずでしょ?!城門は閉めたよね?!」

「何をおっしゃっているんですか、カイル様。城門を閉めて籠城ろうじょうしたときの外部との連絡通路の一つや二つ、あるに決まっていますよ。ちゃんと、メレ・エトゥールからかぎをいただいています」


 カイルに向かってかぎつまみ上げてブラブラと示し、ミナリオは爽やかに笑った。主人が慌てふためく姿を見るのは、なかなか楽しい――ミナリオはそう思った。


 自分の思惑がはずれた影に共犯者がいたことに、カイルはセオディア・メレ・エトゥールをにらんだ。


「メレ・エトゥール!」

「胃を壊してまで、賢者達の専属護衛をつとめ上げた褒賞ほうしょうたずねたら、その鍵を求められたのでな」

「うっ……」


 エトゥール王も、これまたしれっと答えた。ぴりっと嫌味をかせるのも忘れない。

 ミナリオを胃潰瘍いかいようにした自覚があるカイルは完全に黙るしかなかった。


「で、でも、でも、そういうことは、事前に言ってよ?!」

「事前に言ったら反対するだろう?」

「反対しますねぇ」

「反対するに決まっています」

「反対するな」


 この場にいた全員が断定し、カイルの抗議を蹴り飛ばした。


「ちょっと?!」

「クトリ様、手伝えることは?」

「ちょうどよかった。この端末の数値を本番になったら読み上げてくれますか?高度の目安になりますので」

「お安い御用です」


 カイルを無視して、クトリとミナリオは準備を始めた。


 




 待機中のディム・トゥーラは、シャトルの操縦席に腰をおろして、ずっと思考の海を漂っていた。


 アスク・レピオスに対しては、ウールヴェで長距離追跡ができない――そう仮説をたてると、アスク・レピオスを優先させたことも理解できる。中央セントラルまで追跡できないなら、これが最後の接触の機会になるからだ。


 ウールヴェの長距離転移の必要条件はいったい何だろう。


 カイルのトゥーラなど、一度飛んできた後は、無節操むせっそうだった。航行中のシャトルだろうが、平気で転位してきた。だが、最初はカイルの精神領域を経由しないとダメだとも言った。

 そういえば、ロニオスも最初は、カイルの精神領域経由で登場していた。


 

――認知



 そんな単語がディム・トゥーラの脳裏のうりに浮かんだ。

 それはロニオスが説く理論だ。


 認知しなければ、存在しない。

 認知しなければ、気づかない。

 認知していない人間ものは、目標にできない。


 人間側の認知も必要だが、ウールヴェ側も認知が必要なのかもしれない。それが使役主が求める目標だとしたら、この仮説は成立する。

 もしくは、きずなか。

 使役主であるカイル・リードと、その支援追跡者バックアップである自分は、そういう分類に属して、ウールヴェが認知しやすい存在だった。

 そしていまや、自分にもウールヴェがいるので、さらなる目標点として存在している。


 既知の間柄とかではない。

 既知の間柄が条件ならば、観測ステーションにエド・ロウがいる時点で、ロニオスは接触が可能だったはずだ。


 ロニオスはこちらの支援より、アスク・レピオスとの対話を選んだ。


 なぜだ。なんのために。

 なぜ、それをこちらに伝えなかった?

 伝えなかった意図は?


――このシャトルに監視ツールでもあるのか?


 そこまで考えて、思わずディム・トゥーラは立ち上がった。迂闊うかつだった。


 ディムは気がついた。もし、アスク・レピオスが手段を選ばないタイプなら旧区画の爆破を止められなかった今、ターゲットになるのは、このシャトルだ。


 ディム・トゥーラは背筋がぞくりとした。

 簡単なことだった。軌道変更を目的としたシャトルの破壊もしくはシャトル操縦者の殺害だ。





 上空をよぎる火球群を見つめていたカイルの視野が不意に、色あせたモノクロの世界になり、時が間延びしているような錯覚さっかくが生じた。


 この感覚と違和感は前にもあった。


 時間は凍りつき、自分しか世界に存在していない――あの時は、ファーレンシアの初社交デビュタントでセオディア・メレ・エトゥールが襲撃しゅうげきされたのだ。


 目眩がするように世界が回る。


 カイルは思念を伸ばした。

 はるか彼方に、あの時と同じ赤黒い薄汚れた想念が存在していた。うずを巻き生まれ出た赤黒い想念は、宇宙空間を経て、カイルがよく知っている人物に向けられていた。


「ディム・トゥーラっ!!!!」


 カイルは警告の叫びを発した。





『ディム・トゥーラっ!!!』


 カイルの警告の叫びを、ディム・トゥーラは確かに聞いた。


 ディム・トゥーラが身構えるより早く、カイルの思念に反応した白い虎がディム・トゥーラをかばうように前におどり出た。


 その時、シャトルの壁に閃光せんこうが走った。


 生まれた爆風でディム・トゥーラの身体は吹き飛んだ。

 この衝撃で即死しなかったのは、自分のウールヴェがたてになり、凶器と化した破片をその身体で受け止めたからだ、と瞬時に悟った。


 さらに身体が壁に叩きつけられるところを何かが背後に存在し、クッションの代わりをして衝撃しょうげきを吸収したのだ。


 混乱の中、次に来たのは猛烈もうれつな負圧だった。

 爆発で生じた亀裂きれつから空気が凄まじい勢いで宇宙空間に流れ出ていた。

 艦内の幾つかの備品と爆発の金属片が宇宙空間に吐き出され、消えた。


 急激な酸欠は、意識の消失を招き、ディム・トゥーラは数秒ほど窒息ちっそく状態におちいった。体内チップが大量に消費された。


 シャトル内の異常を検知したAIがけたたましい警報を鳴らす。

 皮肉なことにシャトル内の酸素が減ったことが消火につながり、火災はあっさりと収まった。次に破壊された隔壁かくへきの自動修復が始まった。


 全身が痛い。

 だがなぜ、宇宙空間にこの身体が飛び出さなかったのだろうか?


 警報音は収まらない。酸素濃度の低下を感知したため、新たに空気が供給され始めている。ディム・トゥーラは激しく息をつき、咳き込んだ。


 全身の痛みは治らない。ディム・トゥーラは限界に近い痛みに呻いた。

 意識が朦朧もうろうとする中、カイルの思念が聞こえた。


『ディム!!ディム・トゥーラ!!』


 うるさい。本当にうるさい。

 だが、この声が失神することを許さなかった。


 ディム・トゥーラはなんとか目をあけ、白煙がただよう艦内の状況を把握はあくしようとした。

 白い虎は、目の前の床に横たわり瀕死ひんしに近い状態だった。ディム・トゥーラは全身の痛みは、ウールヴェとのきずなのためだと気づいた。

 もちろん、壁に叩きつけられていたら、脳挫傷のうざしょうでどうにもならなかっただろう。


「……お前か……」


 カイルのウールヴェであるトゥーラが、ディム・トゥーラの背中を支えていた。カイルと同じ金色の瞳が、力なくもたれかかるディム・トゥーラを見下ろしていた。


 まだ思考はまとまらなかった。


『ディム!!ディム!!』

「…………騒ぐな。……無事だ」

『ディム!本当に無事?!無事なんだね??』

「無事だと言っている……状況を確認するから、切るぞ」

『ちょっと、ディム?!』


 ディム・トゥーラはカイルの思念をシャットアウトをした。


――嘘つき


 ウールヴェのトゥーラは、短く突っ込みをいれた。


「……カイルには伝えるな……奴が不安定になる……無事を伝えろ……」


――僕 また中間管理職の悲哀?


「……なんだ、それは……」


 非常時だと言うのに、ディム・トゥーラは笑ってしまった。板挟いたばさみと言いたいのだろう、とは察した。


『ディム・トゥーラ?!何があった?!ディム・トゥーラ!!』

 シャトルの異常は、観測ステーションも察知したらしい。通信機からエド・ロウの声が聞こえる。

 そっちは無視することにした。


「トゥーラ、こいつの……治療を頼む」


――自分よりも?


「もちろんだ」


 ウールヴェは、ディム・トゥーラの背中側から身体をずらし、器用にディム・トゥーラの身体を壁にもたれかけさせた。

 横たわる仲間のウールヴェのそばに近寄ると、血だらけのウールヴェの身体の傷を舌で舐め始めた。


 どこか、野生動物の治療方法に似ている。

 傷を舐めることで、唾液に含まれる殺菌成分で傷を癒すのだ。

 ディム・トゥーラはぼんやりとその光景を眺めていた。


 やがて白い狼の全身がゆっくりと金色のオーラに包まれた。その金色の波は、横たわる虎に吸い込まれていく。


 と、同時にディム・トゥーラの全身の痛みが引き始めた。


 しばらくして瀕死だったウールヴェの呼吸が落ち着いてきた頃には、ディム・トゥーラの思考もはっきりとしてきた。


――でぃむ・とぅーらの治療は?


「……いらん」


 ディム・トゥーラは理解したのだ。簡易な監視ツールが存在している。

 それは生体反応バイタルだった。医療関係者が確認できるマーキングに等しい。 





 ジェニ・ロウはシャトルの内部爆発という不測の事態に、やや呆然としていたが、ロニオスの意図がようやく理解できた。管理者権限でディム・トゥーラに生体反応による生存を確認すると、ハッキングで


 管理室で医療担当者から悲鳴があがる。


「ディム・トゥーラの生体反応バイタルが消失っ!!」


 通信でディム・トゥーラに呼び掛けているエド・ロウが蒼白になるのを見たジェニ・ロウは、夫に心の中で謝った。ごめんなさい。

 敵をだますなら味方から――性格の悪いロニオスが好んで使う手法だった。

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