第7話 我は汝を支えん③

「僕は、世界の番人のせいで、天から落ちてきた存在だからね。とても困っている時に助けてくれたファーレンシアとセオディアには恩義がある。彼等のためにエトゥールを救いたいと思った。そういう意味では、これも僕が選択した基準のひとつだよ」

「……義理堅いですね……」

「そう?でも、僕は地上に対して平等ではないんだよ。例えば、ファーレンシアが不当に傷つけられたら、僕はその犯人を地の果てまで追いかけて復讐するだろう」


 思わぬ言葉にミナリオは、軽く口をあけ、カイルを見つめた。

 その反応にカイルは目を細めた。


「ミナリオ、僕をなんでも許す究極きゅうきょくのお人好しだと、思ってない?」

「え?!いや、そんなっ!そんなことは……」


 ミナリオの目が泳いだ。

 カイルはさらに目を細めて、ミナリオを金色の瞳でじっと見つめた。ミナリオは視線を逸らしながら、そっとカイルから習った遮蔽しゃへいを重ねた。


「…………遮蔽しゃへいが上手くなったね」

「…………こういう不意打ちの訓練のたまものだと思っています」

「で、なんでこういう質問をしたの?」

「正直、カストに手を貸すとは、思わなかったからです。主人の行動が先読みできず、理解できないとは、専属護衛失格にも等しい」


 どうせ心を読まれる可能性があるなら、正直にぶちまけてしまえ――ミナリオは開き直った。

 カイルは困ったような表情を浮かべた。


「ファーレンシアにも、言ったけど――」

「存じてます。『許すとか歩み寄る行為は、気持ちの落としどころを見つけることなので、許せないという気持ちは一つの結論だ』と。考え続けていましたが、よくわからなくなったので。カイル様にはカストはどのようにうつっているのですか?」

「さっきも言ったけどカストという隣国は、僕にとっては、エトゥールと同じ地上の民という枠組わくぐみになる」

「…………恩義があるエトゥールと同等なんですか?」

「同等ではないよ」


 カイルは再び苦笑した。


「物事を考える時間幅スケールが君達と違うだけだ。1年後、2年後、5年後、10年後、50年後…………君達はいつまで隣国と戦争を続けるのだろうかと。もちろん侵略に対する防衛は必要だ。同胞を迫害された恨みもあるだろう。それを許せとは綺麗きれいごとだ。そんな理想論を振りかざすつもりはない。だから許さなくていい、と言っている」

「ハーレイ様にも、そうおっしゃってましたね」

「結局、許しと言う行為は、自分が落とし所を見つけるしかないんだ。無理に許そうとしてもゆがみが残る。でも考えてみてほしい。何が元凶なのか。過去と現在と未来を同時に考えてみてほしい。カスト創設の理由が、初代の復讐による虐殺ぎゃくさつから逃れるためだったなら、僕の行為は単なる初代の尻拭しりぬぐいにすぎないんだよ」


 あっ、とミナリオは声をあげてしまった。確かにエトゥール創設時代のできごとなど、ミナリオの思考の範疇外はんちゅうがいだったのだ。


「だから、言ったでしょ?物事を考える時間幅スケールが違うと」


 カイルは言った。


「何が悪いというわけではなく、全てが複雑にからんでいる。初代エトゥール王になったメレ・アイフェスがここにこなければ、エトゥールは存在しなかった。エレン・アストライアーが死ななければ、イーレは存在しなかった。そもそも初代が来なかった時点で、加護を持つ姫巫女ファーレンシアも生まれていない――」

「ま、待ってください」


 混乱したミナリオは、カイルを制止してカイルの言った仮定を指折り反芻はんすうしながら、考えて、さらなる混乱に落ち入り、情けない表情でカイルを見た。


「あ〜〜、うん、そうなるような気はした。状況を追いかけるのは僕でも難しいから」


 カイルはミナリオの肩をぽんと叩いて、なぐさめた。

 外見上は年下の風貌ふうぼうの金髪の青年は、この時ばかりは長老に見えた。


「初代の問題は複雑だから置いておこうか。現代の問題の一つである隣国の侵略の原因がカスト王にあるなら、その方向を内から変えれるようにガルース将軍を援助したにすぎない。あのお爺様は、地位が高いけど、柔軟な思考の持主だった。それこそ、僕より義理堅い」

「――」

「だいたい将軍達に治療ちりょうをしたのはシルビアだし、許可したのはメレ・エトゥールだ」

「あ!」

「通常、使者が殺害されたら、報復と交渉決裂のあかしとして使者を処断する慣例があることは僕も理解している」


 カイルはあきらめの短い吐息をついた。


「それをシルビアは、古傷を治療するという真逆の措置そちをした。まあ、彼女の性格と信念なら、当然そういう選択するだろうとは、思う。問題は――セオディア・メレ・エトゥールが、そこまで先読みして、あえてシルビアに『煮るなり焼くなり好きにしていい』と、許可したことかな」

「え?!」


 ミナリオは驚きの声をあげた。

 あの場にいた誰もが驚いたメレ・アイフェスの治癒師ちゆしの選択は、実はエトゥール王に誘導されていたと、カイルは言っているのだ。


「え?いや、まさか……」

「シルビアに対する点数稼ぎやれた弱みも多少あったとしても、メレ・エトゥールは元からガルース将軍を引き込む気が満々だった。さすがアッシュやクレイを勧誘しただけの前歴はあるよ。僕はそれに巻き込まれただけだ」





「な、な、な、なんだって??」


 それまで黙って話をきいていたクレイは、エトゥール王の思惑よりも、別の意味でミナリオが語る内容にあわてふためいた。

 カストの大将軍の対応についての賢者の行動の話題が、自分に飛び火している。そんな心情とシンクロしているように、エトゥールの空に、また一つ大きな火球がよぎっていた。


「ま、まさか、カイル様は私の過去を――」

「当然、ご存じですよ」

「?!?!!!」


 滅多めったに見られない第一兵団の団長の動揺ぶりがひどかった。


「……俺の……俺の黒歴史が……バレている……なんてこった……んだ……」


 一人称がかわり、ぶつぶつとうつろな表情で呟く兵団長に、ミナリオは軽く右手をあげた。


「あ、兵団長がそんな風にこの件で動揺した場合の伝言を、カイル様から預かっていますが……」

「………………なんて?」

「『暗殺者アッシュを勧誘している時点で、メレ・エトゥールの選択は今更驚かないし、聞かされている。そもそもクレイ自身が「前職」でマリカに会っているから、マリカはとっくの昔にこのことを知っている』と」

「………………………………え?」


 密かに交際中のはずのエル・エトゥールの筆頭ひっとう侍女じじょの名前を出されて、泣く子も黙る強面こわもての第一兵団長クレイは完全に固まった。


「ちょっ、ちょっと、待ってくれ。そもそも俺――じゃなく私が、動揺するって、先見さきみじゃあるまいし――」

「『こうどうしんりがく』と言うそうですよ?」

「こうどう……?」

「なんでも行動を観察すると、手にとるようにその心理などを分析できるとか。団長が、そもそも筆頭侍女であるマリカになかなか結婚申込をしないのは、戦争で寡婦かふにしてしまう危惧きぐの点もあるが、現在街中に舎弟しゃていが多数いて治安維持に一役買っている「前職」をマリカに言い出せないからだろう、っておっしゃってましたよ?そうなのですか?」


 ミナリオの言葉に、クレイは蒼白そうはくになって、口をぱくぱくとさせ言葉を探したが、何も見つからなかった。


 そもそも「前職」とメレ・アイフェスは言葉を取り繕っているが、「お忍びででかけていた少年時代のセオディア・メレ・エトゥール相手の誘拐未遂ゆうかいみすいという大罪たいざいを犯した街のチンピラ」が正しい表現なのだ。


 全てが肯定されたことに、ミナリオは感心した。


「カイル様の洞察どうさつ通りなんですね。カイル様が言うには、団長はその昔、マリカを街で助けたそうですよ?心あたりはありませんか?だからマリカは貴方の素性すじょうを知っているそうです」

「…………助けた?」


 記憶にはない。

 施療院せりょういんのエル・エトゥールのお忍びが理由で交流が始まったと思っていたクレイには寝耳ねみみみずだった。聖堂で死にかけた自分を助けてくれたのは、メレ・アイフェスとマリカだと認識していた。

 あの時点でマリカは素性すじょうを知っていたことになる。


 ミナリオは少し笑った。絶望の大災厄の中に、未来の希望が生まれることはいいことだ。


「カストの問題も解決に向かうし、結婚申込の障害は全てなくなりますよね」

「…………なんてこった」


 クレイは一度、両手で顔をおおってから、立ち直ったように、顔をあげて正面をにらんだ。


「これは、何が何でも生き延びないと……」


 生き延びて、避難地にいるマリカと再会し、多くのことを話さなければならない。

 ミナリオもうなずいて同意した。

 すべては今日という日を生き延びて始まるのだ。


「ですね。ついでにお願いがあるのですが……」

「わかっている。ここはまかせてくれていい。私ももう少ししたら、避難地に移動する」

「ありがとうございます」


 ミナリオは短く礼を言って、行動が読みきれない主人がいるであろう中庭に向かうため、持ち場を離れた。

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