第6話 我は汝を支えん②
ライアーの塚の地下拠点では、避難民達のほとんどが
天井から聞こえていたエル・エトゥールの声は途切れ、王都の上空に出現した
王都に落ちないのが不思議なほどの数の光が、天空から飛来した。空中に映し出されているその光景のリアルさに皆が息をのみ、震え上がった。言われていた災厄の規模が想像と
いやエトゥール王は最初から言っていたものを、勝手に
「お母さん……怖い」
幼い子供は怯えて母親の身体にしがみつく。美しい光のカーテンが広がった後の、空が爆発する様子は
「大丈夫よ……精霊様が守ってくれるから……」
母親は子供を強く抱きしめ、半ば自分に言い聞かせるように言った。祈りの成句を口の中で繰り返す。
「なんということだ……」
「世界の終わりか……」
避難している民衆の大多数は、エトゥール王と精霊の姫巫女の予言通りに災厄が始まったことに呆然としていた。
老人達は終末に等しい光景に
「……このごにおよんで『精霊』か」
「それしか
エルネストの幾分
「私だって
「全くだ……」
エルネストもその点は同意した。
「だが、
「さあ、人の力でどうにもできないことに直面したら、人の力以外の奇跡に
「――本当に『精霊』とか『世界の番人』とは、なんだろうな?」
「ロニオスに聞いてみたら?」
「生き残った
エルネストは短く息をついた。
「エルネスト様……」
ミオラスはそっと隣に立つエルネストを
「ミオラス、まだだ」
その言葉をイーレが聞き
「何を
「何も?」
「……嘘くさい……」
エルネストはわざとらしく胸を押さえて
「こんなに協力しているのに、理解してもらえないとは……」
「そういうところが嘘くさいのよ」
「なるほど。今後の参考にさせてもらおう」
「エルネスト様……」
見かねたミオラスが元アドリー辺境伯を
「エルネスト様がイーレ様に殴られて気を失われたら、
「私が彼を殴りたいって、よくわかったわね?」
イーレはミオラスの
「アードゥル様もエルネスト様を殴りたいって、よくおっしゃってましたから」
「どういうところで?」
「もったいぶって、ネタを小出しにして
「あらやだ、初めてアードゥルと歩み寄れそうな気がしたわ」
イーレはわざとらしく目を丸くして、口に手をあてた。逆襲を食らい、エルネストは少し遠い目をして天井を振り
「始まった……」
第一兵団長のクレイは王都の上空を過ぎる光をしばし
「災厄が始まった!死にたくない者は急げ!エトゥール王の警告を無視した
はっとしたように、人々は駆け出して、待機しているクレイ達の元にやってくる。クレイは
「円陣に入れば、アドリーの避難地に移動できる。メレ・アイフェスの奇跡の
「……カイル様が嫌がりそうな
ミナリオがぼそりと言う。
「カイル様が奇跡を安売りするから、たまに
「まあ、確かにカイル様は究極のお人好しですが……」
「本当になぁ……カストの
敵対していたカスト軍と
エトゥール王の
――カストなど
その感情はミナリオにも理解できた。ミナリオも第一兵団所属だった親友を国境の
「一度、カイル様に質問したことがあるのですがね、カイル様の選択や行動の基準がわからない、と」
ミナリオは告白した。非常に興味深い話題でクレイの方が釣られた。
「それでカイル様は、なんて答えたんだ?」
「僕の選択や行動の基準?」
ミナリオの質問に当の本人がきょとんとした。
「ごめん。質問の意味がわからない」
「カイル様がメレ・アイフェスであるから、この世界と
「ああ、うん、僕の世界では人に危害を加えることは
「では、メレ・エトゥールが親族の貴族を断罪した件などは?」
「西の民の和議のために、必要だったことは理解しているし、非難するつもりはないよ」
「例えば、今後カイル様が犯罪に手を染めた貴族や平民を処断することは――」
「ああ、それは無理だね」
予想通りの返答が来たが、理由は少々方向性が違った。
「だって、僕は外部の人間だから、権限をもたないよ」
「……えっと……権限とは?」
「地上の法律は、地上の人間に適応されるものであり、地上人ではない僕らが行使する権限がないということだよ」
理解できずにミナリオは首を
「つまり権限がないから犯罪者に対して、処断するつもりはないということですか?」
「僕は
「けんさつ……」
「ああ、えっと、犯罪を捜査して罪の重さを裁定するような存在と言えばいいのかな?エトゥールで言うと、犯罪者を捕まえるのは、兵団とか近衛兵で治安を維持しているよね。それで逮捕者の処断を下すのは地方領主か王、もしくはその代理人だ」
「まあ、そうですね」
「その地方領主の役割をする専門家集団がいる。僕達の世界では、犯罪者にも
カイルの言葉は、ミナリオの理解を越えていた。
「は?なぜ犯罪者を
「
「……人権……犯罪者の?人殺しや盗賊に?意味がわかりません」
「まあ、そうだろうね」
カイルはミナリオの反応に
「でも、ミナリオ、ちょっと考えてみてよ。貧困格差や身分差があるこの世界で、貴族に利用されて尻尾切りのように簡単に殺されてしまう存在は、どのくらいいるだろうか」
「――」
「つまりアッシュみたいな職の人だよ。汚れ仕事を引き受けて、いざとなったら切り捨てられる。この世界は、犯罪者の人権以前に不平等が
「まあ……あります……」
ミナリオは渋々認めた。
「それをなくすための地固めの保護の法だと思ってくれていい。
「……なんとなく意味はわかります」
「僕は基本、地上の政治とか法とかに口を出すつもりはないよ。文明は長い歴史の中でいろいろな方向に変化していくものだ。僕達がかかわることは、その成長を止めてしまうことになるから」
ミナリオは思わず聞いた。
「……もしセオディア・メレ・エトゥールがカスト王のような暴君だったら……」
「手を貸さなかった」
意外なことにカイルは、はっきりと言った。
「それはディム――天上のメレ・アイフェスも同じことを言ってた。偽りなく、民衆に寄り添う道を選んだ賢王でなければ、手を貸すつもりはなかったと」
「そうなると……」
「海に災厄は落ち、巨大な津波に人々は飲み込まれていただろうね」
「――」
「すごく薄情に聞こえるだろう?でも、例えば
「……でも、カイル様は行動なさっている」
カイルは苦笑した。
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