第5話 我は汝を支えん①

 ディム・トゥーラは待機するシャトルの中で、観測ステーションの旧区間の爆破を確認して、ほっとした。とりあえず第一関門は突破したのだ。


 一度ゼロまで達したカウントダウンは、あらたな数字を示し、刻み始めている。2回目のカウントダウンだ。3時間後に分裂した恒星間天体βベータが飛来する。こちらがディム・トゥーラにとって、本命だった。


 旧観測ステーションの施設廃棄を目的とした爆薬は、先程さきほどの恒星間天体を巻き込んでの爆発で全て消費された。残りはディム・トゥーラのシャトルに積載された地上で精製された爆薬のみである。

 中央セントラルの目を誤魔化す苦肉の策だったが、今はそれだけが地上文明を存続させる武器だった。


 ある意味、ロニオスの『丸投げ』は、成功の保証であったのかもしれない――ディムはそんなことを思った。

 しかし、こちら側に一言もないのは、どういうことだ。こちらにも丸投げ宣言はあってしかるべきだろう。


「あの酔っ払い糞親父くそおやじめ……」


 ディム・トゥーラが担当する惑星への侵入角度を変える――それは簡単のようで簡単ではない。ジェニ・ロウが作成していた計算プログラムをシャトルに組み込むことでようやく目標軌道の確定が成立したぐらいの難易度だ。


 シャトルの速度と爆薬の総量、恒星間天体の速度と質量、その周辺の岩石デブリの影響、シャトルの衝突角度と爆破衝撃、それによる恒星間天体の軌道変位――それらが複雑に組合わされて目標点に落とさなければならない。


 前提と難易度が、観測ステーションの旧エリアの単純爆破とは、違うのだ。


――それを丸投げ?ロニオスが?


 何かがおかしい。


 アスク・レピオスと因縁いんねんがあっても、ロニオスがかなめの作戦を放り出すということがあり得るのだろうか?

 そもそもアスク・レピオスはなぜ惑星救済の妨害に走ったのか?


 中央セントラルの不干渉の原則からいえば、いくら特例が認められたプロジェクトとはいえ、前提の恒星間天体の惑星衝突を回避する行為が認められるものではない。

 それはディム・トゥーラは痛いほど理解していた。


 ジェニ・ロウの中央セントラルに対するコネがどれほどのものか不明だったが「実験で恒星間天体をぶっ飛ばしましたので文明は存続しました」が通じるとも思えない。


 そうなると当初の条件通り落下させようとするアスク・レピオスの行為の方が正当性が出てきてしまう。

 文明滅亡を前提とした文明接触の大前提をくつがえすことが許されないので、是正ぜせいを試みたという大義名分が彼に与えられる可能性すらある。


 おまけにアスク・レピオスが当時の医療担当者でありながら、ロニオスの伴侶に治療もせず見殺しにしたというのもおかしい。

 中央セントラルに所属していない原始文化の地上人とはいえ、ロニオス・ブラッドフォードが伴侶として選んだ女性は、彼の家族として保護の対象のはずだった。その権利をアスク・レピオスが踏みにじったことになる。


 地上文明の滅亡を望む者と救済を望む者――アスク・レピオスとロニオス・ブラッドフォードは対極にいる。


「……わけがわからない」


 何かを見落としている。





 ロニオスは時間があるときに、盤上遊戯ゲームをしてディム・トゥーラによくこう言った。


『目先の物事にとらわれるのは、よくない』

 

 彼の戦法は、最初は実力を隠し、油断した相手を容赦なく叩きのめすことだった。おかげで盤上遊戯に関するディム・トゥーラのプライドはズタズタにされ、消滅した。上には上がいる。ディム・トゥーラが思い知った事例の一つだった。


『物事は俯瞰ふかんしてみた方がいい。そうすると、見えてなかったものが見える。思い込みが一番怖い。他の意見を取り込む余地を拒絶するからだ。狂信者という者はそうして生まれる。まあ、研究都市の連中は、大半が狂信者とも言えるね。自分が生み出した理論や仮説に執着するんだ』

「暴言です。俺が研究都市の人間だって忘れてませんか?」

『君は中央セントラルから派遣されている未来の技術官僚テクノ・クラートだろ?将来的に研究都市を統率する立場になるなら事実は認めるべきだ』

「事実って――研究都市の研究馬鹿達は狂信者並みにやっかいだってことですか?」

 

 ウールヴェは笑ったようだった。

 まあ、わからないでもない。研究に夢中になると、連中は法規を軽視する傾向にある。

 そこにつけこんで、地上の現地文献を釣り餌に協力者をつのり、カイル・リード救出用の防衛型移動装置ポータルを即席開発したのは、他ならぬ自分自身だ。


「まあ。言いたいことは、わかりますが」


 違法の後ろめたさから、ディム・トゥーラはロニオスの言葉を渋々認めた。


『相手の性格や視点から物事を予想することをお勧めする。例えば、次の一手とかね』


 ロニオスはそう言って、話に気を取られているディム・トゥーラに容赦なくチェックメイトを告げた。新しい師匠は、もしや性格が最高に悪いのでは――ディム・トゥーラはそんな疑念を抱いた。




 相手の性格や視点から物事を予想する――ロニオスとの会話を思い出し、ディム・トゥーラは考えた。

 だが、アスク・レピオスの人となりは知らない――人を使って妨害できる立場と、その巧妙さと論文内容から頭は切れるタイプであることは間違いない。遺伝子分野の専門家。ロニオスと同じ初代で、この惑星に来ていた人物。医療関係者。彼が何に執着して惑星救済の妨害に走ったのかわからない。


 ロニオスが全てを放り出して彼を追いかけたのなら、放置できない何かが存在したのは、確かだ。


 規格外を発揮して、シャトルや観測ステーションに跳躍している癖に、なぜ恒星間天体よりアスク・レピオスの追跡を選んだのだろう?

 全てが決着する数時間が待てなかったのか?

 シャトルを恒星間天体にぶつけ、地上に共に移動し、カイルをフォローしたあとではなぜいけないのだ?


「――」


 ディム・トゥーラは記憶を辿った。


 初めてあったロニオスは、カイルとの精神世界での接触を経て、ウールヴェの姿でディム・トゥーラのシャトルまで移動してきた。

 そのあとはアードゥルの対話のために地上に移動したり、カイルの結婚の儀に立合ったりしている。


 ウールヴェの跳躍距離は無制限かと思っていたが、違うのだろうか?

 例えば、アスク・レピオスがシャトルで観測ステーションから離れてしまうと、追跡が不可能だったのだろうか?


 ふと、ディム・トゥーラの脳裏に一つの仮説がよぎった。


「もしや……アスク・レピオスに対しては、ウールヴェで長距離追跡ができないのか……?」






 その頃、地上では大小の隕石雨が生じていた。

 そのうちの一つが、東国イストレで難攻不落といわれている石造りの強固な大門に直撃し、半壊させた。その瓦礫がれきが広範囲に飛び、瓦屋根を割り、土塀をつぶした。

 カイルが絵に描いた光景の一つが再現されていた。





「始まったな」


 空を見上げていたガルースは、目の前の光景にやるせなくなり吐息をついた。

 メレ・アイフェスが予言した滅びの世界が広がっていく。

 流星より激しく明るい線が天空に描かれて、その軌跡には黒い雲が生じている。まるで世界の終末のようだった。


「流星って、昼までも見られるもんなんですね」


 副官のいつもの不遜ふそんな調子はなく、似たような吐息をつく。


「なぜ、吐息をつく」

「そういうガルース将軍こそ」

「……」

「……」

「自分の国の王より、敵国の王が好ましいという、いささか不本意な状況だからだ。カスト王が巻き込まれて自滅しようと自業自得だと思えるが、エトゥール王やメレ・アイフェス達の身が案じられる」

「……」

「彼等ともう一度ゆっくりと話して見たかった」

「……そうっすね」


 副官のいつもの静止はなかった。


「……珍しいこともあるもんだな。魔女だの、闇の使いだの言ってたお前が拒絶しないとは……」

「俺ももう一度会いたいからです」


 ディヴィは手綱たづなを握り直し、乗っていた馬首を反対方向に巡らせた。


「それを叶えるには、俺達がまず生き残る必要がありますよ。年寄りは忘れっぽくて、いけねぇや。あー、やだやだ。国境を越えて、メレ・アイフェスの忠告通りエトゥールからさっさと出ますよ。俺は、エトゥール王はともかく、カスト王と心中するのは、真っ平ごめんだ」

「ディヴィ」

「なんすか?」

「国境を越えたら、腹筋200回だ」


 ディヴィはさらに不敬なことに、聞こえなかったふりをして先導を始めた。

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