第4話 我は汝を守りたまわん②
「その仮説が真実なら、君はあちらのシャトルの救済に走るべきではないのか?」
『それは当然
「
『実は
「いや、
『いやいや、重要なことだよ?』
時が巻き戻ったような
「思い出した。昔から君はそういう性格だった」
『そうかね?』
「基本定義に立ち戻って講義してから、新説の議論に皆を巻き込んでいただろう。よく皆で寝不足になった」
『最後は、ジェニに論文の
「まあ、そうでもしなければ、解散しない連中だったから、その点のみジェニ・ロウを、支持してもいい」
『なんとつれない……そこは私に同情してくれてもいい
「で、
『
ロニオスの思念に笑いが走った。
『喜んでくれてもいいぞ?私はあちらのシャトルを救うことより、君との対話を選択したのだから』
管理室のスクリーンに映像が入った。
先行する恒星間天体だ。
「恒星間天体、観測地域に入りました」
「先行の恒星間天体
「速度誤差ゼロ」
「カウントダウンにズレは?」
「ありません」
ジェニ・ロウはスクリーンを見つめた。通常の小惑星より巨大な
「これで、半分の大きさ?冗談にもほどがあるわ」
「そうだねぇ。元の大きさで落ちていたら、打つ手なしだったよ」
「ああ、こんな悪趣味な
「私はそう思えないんだよねぇ」
「なんですって?」
「あの
「――」
ジェニ・ロウは思わず真横に立つエド・ロウを見つめた。彼は妻の視線に気づいて、
次の瞬間、エド・ロウは思いっきり足を踏まれた。
「ライアーの塚」地下拠点では、人々が呆然と天井を見上げていた。
どうして、外の景色が空中の一部分に切り取られたように、存在しているのだろう。そしてそれは王都の空であることは、そこにいる誰もが悟った。
「この定点カメラはどこ?」
イーレは
「エトゥール城の城壁上部につながる
エルネストはイーレの質問に答えると、後ろに控えるファーレンシア・エル・エトゥールに
ファーレンシアは
『エトゥールの民よ』
ファーレンシアの声が天井から響いた。
『ここに避難しているエトゥールの民よ。この光景をよく見て、記憶にとどめてください。今、私達の目の前にひろがる光景は、遠く離れたエトゥールの様子を、偉大なるメレ・アイフェスの
天井からファーレンシア・エル・エトゥールの声があたりに響く。それだけでも奇跡に等しい効果があった。
『兄であるセオディア・メレ・エトゥールと、私の夫であるカイル・メレ・アイフェス・アドリーは、今から起こる大災厄の被害を最小限に食い止めるべく、エトゥール城に残留しています』
場に衝撃が走った。誰もがエトゥール王とっくの昔に安全な場所に避難していると思っていたのだ。
「カメラ切り替え。中庭の人物達を」
エルネストの小声の命令にAIは正確に従った。
スクリーンに映るエトゥールのシンボルである精霊樹が、エトゥール城中庭の光景であることを証明していた。エトゥール王と数人のメレ・アイフェス達が東の空を見つめて待機している。
「カイル様……」
離れた場所にいる愛する人の姿を思いがけず見ることができて、ファーレンシアは泣きたくなった。
あの日、出会わなければ、彼をこんな風に巻き込むことは、なかったのだろうか――ファーレンシアはふと、思った。
だが、彼のいない人生など、もう考えられない。
新しい
『彼等は危険を
ファーレンシアの声はどうしても震えた。
精霊よ――世界の番人よ――どうか彼等を守りたまえ
『今の状況に不満もありましょう。不自由な生活で、疲れもありましょう。その状況を踏まえつつ、あえてお願いします。耐えてください。落ちついて対処してください。エトゥールの民は誇り高く、精霊に愛されている――そしてこの困難を乗り越えていける。メレ・エトゥールはそうおっしゃっていました。私も信じています。この困難を共に乗り越えることができることを――』
異国の言葉が――それはカイルの祖国の言葉だとファーレンシアは察したが――女性の声で流れ出した。感情のこもらない
『げんかいきょりとっぱ』
『かうんとだうんしーけんすかいし』
『しょうとつきどうきーぷ』
『でぶりたすうはっせいをけいこく』
『――』
意味がわからない言葉が多数、流れていき止まらない。
避難民も突然の状況の変化に唖然としている。
「エルネスト?!」
「大丈夫、順調です」
「順調?何をもって順調と言うんです?!」
ファーレンシアの抗議の言葉に、エルネストは空中の巨大スクリーンを黙って指差した。
スクリーンの片隅で数字が減り続けている。女性の声はその減る数字を異国の言葉で読み続けているようだった。減る数字を読み上げる声の速度は一定だったが、止まる気配は全くなかった。
「300」から始まった数値は減る一方だ。
「エルネスト、あれは?」
「エル・エトゥール、貴女の腕時計と同じはずです」
ファーレンシアは慌ててカイルにもらった王族が身につける装飾品を
「来るんですよ。500年以上前に予測されていた
精霊の
「10」
「9」
「8」
「7」
「6」
「5」
「4」
「3」
「2」
「1」
「0」
東の空が眩く光った。
雷光ではない証拠に、いつまでもまばゆい光は消えない。
何も起きないように見えた。
だが、空に紫や赤の揺らぎが生じ始めていた。
カイルは驚いた。着色された大気がゆっくりと生物のように
「……何、あれ?」
「
地面に広げた複数の端末の測定値を読み取り、空を見上げたクトリが答える。
「
「通常は惑星の極域に見られる大気の発光現象です。すごい、こんな緯度で見られるなんて……」
クトリは、やや興奮気味だった。
「プラズマ粒子と大気の衝突で起きるんです。普通は太陽風のプラズマと惑星の磁力線の影響で起きる現象なんですけどね。そりゃ、そうか。観測ステーションの破片は電荷を帯びてますからね。爆発で四散した観測ステーションの破片が先に大気圏に突入しているんです」
「――と、いうことは」
「今から、恒星間天体の破片の第一陣がきます。ほら」
昼間というのに天空を過ぎる光と赤い炎の筋が生まれていた。
火球である。
それが一つ、また一つ。流星雨と
ああ――。
カイルには、その光景の記憶があった。
逃げ惑う人々の姿はないものの、それはファーレンシアと初めて会った時に幻視した光景そのものだった。
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