第3話 我は汝を守りたまわん①
観測ステーションのメイン管理室は慌ただしい状態だった。
観測値を伝えるAI音声とそれを確認する担当者の復唱。その観測値によるプログラム自動補正による微調整が行われていた。
あらゆる情報が空中のスクリーン上に流れて行く。
指揮者としてその現場を監督しているのは
ジェニはイラっとした。
この場に姿を現すことはできなくても、本来なら影で総指揮をとるのはロニオスだったはずだ。それを全て押し付けられている。
「予定通り定期シャトル離艦します」
管制報告がはいる。
観測ステーションのシャトルの離着は珍しいことではない。定期便があるし、プライベートシャトルや補給艦は許可があればいつでも
ふと、ジェニは担当者に尋ねた。
「誰が乗船しているの?」
「許可申請はアスク・レピオスです」
ジェニ・ロウはアスク・レピオスが嫌いだった。吐き気を感じるほど嫌悪していると言っていい。
その彼がサイラス・リーの再生ポットの運搬を口実として、同行者としての任で観測ステーションに現れた時、ジェニは聖域を
彼のせいで幾人かの人生は、大幅に
「…………ルートは?」
「恒星間天体の爆破影響を避けての
「
「はい」
「……ジェニ」
エド・ロウもすべてを察したようだった。
「……貴方と私、考えていることは一緒かしら?」
「……多分、ね」
「今までの妨害工作はアスク・レピオスだった。そういう仮説?」
「だが、彼が観測ステーションに来たのは最近だ。君がアスク・レピオスを嫌っていたから彼の協力者としての登録は認めなかっただろう?」
「当たり前よ。でも、その参加に執着した彼が、本番を前に大人しく帰ることに違和感を覚えるわ」
「彼は、サイラス・リーの再生ポット運搬の同行者だった。時系列的に彼がそれ以前の妨害工作をできない状況だ」
「遠隔指示ぐらい出せるのではなくって?意外に彼の信奉者っているわよ?人格が
「それを洗い出すことは?」
「あとでなら、いくらでも」
「ロニオスが彼のシャトルにいる可能性は?」
「大いにあるわね」
「…………」
「…………」
二人の間に沈黙が流れた。
「エディ、念のため、聞くわ。今、何を考えた?」
「いや、ちょっと変な想像をしただけだ」
「参考のために聞きたいわ」
「いや、その――」
珍しく夫は妻の追及にたじろいでいた。
「聞かせてちょうだい」
「
「
「私がディム・トゥーラから受けていた報告の例の存在についてだ。カイル・リードは例の存在に協力する代わりに仲間の安全の保障を求めていた。まあ、例の地上の姫とやらも含めてだ」
「それで?」
「サイラス・リーの死亡事故は不自然じゃないだろうか?」
「……………………」
ジェニはその言葉に片眉をあげた。
「例の存在が未来を見ることができ、ロニオスがその存在と
「ああ、貴方のいいたいことはわかったわ」
ジェニは盛大な溜息をついて、天井を
「ロニオスは災害犠牲を予測していながら、手をださなかった――そういうことね」
「まあ……単なる想像の産物だが……」
「忘れてちょうだい」
「…………なんだって?」
「そんな事実が発覚しようものなら、イーレがあの馬鹿な狼姿のロニオスを半殺しの目にあわせるに決まっているでしょう?」
「あ~~」
「その前に私がロニオスを半殺しにするけど」
思わぬ妻の殺意に、エド・ロウは息をのんだ。
「ジェニ、イーレの性格形成に影響を与えたのは、君という説が
「悪い?」
「君、サイラス・リーをイーレに弟子入りさせるように仕向けたのは、彼が黒髪だったからじゃないよね?」
「……………………」
妻の無言の返答にエド・ロウの方が今度は大げさな溜息をついた。
「なんてこった……妻がロニオスの影響を受けて策略家になっている……」
「人聞きの悪いことを言わないでよっ!」
ジェニは夫に
「記憶にない
「…………悪い?それしか、当時のイーレを……エレンを安定させる方法が思いつかなかったからよ」
「安定しすぎて、ほとんど別人格になったわけだ」
「イーレはエレンじゃないわ。でも、私はそれでいいと思っている。問題はロニオスよ。彼は多分、サイラス・リーの再生ポット運搬の同行者として、アスク・レピオスが来ることまで計算していたかもしれないわ。アスク・レピオスもここにくる機会を逃すわけないわね」
「それもこれも君がレピオスを協力者の候補リストから外したからだろう」
「私は彼を許していない。この先も許すつもりはないの」
「恐ろしいな……。ロニオスは君の心理まで読んで、今回の計画をたてていた可能性があるわけか……。我々はみんな、彼の手のひらの上で踊っているわけだ。元
エドの言葉にジェニは
ああ、ロニオス。
貴方は全てを許したわけではなかったのね。
それを
でも――。
貴方の幸せはいったいどこにあるの?貴方は死んだ彼女が望んだ未来から一番遠い場所にいるのではないの?
容疑者候補の人間が観測ステーションを離艦した――その報を聞いた時、シャトルで待機中のディム・トゥーラは一瞬、頭に血が昇った。
「なんで
『推測の域を出ていない。本人が観測ステーションに来たのは、サイラス・リーを運んできた時だから、以前の細工は本人の手ではない。それとも接近する恒星間天体より個人の逮捕を優先させろと?』
「――っ!」
それを出されると、ディム・トゥーラは黙るしかなかった。
「なんだって、我々の妨害をしたんですか?」
『機会があったら本人に聞いてみてくれ』
「俺が殴り飛ばしていいなら」
『それで君の方が逮捕されると?今度は
エド・ロウの言葉に、ディムは再び黙った。
『君はシャトルの管理に集中した方がいい。こちらは予定通りで、問題はない』
「了解。…………その容疑者は誰だったんですか?」
『アスク・レピオス……我々と同じ500年前に探査でこの惑星にきていた』
ディム・トゥーラは眉をひそめた。
「医療分野の
ディム・トゥーラは、口を閉ざした。
「………………まさか、ロニオスと
『………………
ディム・トゥーラは思わず怒鳴った。
「この
『…………暴言きたぁ……』
エド・ロウは吐息をついたようだった。
『この惑星で、ロニオスの伴侶の治療を拒否して死に至らしめた。ついでに言うならロニオスの息子の制御訓練に
「――」
ディム・トゥーラの反応は、やや遅れたものになった。
「待ってください。ロニオスの息子って――。まさかカイルを研究都市で
『君の想像の通りだ』
――なぜ、見学しないのか?
ロニオス・ブラッドフォードの質問は意表をついたが、答えやすい問いでもあった。
アスク・レピオスは、姿を現さない声だけの相手に対し返答をした。
「私は別に宇宙物理学者ではない。恒星間天体が惑星に衝突しようと興味はない。……いや、そうだな。むしろ衝突後の衛生面の悪化や政治的動乱には、興味があるかな。
レピオスは小さな笑いを漏らした。
「実に面白いと思わないか?」
『アスク・レピオス、見学をしない理由はそれで納得するが、シャトルで観測ステーションを
「恒星間天体の接近に伴い、観測ステーションの安全性が――」
『それを考慮して、観測ステーション自体を星の裏側に移動させている現在、その理由も極めて
「――」
『私が当てて見せようか?我々の意図に気づき、旧エリアの爆破位置変更で恒星間天体をスルーさせようとしたが、君の協力者は失敗した。ようやく観測ステーションに乗り込めた君は、ターゲットをディム・トゥーラが操船するシャトルに変えた』
「…………何を言っているんだ?」
『航路変更は我々のチェックが厳しくてできなかっただろう。だから君は違うアプローチでシャトル破壊を
「――そういう仮説を立てたなら、なぜここにいるんだね?ロニオス」
レピオスは質問を投げた。
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