第23章 大災厄⑤

第1話 我がいのち、我が信は汝に属す①

「昔から君はそういうタイプだった」


 観測ステーションからのシャトル離脱は自動操縦に任せてアスク・レピオスは、相手に向かって言った。

 シャトルの飛行空域は恒星間天体の爆発に巻き込まれないようすでにプログラム済みだった。その離艦間際まぎわの最後の最後で、望んでいた巨大なお宝を掘り当て、アスク・レピオスの胸は興奮で高鳴っていた。

 なんと楽しい会話だろうか。


『そうかね?』


 姿のない思念波は否定してきた。なつかしい声でもあった。





 ロニオス――ロニオス・ブラッドフォード。彼は生きていた。

 観測ステーションのドッグで密やかな離艦準備をしている時に彼は話しかけてきた。相も変らぬ強大な思念波テレパシーをピンポイント的に送ってきたのだ。


『アスク・レピオス。随分急いでの中央セントラルへのご帰還のようだな』


 話しかけられてアスク・レピオスは仰天ぎょうてんした。

 一つは密やかな観測ステーションの離脱計画を悟られたこと。もう一つは、その思念波が忘れたくても忘れることのできない波動だったことだ。

 高慢こうまんともとれるが、逆に感情の読めないようなあい矛盾むじゅんする口調の主。


「ロニオス・ブラッドフォードっ!」

『おお、五百年ぶりというのに、名乗る前にさっしていただけるとは感激のきわみだ。久しぶりだな、アスク・レピオス』

「やはり生きていたのか!エルネスト・ルフテールとアードゥルが生存している報はうわさできいていたが……彼らが生存しているなら、君もそうだと思っていたっ!」

『なるほど、そう推論したわけか』

「どこだ?どこにいるのだ?!生体IDは反応していなかった!」

『ふむふむ、そういえば君は医療担当だったね。全員の生体IDを管理し、居場所まで把握はあくするのはお手の物だ』

「医療担当責任者だ」


 レピオスは厳格に訂正した。


だろう?』


 さらなる訂正を加えられて、アスク・レピオスは顔をしかめた。


 おとしめられることは不快だが、ロニオス・ブラッドフォードはそれが許される人間だ。もっとも本人はその発言が他者にどう受け取られるか無頓着むとんちゃくなところがあった。


「ブラッドフォード、私は君の部下の言いがかりでひどい目にあったのだぞ?」

『おや、それはいったい?』

「君の副官だ。彼女は私を閑職かんしょくに追いやった」

『ほう?』

「言いがかりもはなはだしいっ!私が医療従事者として不適格だとおとしめたのだぞっ?!責任者の職を剥奪はくだつされたのも彼女のせいだっ!」

『彼女の縁故コネクションを考えれば、それぐらいですんで御の字と思うべき事案だと思うが?やみほうむられても誰も気づかないということも十分にありうる』

「だから彼女の上司である君に訴えている」

『私は彼女の上司ではない』

「元上司だろう?中央セントラルのエリート職の彼女がこんな辺境に来ているのは、君のためではないかね?」

『………………』


 ロニオスは考え込んでいるようだった。


『なるほど。機会があれば、彼女に注意をしておこう。君はこの件について、もう気に病む必要はないことを保証しよう』

「ありがたい」

『ところで、なぜこんなに急いで中央セントラルに帰還を?もうすぐ素晴らしい天体ショーが見られる。恒星間天体が惑星と衝突する確率は1億年に1度程度だと言われている。これを見逃す手はないと思うぞ?恒星間天体がこのまま落ちれば、記録的な津波が起き、海底火山が誘爆し、地軸は揺らぐ。天変地異による氷河期の期間は10万年程度だ。君が望んでいるこの惑星の地上文明の滅亡だ。なぜ見学しない?』


 ブラッドフォードの思念がやや冷たさを帯びたのは気のせいだろうか?






「ジェニ、ロニオスは?」


 新エリアの中央管理室でエド・ロウは指揮をとっている妻にささやくように尋ねた。


「こちらに丸投げ宣言が先ほどきたわ」

「なんだって?」

「私達の方は問題ないわ。すでに旧区画は衛星軌道上の固定座標に移動している。妨害はなかった。問題はディム・トゥーラの方よ。彼は所定の位置についてる?」

「すでにシャトルで航行開始をしている」


 ジェニは考え込んだ。


「ディム・トゥーラに伝えて。ロニオスが何かをやらかすって」

「…………何かって何?」


 ジェニは親指をんだ。


「それがわかれば苦労しないわよっ!でも長年の経験から確信しているわ!ロニオスが何かやらかすから気を付けてって伝えてちょうだいっ」

「君の経験則とロニオスの古狐ふるぎつねぶりを考えると、お先真っ暗じゃないか……」

古狸ふるだぬきの貴方がそれを言う?」


 半眼でジェニ・ロウは夫に突っ込んだ。





「あの……よくわかりませんが……」


 ディム・トゥーラは正直に言った。上司であるエド・ロウの警告は支離滅裂しりめつれつだった。いつもの彼からは想像できない混乱ぶりがうかがえた。


『すまん。正直な話、私にも訳がわからないが、ジェニがそう言うんだ。ロニオスに関するつちかわれた経験則というか、野性の本能というか、散々な目にあった教訓というか――ジェニが言うから間違いない』


 いったいジェニ・ロウはロニオスの副官時代にどんな目にあったと言うのか――確認するのも恐ろしい、とディム・トゥーラは思った。


「なんとなく、言いたい状況の悲惨ひさんさは伝わりますが…………こう……もう少し具体的な参考になるヒントが欲しいところです」


 どうして単純に物事ものごとは進行しないんだ、とディム・トゥーラは呻いた。


「いったいロニオスが何をやらかすと言うのやら……」

『心当たりはないか?』

「ありませんね。えっと……状況を整理すると、ロニオスがいなくなっている――これであってますか?」

『まあ、とりあえずは』

「旧区画の爆破に関しては、問題がないから所長達に丸投げ――それは理解できます。ロニオスが不在で困るのは、俺と地上ですね」


 ディム・トゥーラは言及げんきゅうしたが、困っているような口調ではなかった。


『なんだって?』

「シャトルからの脱出で、俺は元々彼に瞬間移動テレポートしてもらう予定だったんですが?」

『そういえば、そうだったっ!――待ってくれ、脱出手段の有無うむの問題なのに、なぜ君はそんなに冷静なんだ?』

「あらゆる状況を想定しろって言うのが、ロニオスの教えです。その教えを受けた俺の想定の中に、『ロニオスがへべれけ状態で使い物にならない』場合が含まれていないとでも?」

『……………………』


 エド・ロウが大きな溜息をついた気配があった。


『彼はそこまで君の信頼を失っていたのか…………』

「いや、信頼していますよ?腹立たしいほど、正確な未来予測と、その容赦ない指導力。部下の能力を最大限に引き出す狡猾こうかつな手法。人をおとしめることに密やかな喜びを見出す性格の悪さ。文明滅亡より酒を選びかねない依存っぷり――」

『…………それは、信頼なのか?本当に、信頼に分類していい項目なのか?』

「そこらへんは奥方に見解を聞いてください」


 ディム・トゥーラはかたわらに待機する自分のウールヴェにこっそりたずねた。


「ロニオスの居場所はわかるか?」


 質問に白い虎は困ったような表情を浮かべた。そんな反応を示すところが、人語を理解して動物とは違うウールヴェの特徴だった。


「なるほど。わからないか、口止めされている、と判断する」


 ウールヴェは申し訳なさそうな表情でディム・トゥーラを見つめている。


「俺もロニオスが何かやらかす説を支持します。ウールヴェに口止めをしているから確定だ」

『ウールヴェに?』

「地上にもロニオスは当てにするな、と伝えます」

『君の脱出手段は?』

「地上の話がなかった当初の予定通り脱出ユニットを使います。こちらはシャトルを衝突の航行軌道に乗せれば、お役ごめんだ」

『初回の恒星間天体の爆発時に大量のデブリが発生する』

「デブリ対策は完璧ですよ」


――お前はちゃんと正しい道を選択する。それについては心配ない

――思わぬ出来事が起きても動揺して立ち止まるな。冷静でいろ。お前は要石かなめいし


 地上の占者せんじゃである老婆の言葉が蘇る。

 思わぬ出来事とは、このことだろうか?

 立ち止まるな。冷静でいろ――老婆の助言は有用だった。

 ならば、自分が選ぶべき正しい道とは?


「決まっている……」


 ディム・トゥーラは呟いた。恒星間天体の軌道をかえ、カイル達の世界を存続にさせることだ。





「ロニオスが行方不明?」


 カイルはディム・トゥーラの報告に唖然あぜんとした。この土壇場どたんばになって、期待していた戦力が半減したとの宣告に等しい。


『所在が確認できないだけだ』

「いや、それを行方不明って言わない?」

『予定通り恒星間天体の軌道きどうは、俺が変えることには、何ら変更はない。ロニオスがいない場合のプランで行くぞ』

「え?あのまさかのへべれけ想定プラン?」

「なんだ、そのプラン名は?」


 思念会話を聞いていたアードゥルが突っ込みを入れる。

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