第37話 閑話:拠点の思い出①
「エレン、顔色が悪い」
アードゥルは拠点に戻って再会した伴侶の
いったい何があったのだろう。
アードゥルの妻でもあるエレン・アストライアーは身体が丈夫というわけではない。むしろ標準的に言うと
彼女の顔色は、体内チップの調整があるにもかかわらず、すこぶる悪かった。
「どうした?地上の未知の風邪か?すぐに
「そうではないの。心配をかけてごめんなさい」
エレンはアードゥルの頬にキスをした。それは、アードゥルが帰宅したときの欠かすことがない儀式に近い。
エレンは赤い瞳でアードゥルを見つめ、暗に『ハグして』と求めてきて、アードゥルは愛する伴侶の望みをすぐにかなえた。エレンは
「――いったい?」
「ロニオスの子供の夜泣きが酷いの。ジェニもこんな感じよ」
夜泣き――聞き慣れない言葉にアードゥルは検索をかけた。
「防音室があるだろう?」
夜泣きの何が問題なのか?
地上人が出入りする地上部には、いろいろと細工が多数ある。多分エレンが言う「子供」とは、最近生まれたはずのロニオスと地上人の間にできた三番目の子供のことだと、アードゥルは理解した。だが、アードゥル自身は調査研究のため
その赤子の夜泣きと彼女の
エレンはアードゥルの無理解に失望したかのように首を振った。
「防音の問題じゃないの。今、ロニオスが不在で、こんなことになるとは思わなかったわ」
「どういう意味だ」
エレンは迷ったようだったが、アードゥルを案内することに決めたようだ。アードゥルは地下拠点ではなく、地上部に設けられた偽装地区に案内された。
地上にでたとたん、アードゥルの鋭い感覚は、大きな違和感を
「頭と耳が痛い」
「みんな、そうよ」
「なんだ、この
「ロニオスの子供よ」
「なんだって?」
部屋に入るとジェニ・ロウがやはり
「ジェニ」
「ああ、天の助けが来たわ。お願い、アードゥル。この子を
「なんだって?」
わけもわからず、求めに応じると不快感は消失し、同時に赤子は泣き止んだ。
アードゥルは驚いてジェニの手の中の赤子を見た。この赤ん坊が
金髪と金色の瞳を持つ赤ん坊は、今までの
「これが最近生まれたロニオスの子供なのか。彼にそっくりだ。ところでジェニ、いったい何が――」
「アードゥル、重要な命令をするわ」
「な、なんだろう?」
ジェニ・ロウの表情は
「まずは手を出して」
「うん?」
アードゥルは片手を出した。
「両手」
「言ってくれないと」
「今から
「うん?」
「はい」
アードゥルが理解するより前に、赤子はアードゥルに手渡された。
「?!!?!?!」
「そのまま抱いて、
「ジェニ?!」
「私達はクタクタなのよ。貴方の
「アードゥル、お願いよ」
エレンまで
「そっちのリクライニングソファーを使っていいわ。私達もこの部屋にいるから」
「1時間預かってどうするんだ?」
「1時間、この子が泣かないなら、それは奇跡よ。でもその1時間が私達には必要なの」
「1時間で何をするんだ?」
「古代時代から、赤子を育てる女性達が、皆、あこがれて
途中、
「それは、いったい……?」
「邪魔をされない
「は?」
アードゥルが追及する前に、ジェニは
振り返ると同様にエレンも別のソファーを
この部屋に、密かに睡眠用ガスが散布されたのか、とアードゥルが疑うレベルだった。
だが、そんなことより重大な問題がアードゥルの前に立ちふさがっていた。
「…………
アードゥルは
繊細なガラス細工のようなもの――ジェニは
そんな繊細なものを、なぜ
小さい。
軽い。
アードゥルは
ジェニは大きく間違っている。「繊細なガラス細工の
赤子は、じっとアードゥルを見つめて、何が楽しいのかキャッキャッと、はしゃぎ始めていた。
頼みの
リクエストの1時間ほど
「そうだ、エルネストがいるっ!」
乳児を抱いたまま、思念波で検索スクリーンを展開する。
エレンの
エルネストの現在位置を確認したアードゥルは失望のあまり
あろうことか、エルネストはロニオス・ブラッドフォードと共に、
――この役立たずめっっっっ!!!
アードゥルは心の中でエルネストを
アードゥルは赤子を抱きかかえたまま、よろよろとジェニ・ロウが指定したソファーに腰をおろすしかなかった。
なぜか元凶の本人はアードゥルの腕の中で上機嫌だった。
しばらく呆然としていたアードゥルは、部屋に古風な作りの木製の囲い台があることに気づいた。中に柔らかな毛布が敷き詰められている。アードゥルはそれが赤ん坊のための
そろそろと立ち上がり、静かに移動して、腕の中の乳児をその中に下ろそうとする。
だが、
本能的に放置されると悟ったのか、ブルブルと震えると涙目になり、盛大に不満を訴えようと構えた。
アードゥルは慌てて、腕の中に抱き戻して、
何度かチャレンジしてみたが、全て
職業病のように、ほとんど反応実験の追求になっていたが、アードゥル本人は気づいていなかった。
アードゥルは
まあ、ロニオスなら何らかの対処をすぐ行うに違いない。
この子供が「夜泣きが酷い」という状態に陥り、周囲に
それを訴える行為が、さらに周囲の人間を悩ます。悩んでいる不安に満ちた思念を拾い、訴える。
アードゥルは1時間という時間が簡単に過ぎていたことに気づかなかった。
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