第36話 閑話:前夜②

――僕は かいると ずっと一緒にいられるかな?


 子供のような純心な金色のひとみが不安にゆれ、じっとカイルを見つめてきた。その眼差まなざしが意味することを、誰よりもカイル自身がよく理解していた。


 ああ、これは孤独になることをおびえる自分と同じだ。


 カイルはウールヴェと主人の間にきずながあり、半身はんしんと言われることがなぜか、納得できた気がした。

 ウールヴェは主人の心の葛藤かっとう深層心理しんそうしんりを受け止めて、同じ気持ちを分かち合っている。彼等はそうやって主人と寄り添う道を選んでいるが、大半の使役者しえきしゃはその事実に気付かなかったに違いない。


 カイルは長椅子に座ったまま、目の前にいるウールヴェの頭に手を伸ばして優しくでた。


「ロニオスが初代のウールヴェの姿で存在しているということは、ウールヴェは長生きってことだろう?」


――うん


「僕達の寿命は長いから、ちょうどいいね。ずっと一緒にいよう」


 カイルの言葉に感激したのか、トゥーラは撫でるカイルの手のひらに、ぐりぐりと頭をこすりつけてきた。まるでそれで親愛を表現する愛玩動物ペットのような仕草だった。


――ずっと一緒?


「ああ、一緒だ」


――かいるが そう望んでくれるなら


「望むよ」


――よかった


 なぜだか、ウールヴェはほっとしたようだった。他愛もない会話のはずが、カイルには、このやり取りに重要なことが含まれているような気がした。

 「望む」「一緒」――どちらがウールヴェにとって、重要なキーワードなのだろうか?

もしかしたら両方かもしれない。


「お前も、僕の望みが叶うように手伝ってくれるかい?」


――もちろん


――姫が幸せであること


――まかせて


――僕は 姫の幸せを 守るよ


 自信たっぷりにトゥーラは宣言をした。


 明日――すでに真夜中をすぎているので今日、大災厄は起こり、文明の存続の方向が決まる。


「大災厄を無事乗り越えたら、お前は何がしたい?」


――あいりのお菓子を いっぱい食べたい


「……いつもしていることじゃないか」


――変わらない平穏な日常が 大事


「……名言だ」


 カイルは思わず感心してしまった。

 平穏な日常が貴重なことは誰もが知っていながら、誰もが忘れがちになる。非常に象徴しょうちょう的な言葉だった。


――あいりのお菓子は 平穏さの象徴しょうちょう


「それを言ったのは、シルビアだね?」


――当たり


――毎日、平和にお茶ができて、アイリのお菓子が食べられるような環境が理想だって


「シルビアらしい表現だ」


――かいるは 大災厄を乗り越えたら 何がしたいの?


 カイルはもう一度考えてみた。自分は何がしたいだろう。


「僕は、肖像画家には、むいてないじゃない?」


――貴族のハゲ頭を そのまま描くもんね


 トゥーラは細かいことを覚えており、カイルは苦笑した。


「僕は想像して描くこともできないから、物語の挿絵さしえ画家もダメだ。だから、地上の博物誌の編纂へんさんで、実物を見て挿絵さしえを描くとかが天職だと思わない?ファーレンシアが昔、提案してくれた。説明文章はエルネストが担当に乗り気だった。どう思う?」


――「はくぶつし」って?


「自然界の事象を観察して、系統別の項目に分けて説明した本だ。いろいろな知識について細かく書かれている。知識がない人が学べる教科書みたいなものだよ。僕はこの世界に役に立つ書を書き残したい」


――ウールヴェの 項目もある?


「作ろう」


――僕をモデルに 挿絵さしえを描く?


「いいね。でも、ウールヴェだけでは項目が足りない。博物誌を作るためには、いろいろな場所に調査しにいかないと」


――僕 大活躍できるよ


「そういえば、そうだった」


 ウールヴェの空間跳躍は確かな目標があれば、移動が自由自在なのだ。大陸全土を調査研究するには、最適な移動手段だった。


「いろんなところにいこう。一緒に」


――うん、一緒に


「この世界を見て歩こう」


――うん、見て歩こう


 ウールヴェのトゥーラは、主人であるカイルと約束を交わした。

 一人と一匹は、エトゥールでの最後になるはずの夜を共に過ごした。

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