第35話 閑話:前夜①

 惑星に飛来するほんの数ミリから数センチの小さなちりが、大気圏中の分子と衝突してプラズマ現象を起こしガスが発光する――夜空に輝く流星の原理げんりだ。

 通常でも何万個と落ちている流星の発光高度はおよそ地上100キロ~200キロであり、火球になるような大きめの物質の飛来被害さえなければ、それは美しい天体ショーに近かった。


 カイルはファーレンシアとの一時的な別れのさびしさをまぎらわすために、夜すでに無人に近いエトゥール城の中庭の芝生しばふに寝ころび、それが流れ続ける夜空をずっと見ていた。 


 また一つ、夜空を流れ星が駆け抜ける。


 ここ数週間で異様に多くなっているこの流星現象は、大災厄の前兆でもある。恒星間天体が持つわずかな重力が、軌道上の多数のちりを従えて接近しているのだ。

 今までの隕石の落下と同じ、前触れのような流星群が現れる。


 大災厄という存在を通達しなければ、人はこの現象を無邪気に鑑賞したのだろうか?

 それとも吉凶きっきょううらないとして使われ、未来におびえたのだろうか?


――かいる


 ウールヴェのトゥーラが軽やかに空間を跳躍ちょうやくしてきた。

 ウールヴェは芝生しばふに寝ころんでいるカイルの隣をすぐに陣取ってくつろぎ始めた。


――寝ないの?


「残念ながら、本番が近づいてきて眠れるような神経の図太ずぶとさは、ないみたいだよ」


――たまに 図太ずぶといのに


「なんか言ったか?」


――なーんにも


 人間くさく、とぼけるウールヴェにカイルは笑った。


「ファーレンシアは?彼女のそばにいろ、と言っただろう?」


――姫は いーれ達と 一緒にいるよ 姫が かいるのそばにいろって 言うんだ


 トゥーラは憂いたように鼻をならした。


――僕 板挟いたばさ


――こういうのを「ちゅうかんかんりしょくの悲哀」って言うんだって


――僕 学んだ


 ウールヴェの言葉に、ぶっ、とカイルは吹き出した。そんなことをウールヴェに教え込む犯人は一人しかいない。

 「中間管理職」なんて概念は、この世界にはない。


「イーレだね?」


――うん


 ウールヴェはあっさり認めた。


「で?板挟いたばさみで、こっちに来た理由は?」


――姫は まわりに人がいっぱいいて 安全だけど かいるは 一人だから


「アードゥルがいる」


――あーどぅるは 歌姫が 一番でしょ


――かいるを 一番と思っているのは 姫と でぃむ・とぅーらと 僕


――だから 僕きたよ


「――」


 思わぬ言葉だった。


――僕 よくできる代表


 カイルは思わず笑ってしまった。

 世界の番人の領域にとらわれていた時の、トゥーラとの初会話を思い出す。

 「ヨクデキル代表」と主張したのはトゥーラで――カイルはその正体に気づくのに時間がかかったが――そこからの知能の成長は著しかった。

 影響を与えるというカイルの特性が、こんな風にウールヴェを成長させるなら、それはそれでいいんじゃないかと、肯定的に思わせる結果の一つだった。


 ウールヴェのトゥーラとカイルの間には、きずながあり、まるで感情を共有しているかのような理解者であった。きずながある半身はんしん――そうファーレンシアは表現していた。確かにそうかもしれない。


 不思議な生き物だ。


 この惑星に降り立ち、ウールヴェという不可思議な生物を知らずにいたら、今頃右往左往うおうさおうしていたに違いない。大災厄まで様々な出来事があったが、ウールヴェ達の助力は大きかった。


「そうだね。本当によく、できる子だ」


――本当?!


 カイルの肯定の言葉にトゥーラの尻尾しっぽが喜びに垂直に立ち上がって、尻尾旋風機しっぽせんぷうきが始まった。

 狼に似たウールヴェは「満面の笑み」というのがふさわしいような、上機嫌だった。


――僕 でぃむ・とぅーらより 上?


 まだライバル視をしているのか――カイルは声をあげて笑った。


「それは無理だね。ディム・トゥーラを越えるには修行が100年かかるらしいよ?昔、本人が言ってたからさ」


――越える 絶対越える でぃむ・とぅーら ライバル 永遠のライバル


 鼻息荒く、トゥーラは宣言をした。

 再び笑うカイルの視界に流星が目に入る。


「――」


 トゥーラがもたらしてくれたなごやかな気持ちが霧散むさんしてしまった。


――かいる


「うん?」


――眠れないなら 聖堂に行くといいよ


「………………」


 カイルはその提案を検討してみた。悪くないかもしれない。少なくとも美しい流星を見るたびに沸き起こる陰鬱いんうつな気分は回避できそうだった。


「そうだね、聖堂の方がいいかな?」


 カイルは芝生から起き上がり、聖堂に向かって歩き出した。その横にトゥーラが並ぶ。


――あのねぇ かいる


「うん?」


――かいるの 願いごとは何かなあ?


「願いごとって?」


 ウールヴェの質問の意図いとがわからず、カイルは聞き返した。


――かなえたいこと


「大災厄を止めることだよ」


 今重要なことのはずの大災厄ネタであるカイルの回答に、ウールヴェが不満気ふまんげ尻尾しっぽで地面をたたいた。なぜ不満を表明されるのか、カイルには理解できなかった。


――そうじゃなくて 大災厄をとめる以外に かいる個人の望むことをきいているの


「大災厄を止める以外……」


 僕自身が望むこと――ふって沸いたお題目に、答えようとしてカイルは詰まった。思わず立ち止まって考え込む。

 まったく動かないカイルをウールヴェは辛抱しんぼう強く待っていたが、時間がかかりすぎるために、しびれをきらし主人をうかがい見た。


――かいる?


 カイルはまだ考え込んでいた。


――かいる?


「…………待って、急に言われても」


 う~んう~んと、うなりながら腕を組み考え込むカイルにウールヴェの方は怪訝けげんそうな表情を浮かべる。


――…………そんな 迷うような質問かなあ?


 ウールヴェの方が主人の熟考じゅっこうに困惑した。


「大災厄のことばかり考えていた僕に、思考の切り替えを要求するのは難易度が高い」


 カイルは言い訳を述べた。


――…………不器用ぶきよう……?


「うるさいよ」


――大災厄以外で どんな未来を望むか って質問だよ?


「それなら即答できる」


――何?


「ファーレンシアが幸せな未来を望むよ」


――………………惚気のろけ


 ウールヴェは人間臭にんげんくさく突っ込んできた。


「なんで惚気のろけなんだよ?!伴侶の幸せを望むのは当然じゃないかっ!」


 カイルは照れ隠しのように再び聖堂に向かって歩き出した。慌ててトゥーラは後を追った。


――かいるが考える 姫の幸せの定義って 何?


「……定義ときたか……ファーレンシアが幸せそうに微笑んでいることができる状況を維持できることかな?」


――いつも 姫を泣かせているのは かいるだよ


 ぐさりっ!

 ウールヴェの言葉は、カイルを無惨にも脳天のうてんから串刺くしざしにした。


「……そうなると、僕がいない方がファーレンシアは幸せってことになるよ……」


――そんなこと言ったら 姫になぐられるよ


「さすがの僕でも、それはわかるよ」


――かいるがいるから 姫は幸せだよ


「そうだといいなぁ」


 カイルは照れたように微笑んだ。

 カイルはファーレンシアから愛されていることに疑いをもっていなかった。彼女の暖かい確かな愛情は孤独に過ごしてきたカイルをいやしていた。初めて得た居場所がファーレンシアという存在であり、伴侶であり、憧れ続けた家族という未知の枠組わくぐみなのだ。


「直近では、ファーレンシアが無事に出産できることかな。元気な子供を無事に産んでほしい。地上の出産は本来なら危険を伴うからね。シルビアとマリカがいてくれて、本当によかった」


――かいるの望むことは 姫が幸せであることで 姫の幸せは かいると一緒にいることだね


「細かいことを言うなら、姫やディム・トゥーラやイーレ達も含めて僕の周りの人々が幸せに暮らせるといいなぁ。自分の家族だけ幸福で、周囲が不幸だとそれも辛いものだよ」


――幸せは 人それぞれだよ?


「難しいことを理解しているんだな」


 ウールヴェの意見にカイルは同意した。


「お前の幸せは、何?」


――僕?


 カイルは逆襲の質問でウールヴェを困惑させることに成功し、満足した。


――僕達に 幸せの概念があるのかな?


 トゥーラは首を傾げた。その発言は中々興味深いことだった。


――僕達は 主人を持てば その人とのきずなが生まれて それが全てだよ


――かいるが 悲しいと 僕も 悲しい


――かいるが 姫といると ほんわかしているのも知っている


――でぃむ・とぅーらといると 安心しているのも知っている


――最近 世界の番人を 信頼していることも知っている


 最後の指摘にカイルは顔をしかめた。それを認めることはしゃくだった。


――頑固がんこ


 その反応にすかさずトゥーラから突っ込みが飛んだ。


「うるさいよ」


――僕はね かいるとずっと一緒にいたいんだ


「前にも言ってたね。きずながあるから?」


――うん


 カイル達は聖堂に辿り着き、重い扉をあけた。

 薄暗い灯りの中に浮かびあがる石床を歩き、最前列の長椅子までたどり着く。

 カイルはゆっくりとそこに腰をおろした。

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