第30話 カウントダウン⑨

 カイルに怒り狂うアードゥルを見て、ガルースはさっしたようだった。老将軍は巨馬から降り立った。


「なるほど。君はカスト救済に反対するメレ・アイフェスだな?」

「なんだと?」

「以前、虎姿のメレ・アイフェスが言っていた。カストに関わることは、賢者メレ・アイフェスの中では意見が真っ二つに別れている、と――」

「その通りだ」


 アードゥルは将軍の言を認めた。


「毎度、この馬鹿のお人好しぶりに呆れている。カストに手を貸して、エトゥールの民のうらみを買っているのだからな。おまけに、カスト王との対立を装って、星の落下情報を得るためだけに利用されている可能性を無視している」


 カイルは驚いたようにアードゥルを見た。その反応にアードゥルの方が眉をひそめた。


「それすらも、考えてもいない馬鹿だったとは、予想外だ」

「いや、でも――」

「……確かに、父ならやりかねませんね」


 副官の娘ダナティエがその点を否定どころか肯定した。


「ダナティエ?!」

「うむ、ディヴィならやりかねん」

「将軍?!」


 二人の意見に、カイルの方が焦った。


「父はそういう情報を得るために策略をたてるのが大好きですから。ただ前提条件が間違っています。残念なことにそれが成立するためのかなめのモノが欠けています」


 ダナティエはあごに人差し指をあてつつ、おのれの父親を分析した。


かなめのモノ?」

「父には、カスト王に対する忠誠心が皆無かいむです」


 ダナティエはきっぱりと言い切った。


「…………あ」

「そうなのか?」


 副官であるディヴィと面識のないアードゥルは、カイルに確認する。


「ガルース将軍の処遇に怒り狂っていたから……多分そうだと思う」

「カスト王と対立している構図が嘘偽うそいつわりないと?」

「僕はそう思っている」

「それから、父は義理堅いタイプなので、妻子さいしを救うことに助力してくださったカイル様を裏切ることはないと思いますよ?――ガルース将軍の敵にならなければですが……」


 最後の一文は、ぼそりと付け加えられた。娘までが副官の大将軍至上主義を認めていた。


「そうだな。あと、我々がエトゥールの敵にならないことは、ウールヴェが保証してくれるだろう」

「なぜ、ウールヴェ?」

「世界のことわりに背く時は、主人から逃げ出すのだろう?この不可思議な生き物は……」

「――」

「――」

「精霊の使いと言われているウールヴェが、精霊に信仰心のないカストの民と、信仰心の厚いエトゥールの民――どちらの味方をするか明白ではないだろうか?」


 将軍の言葉に一理いちりある、とカイルは思った。

 幼体が逃げ出さずに使役主の望む姿に変貌していることが、彼らがきずなを得て、認められたことの証であると言えるかもしれない。


「カスト進軍についての密告については、下心したごころがあったことを認めよう。カスト王が大災厄に巻き込まれて倒れたあとに、我々はエトゥール王とは対立したくはないのだ」

「その頃には、王都は消失している」

「消失しているのは王都であって、国ではないだろう」

「………………」

「私は未来の話をしている」


 ああ、ここにも前代未聞ぜんだいみもんの災厄を物ともせず、セオディア・メレ・エトゥールのように新しい未来を構築しようと突き進む指導者がいる。

 カイルは密かに感動していた。

 アードゥルはちらりとカイルを見て、これ見よがしに溜息をついた。


「背景は理解をした。どうやって、この馬鹿を魅了して、口説き落としたかも」


 アードゥルは感情のこもらない声で応じた。


「この馬鹿と、大災厄が終わるまではカストの問題を棚上げする約束をしたから私もその約束だけは守る」

「アードゥルっ!」

「喜ぶな、馬鹿っ!本当に腹芸のできないヤツだなっ!」


 叱責しっせきされるカイルの姿に、ガルースは笑いをもらした。


「その腹芸ができないところに、我々は賭けたのだ。このメレ・アイフェスは信頼できると」

「――」


 アードゥルはガルース将軍を見た。


「今までの対立の歴史を考えれば、お互いが信頼を得るのは難しいということは重々承知している。だが、西の地がエトゥールと和議を結べたことのように、我々も遠い未来にはエトゥールと手を取り合うことも可能ではないかと考えた」

「……簡単な話ではないだろう」

「うむ」


 ガルースは認めた。


「私が生きている間には無理かもしれない。だが、ダナティエの子供が大人になっている頃にはどうだろう?時代が変われば、人も変わる。未来が定められたものではないなら、カストとエトゥールの関係修復の道は必ずある。私はそれに賭けたい」

「あ、将軍閣下、私は父に「行き遅れになる」という烙印らくいんを押されているので、私が子供を産むのは無理だと思います」

「なんだと?!女性になんたる暴言を――っ!あとでディヴィに腹筋200回を命じておこう!!」


 まるで孫娘に甘い実の祖父のようないきどおりだった。

 娘と将軍の戯れは、カイルとアードゥルに思考の時間を与えた。


 カイル達にとって、ガルース将軍の語る数十年先の理想話は遠い未来ではない。それまでに両国の民は、遺恨いこんを解消できるだろうか?

 国民に価値を見いださないカスト王や、ゆがんだ宗教で人民を支配しようとする司祭がいなければ、関係性は正常になる可能性は確かにあった。

 皮肉にも、文明滅亡をもたらす恒星間天体が、地上の未熟な政治状況の改善に影響を与えた。

 カイルはその事実に吐息をついた。


「貴方は暗に、この僕に見届け役をやれと言っている……」


 将軍はカイルの言葉を否定せずににやりと笑う。


「君は導師メレ・アイフェスなのだろう?人々に希望与え、未来に導く者――エトゥールではそう伝えられているはずだ。しかも不老長寿とくれば、見届け人としては最適ではないかね?」


 将軍の言葉にカイルはアードゥルを見た。


「これ、初代の行動の産物だから、貴方も一緒に責任とってよ」

「………………時効じこうだ」

時効じこうを主張するぐらいには、責任を感じているということだよね?」


 アードゥルはカイルの言葉を黙殺もくさつした。

 そもそもカストの祖は、アードゥルの復讐の手から逃れるために西の地を離れ、救済が皆無かいむだった精霊信仰を捨て、否定する道を選んだのだから、カスト誕生に初代アードゥルとエルネストは大いにかかわっている。

 カストとエトゥールの遺恨いこんを解消するには、アードゥル達が罪のない今のカストの民を許せるかにかかっているのだ。


「………………考えておく」


 進歩だ。

 憎悪しか存在しなかった過去のアードゥルの行動から考えると、これは各段の進歩だった。

 カイルは思わず喜びに顔を輝かせたが、すかさずアードゥルに頭を強くはたかれた。


「交渉の場で、顔に表情を出すなと言ってるっ!」

「え?いや、なんか無理……」


 カイルは顔がニマニマと緩むのを抑えることができなかった。アードゥルが協力者として歩み寄ってくれることが単純に嬉しかったのだ。

 ガルースとダナティエは、考えが読めない初代と感情表現が豊かなカイルの差異に笑いを漏らした。


導師メレ・アイフェスよ。以前、信仰はあるべきで、それに付随する宗教はいらないと常々思っていると言ったな」

「……言ったよ」


 ガルース将軍が特使としてエトゥールを訪問した謁見えっけんの場で言ったことをカイルは覚えていた。


「政治利用される、もしくは、利益収集を目的とした宗教は不要――確かにその通りだ。信仰は民のもので、宗教は民によりそうもので、純朴な信仰が本来のあるべき姿。実にその言葉は、心に響いた。私はそんな理想世界を目指したい」

「今の時代、それは難しいのでは……?」

「これはダナティエの孫の代までかかるだろうな」

「将軍閣下、私のライフサイクルを時間軸の指標にしないでください」


 ダナティエがやんわりと抗議する。


「達成が無理、との同義語扱いになりますよ?」

「いや、案外早くて、私のクビを締めかねないと思っているぞ?」


 将軍は豪快に笑い飛ばし、カイルも思わず笑ってしまった。






 カイルはガルースとダナティエに、傷薬と傷口用の保護パッドの説明をした。

 傷薬は経口補給と傷口への直接塗布が可能のタイプで、目安として重体者に経口補給、軽傷者には傷口に直接かけるか、ひたした布を当てるよう指導した。傷口を洗って清潔にすれば、傷口用パッドで代用できること、この万能薬は流通させる気はないから、大事に使うよう言い添えた。


 空になった傷薬の容器は、土に埋めれば消失すると説明した。

 ダナティエとガルースは軽い容器をいろいろな角度から眺めて、検証した。


「使用したあと、水とかの保管容器に使ってもいいですか?」

「薬自体は開封しなければ長期保存が可能だけど、開封後の容器はそうはいかない。雑菌が繁殖はんしょくするからね」

「樽や皮袋と比べると?」

「……まあ、こちらの方が清潔せいけつかな?でも、問題はあるよ?」

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