第29話 カウントダウン⑧

 カイルはウールヴェのトゥーラを呼び出した。

トゥーラは最近、身重のファーレンシアの専属護衛のごとく、アドリーにいる彼女のそばから離れなかった。多忙であるカイルの代理として、見守っているような気配すらあった。

 純白の狼は軽やかに跳躍ちょうやくしてきた。


――なあに?


「傷薬の運搬を手伝ってほしいんだ」


――がるーす将軍の ところにいくの?


 トゥーラは会話を聞いていたかのように、察しがよかった。いや、もしかして世界の番人が伝えているのかもしれない。


 カイルはトゥーラの質問に考え込んだ。

 将軍が作戦中だとしたら、その目の前に出現するのは、まずいかもしれない。


 カイルはダナティエに対して短い伝言をかき、彼女のウールヴェと共にトゥーラを一度跳躍させて、様子をうかがうことにした。


 二匹はすぐに戻ってきた。


――だなてぃえ 傷薬の補給の件 感激していたよ。 彼女が 代理で受け取るって


「跳躍先は安全かい?」


――大丈夫


 カイルはダナティエのウールヴェに背嚢はいのうを一つ持たせた。


「私も行こう」


 意外なことにアードゥルはそう言うと、ウールヴェへの傷薬の積み込みに手を貸してくれた。


「え?」

「お前が厄介ごとに巻き込まれて、本番に不在とかになると作戦が失敗に終わる」

「不吉なことを言わないでよ」


 これは信用がないから同行して見張ることにしたのでは――と、カイルは思った。


「私のウールヴェも使ってください」


 有難いことにシルビアが申し出てくれたので、アードゥルは複数の背嚢はいのうを背負ってシルビアのウールヴェにまたがった。

 カイルはトゥーラにまたがると、猫型のウールヴェに話しかけた。


「ダナティエのところに連れて行っておくれ」


 3匹のウールヴェは同時に跳躍した。





 跳躍した先には、一人の娘が待ち構えていた。

 ディヴィ副官の娘は、複数のウールヴェの出現に動じることなく、丁寧に一礼をして応じた。


「カイル様、ありがとうございます」

「将軍達は不在かな?」

「少々、お待ちいただけますか?」


 ダナティエは自分のウールヴェから背嚢はいのうをはずすと、何か話しかけ、どこかに飛ばした。彼女はウールヴェを完璧に使いこなしていた。


「……使いこなしているね……」

「はい。頭のいい子で助かっています」


 ダナティエはカイルの同行者を見つめた。


「彼はアードゥルと言って――」

「四つ目使いですね?」


 ダナティエの言葉に、カイルはあんぐりと口をあけた。

 ダナティエはカイルの反応に笑った。


「メレ・エトゥールが彼を指名手配した時に、父はちゃっかりと写し絵を手に入れたそうです。メレ・エトゥールと敵対しているなら、味方にできないか、とまで考えたみたいですよ?」


 副官ディヴィが、セオディア・メレ・エトゥール並みに暗躍あんやくするタイプだとは思わなかった。有能な大将軍の副官は、やはり有能だった。


「……カスト王がおろものでよかった……」


 カイルは、ぽつりと本音をもらした。カスト王がガルース将軍を厚く重用ちょうようしていたら、恐ろしいことになっていたかもしれない。

 もしかして、セオディア・メレ・エトゥールがガルース将軍を欲したのは、有能な副官がセットで付いてくることが理由だったのでは、とカイルは思い当たった。


「私がカストに組することは、天地がひっくり返っても、ないな」

「残念です」


 アードゥルのつぶやきに、ダナティエは笑いながらトゥーラの荷をはずしにかかった。


「トゥーラ、あとで林檎りんごをあげるね」


――わーい


 アードゥルが呆れたようにカイルを見た。


「お前のウールヴェが買収されているが、いいのか?」

「僕のウールヴェのメレ・エトゥールへの忠義ちゅうぎは、林檎りんごより安いんだよ」


――そんなことないよ


 トゥーラは抗議したが、若干じゃっかん説得力に欠けた。


「なぜ、ウールヴェが猫型なんだ?」


 アードゥルが質問した。ダナティエは隠すことなく、あっさりと答えた。


「どこにでもいて、しかも違和感がない生物だからです」

「なんだって?」

「街や村に猫がいても、誰も気にしないでしょう?猫嫌いじゃない限り、たいていの人は愛でます。まあ、犬でもよかったんですが――」


――犬じゃない


「こんな風に、犬型はウールヴェに拒否されてしまったんです」


 ダナティエは肩をすくめてみせた。


「カイル様達のように精霊が愛されている国ならば、虎や狼のウールヴェが街を闊歩かっぽしていても歓迎されますが、カストの民にはそうはいきません。ウールヴェは、宗教的観点からいけば、なんたってやみの使いですから。だからなるべく目立たず、しかも自由に動ける姿が必要なんです。――将軍閣下は目立ちすぎですが…………」


 最後に気になる一言が付け加えられた。


「えっと……ガルース将軍が目立ちすぎると言うのは?」

「ちょっと、将軍のウールヴェがとんでもない成長をしまして……将軍閣下らしいと言えば、将軍閣下らしいんですが……馬に対する情熱を父も私も見誤りました」

「それは、いったい……」

百聞ひゃくぶん一見いっけんかず、もうすぐいらっしゃいますよ。……ほら」


 ダナティエが指し示す方を見ると、馬に乗ったガールス将軍が見えた。だが、馬が異様だった。

 通常の馬の3倍はありそうで、巨漢である将軍が普通に見えて、遠近感が狂っていた。どう見ても体重は1トンを軽く超えていそうだった。体高など2メートルはあるだろう。しかも地上の馬と違って、二本のつのがない巨大な白馬なのだ。

 カイルはその目立ちすぎる様子に絶句した。


 情報交換をしたディム・トゥーラの証言を参考にしたのは間違いなかった。そういえばディム・トゥーラの記憶から絶滅した古代種の情報を拾いあげて描いた記憶があった。その絵とディムの解説を熱心にきいて、たくさんの質問をしていたのはガルースだった。


「おお、メレ・アイフェス、久方ぶりだな」

「ガルース将軍、これはいったい…………」

「うむ、私の愛馬だ」


 悪びれずにガルースは答えた。満面の笑顔である。


「どうしてそんな成長を……」

「古代にこういう馬が存在したと天上の賢者メレ・アイフェスが言っていたから、ウールヴェに再現してもらった」

「なんですって?」

「いたという話を聞くと、想像することは容易くてな。メレ・アイフェスの絵は大変参考になった。私が乗っても平気な大きい馬を希望したら、変化してくれた。それでこの通り」

「しかし……これだけ大きければ、動きは愚鈍ぐどんでは……」


 カイルの質問に侮辱ぶじょくされたと怒るわけでもなく、逆にガルース将軍はその言葉を待っていたように、にやりと勝ち誇ったように笑った。


「実際の馬ならそうだろう。だが、これはウールヴェだ」

「あ!」

「限界はあるが望むスピードで走ってくれる。しかも空間を跳躍ちょうやくできる。おかげで、進軍している部隊から兵を拉致らちするのも容易い」

拉致らち?」

「このままエトゥールに進軍しても、大災厄で死ぬだけだ。部隊にディヴィを潜入させ、望まぬ徴兵をされた平民を中心に逃している」

「――」

「私がおとりになって注意をひいている間に、ディヴィが引っ攫ひっさらうんだ。これがなかなか楽しくてな。国境そばのエトゥールの村が無人で静まり返っているところに、巨大な異形の白馬に乗ったエトゥールで死んだとされる将軍が亡霊となって現れる――ダナティエの発案だ」


 思わず振り返ったカイルにダナティエはVサインを出してきた。


「どうせなら血糊ちのりも派手につけたかったんだが……」

よろいびるからダメです」


 演出家は現実的だった。

 確かにカスト王が死んだと宣言したはずの将軍ガルースが出現したら、ホラーだろう。


「『のろわれた進軍』『全滅の予兆よちょう』――あと、なんだったかな?」

「『カスト王に対する怨念おんねん』」

「それだ。ディヴィはあおるのが上手うまい」


 カイルとアードゥルは、あっけにとられていた。カスト王に対する反乱分子は優秀すぎた。


「タイムリミットがあるのは、わかっているのか?」


 アードゥルは怪訝そうに尋ねた。

 問いに、ガルース将軍とダナティエは、腕をあげた。二人とも手首に腕時計があった。

 アードゥルは愕然として、カイルを見た。


「お前っ!カストにまでカウントダウンを教えたのか?!しかも時計まで与えやがってっ!!」


 アードゥルの怒声にカイルは首をすくめた。


「………………教えないと、引き際がわからないでしょ?」

「この、お人好しの大馬鹿者めっ!!」

「それ、何回も言われてる……」

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