第27話 カウントダウン⑥
カイルは目を閉じた。
精神を集中することは
その結果を検証するのはクトリが多数展開した気象ユニットだった。
「出現確認」
クトリは報告した。
「高度は?」
「目標高度80キロ、誤差はコンマ001」
アードゥルの問いかけにクトリは即答する。成功の報にアードゥルは頷きかけ、念のため確認した。
「……その誤差単位は当然キロだよな?」
「…………いえ……メートルです」
「………………」
「………………」
「誤差1ミリ?」
「そうなりますね」
「そんな
「そういうことは
クトリは初代研究員にきっぱりと言った。
彼はいまだにセオディア・メレ・エトゥールに対しては緊張するのに、初代メレ・アイフェス達には平然と対応していた。むしろ
アードゥルは問題の本人を振り返った。
「100メートル台をうろうろしていたのに、どうやってコツを
「ロニオスにアドバイスをしてもらった」
「ロニオスに?」
「ロニオスが言ってた。アードゥルは飛ばすことを簡単だと思って、僕は難しいと考えているって。距離がのびないのは認知の問題だって」
「なるほど」
アードゥルは納得したようだった。
「確かにロニオスは認知による能力制限の論文をいくつか書いている」
「僕が距離を伸ばすには、無理だ、難しいという認識を上書きしなくちゃいけない」
「それで?」
「だから自己暗示をかけたんだ。アードゥルにできることは僕にもできるって」
「………………」
解決手段が予想外すぎて、アードゥルは何とも言えない表情でカイルを見つめた。
「自己暗示?」
「うん」
アードゥルはカイルの前で大げさに溜息をついた。
「アードゥル?」
「そんな単純な方法で転位距離を伸ばせるお前の規格外の能力を称賛すればいいのか、それとも自己暗示で追いつかれる
アードゥルは舌打ちをして顔をそむけた。
「……これだから規格外は嫌なんだ」
カイルは、むっとした。
「それ、貴方だけは言っちゃいけない
「自己暗示で転位距離を800倍に伸ばすのは筆頭規格外代表選手だろう」
「上空1万メートルで浮遊維持できる人間には、足元にも及ばないよ」
「僕に言わせれば、どっちも規格外ですね。規格外同士が
データを整理しながら、クトリがぼそりと言って、二人を黙らせた。
「クトリ……」
「カイルは元から規格外だし、仲間が増えてよかったじゃないですか。規格外同好会でも作ってください」
「クトリ……」
「でも、これ
「斜めに突入してよいところプラス10秒だな」
アードゥルがクトリの計算値を認めた。
「その30秒の間に、
「私とロニオスがいれば、展開はたやすい」
「問題は強度かな?クトリ、恒星間天体の表面温度はどのくらい?」
「おそらく熱圏通過中は、
「そんなに?」
「その熱が火球になり、天体の表面岩石をそぎ落としていくんです」
「どれくらい小さくなるかな?」
「二分割した破片の小さい方は全長20キロですよね?まあ形状によりますが、15キロぐらいまではなるんじゃないかなぁ?」
「そこで
「燃えつくことがなければ、今までのように地上に降り注ぎます。今までと何も変わりはありません」
カイルは黙り込んだ。
「おい、過剰な期待はするな。海底火山をよけて
「そうだけど……それでも地上の被害は
「津波の方がよかったか?」
「よくない」
「ないものねだりはするな」
アードゥルは冷たく言った。
「カイル、どの道、エトゥールにおちたら周辺は
クトリが淡々と事実を指摘した。
「高速でおちてくる巨大隕石の方が、はるかに凶悪な巨大爆弾ですよ」
「わかってる」
「本当にわかってるんだか……」
「どちらかというと、我々の脱出時間を稼ぐための外郭全体を覆う
アードゥルが言う。
「脱出の安全が確保できないのでは、本末転倒だ。少なくとも私はお前達と心中する気はないからな」
「僕だってカイルと心中するのはイヤですよ。何が悲しくて、こんなボランティアで死ななくちゃいけないんですか」
「……言い方……」
カイルはクトリの手厳しい物言いに吐息をついた。
「脱出時間は何秒欲しいんですか?」
「30秒」
「また、無茶を言う。地面を25キロえぐる爆発の中でそれに耐えろと言うんですか?」
「30秒だけだ。この馬鹿を引きずって、
二人は揃って、元凶の馬鹿を見つめ、同時に大げさなため息をついた。協力してもらっている手前、カイルは何も言えなかった。
「三重……いや五重に展開して耐えるしか……」
「一つの防御壁の耐久時間は6秒か……」
「いや、再外側は2秒ぐらいですよ」
クトリは計算式と結果のグラフを見せた。
「なんで、こんな計算ができる?」
「元々、隕石の着弾計算の理論式はあるんです。隕石の大きさ、質量、入射角、突入速度でおおよそは算出できます」
「ほう。さすが専門だな」
「僕の専門は気象学であって、宇宙物理学ではありません」
「では、なぜこの馬鹿の協力を?」
クトリはあらためて問われて、思わず考えこんだ。
「………………成り行き?」
答えてクトリは、はっとした。
いつだったか、カイルと仲がいいわけではないと言ったディム・トゥーラを追求した時と同じ台詞だった。「こんなに労力を割いているのは、何故か?」の質問にこの答えが出てきたのだ。
「……………………やばい。僕も
「なんだ、それは?」
「カイルですよ。カイルは恐ろしい魅了人垂らしスキルを持っていて、エトゥールの姫どころか、敵国の大将軍まで口説き落とすんですよ」
「――」
「クトリ、酷いよ?」
カイルのやんわりとした抗議は二人に無視された。
「私も元祖人垂らしを知っているから、それが
「本当ですか?」
「ああ、関わらないのが一番だ。距離をとるしかない。例えるなら
「………………もう手遅れです」
「………………そうだな」
しみじみと二人は状況を認識しあった。
カイルがさらなる抗議をしようとした時、純白の猫が3人の間に出現した。
カイルに対して、
「猫?」
「いや、ウールヴェだ」
アードゥルは二つに分かれている
「ダナティエのウールヴェですよ」
クトリがあっさりと正体を
「カストの副官の娘の?なんでクトリが知っているの?」
「え?だって、彼女はハーレイの村にしょっちゅう出入りしてますよ?」
初耳な事案だった。
「なんだって?」
「知らなかったんですか?メレ・エトゥール宛のガルース将軍の書簡をハーレイに預けていますよ?たまに逆のことも」
「――」
「――」
カイルとアードゥルは、あっけに取られた。
「イーレと意気投合しているし、メレ・エトゥールの返事を待つあいだ、長棍や弓矢の
「クトリ、彼女は
「将来、将軍付きの
「……え?そこまで明け透けに言っちゃうの?」
「本人が言ってました」
カイルはあんぐりと口をあけた。
「僕達との交流も将来の情報収集ネットワーク構築の一環だそうです。将軍や父親が亡くなったあとは、情報屋として生計を立てるそうです」
完璧な将来計画だ、とカイルは思った。
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