第26話 カウントダウン⑤

『どこが、寛大なんだ?』

「え?証明のためにディム・トゥーラに酒瓶さけびんを全部割ってもらいたいと?」

『やめてくれ!!』


 ウールヴェは尻尾しっぽを太くして本気でおびえた。






――やっぱり酒瓶さけびんも割っておくべきだった。


 ディム・トゥーラは上司達の戯言ざれごとを背中で聞きながら、ロニオスの仕打ちに憤慨ふんがいしつつそう思った。彼は今、渡されたシャトルの航行プログラムを修正構築していた。一気に工程が進んだことは喜ばしいが――。


 これはおおいにへこむ案件だった。


 自分一人では、満足に対処できなかった。ロニオスやアードゥル達初代がいなければ、今頃どうなっていたのだろうか。

 恒星間天体の軌道変更に失敗し、カイル達が犠牲になっていたかもしれない。そう想像してディム・トゥーラはゾッとした。


 カウントダウンが始まっているこの段階での不手際ふてぎわにも等しい状態だった。今までの自信は崩れ去り、支援追跡バックアップどころか対象者の足を引っ張りかねないという恐怖が生まれていた。



――俺はカイルの隣に立つ資格があるのか?



 ロニオスのように先の先まで見通すことができない。その能力の差は明らかで、埋めようがなかった。

 ロニオスやカイルが規格外とはいえ、本来ならその能力をコントロールするべき人間なのに、それもできていない。このアンバランスさは、いつしか取り返しのつかない重大事故を引き起こしかねず――。


「ディム・トゥーラ」


 エド・ロウに肩を叩かれて、ディム・トゥーラは我に返った。


「考えすぎない方がいい」

「……別に考えすぎては――」

「いるだろう?」

「……………………」

「ロニオスは時々、ああいうふうに相手をペシャンコに叩きのめす。本人曰く、一種の教訓を与えるために、ね」

「…………教訓?」

「君は人を頼ることが得意ではない」

「そんなことはありませんよ。移動装置ポータルの改造には多数の人を使った」

「それは等価交換地上の書物によるものだろう?」

「……」

「過去にロニオスが叩きのめす理由は様々だったけど、見込みのないものは関知しないからね。ある種、君の成長に期待しているってことだよ。君はもう少し周囲を頼った方がいい」

「妨害者がいるかもしれないのに?」

「もちろん無防備に、という意味ではないよ。私やジェニ、ロニオスとかを指すんだよ。少なくとも私達は君の信頼を得ているだろう?」

「そりゃそうです。ここまでこれたのは貴方達のおかげです」

「君を巻き込んだのも、私達だけど?」

「…………そうですね」

「多分、君のかたくなさは、その強大な精神感応テレパスのせいだろうね。遮蔽しゃへいが緩い人間の薄汚い思念を拾うのに慣れすぎて、若干の人間不信に陥っている」

若干じゃっかんどころじゃないですが……」

「だからお人好しのカイル・リードの支援を買って出たのではないか?彼も一種、君と同様の立場だからね」

「………………」

「君達は性格は真反対だが、対等で、いい関係を築いていた」

「対等……ですかね?」

「君のキツイ性格についてこれるのはカイル・リードだけだったし、カイル・リードの規格外の能力に投げ出さず対応できたのは君だけだったよ」

「…………ロニオスがカイルの支援追跡者バックアップである方がいいかもしれない」


 エド・ロウは部下を同情的な眼差まなざしで見つめた。


「君のプライドはそこまでくだかれてしまったか。君がそんなことを言いだすなんて、びっくりだ」

「……彼の方が適任です」

「そうだね、適任だよ。カイル・リードが暴走した時は、迷うことなく一撃で瞬殺するよ、彼なら」

「――」


 ディム・トゥーラは驚いたようにエド・ロウを見つめた。


「その選択で君はいいのか、という話だよ。ロニオスのつよみは自分の感情を持たずに物事を取捨選択しゅしゃせんたくできる――それが親子という血縁関係があっても容赦ようしゃなく切り捨てる。彼が昔、AIとかロボットとか言われた揶揄やゆされた由縁ゆえんだよ。まあ、今はずいぶん人間臭くなっているが……あそこまで酒に執着する性格じゃなかったし、むしろ何も執着しない性格だったのに……」

「俺には酔いどれ中年親父にしか思えませんが……」

「ああ、うん、そうだね」


 エド・ロウは少し視線を彷徨さまよわせたが、否定はしなかった。


「貴方の時々の容赦なさは、ロニオス直伝じきでんですか?」

「あはは、それは否定しない」


 それも否定しないのか――ディム・トゥーラは呆れた。エド・ロウはディム・トゥーラをじっと見つめた。


「君は少しロニオスに似ている」

「あの酔いどれ親父おやじに似ていると言われても嬉しくありません。なんで俺が実の息子カイルより似ているって言うんですか」


 ディムはまるで害虫に遭遇したかのように顔をしかめ、憮然ぶぜんと抗議した。

 エド・ロウはディム・トゥーラの反応に笑った。


「君だって昔に比べれば、情に厚くなっているんじゃないかな?ロニオスほどではないが、変化している。君は優秀で誰ともつるまない一匹狼だったが、境界線に立ち、人を観察するくせがあったな。まるで周囲の人間を野生動物扱いしていた」


 ディム・トゥーラは黙りこんだ。まさかエド・ロウに見破られているとは思わなかったからだ。

 いや、だから人員選抜の場所に駆り出されたのか――ディムは納得した。エド・ロウ自身もたいした狸親父たぬきおやじでロニオスといい勝負だった。こんな双璧が存在していいのだろうか?


「それが精神感応者テレパシストである君の自己防衛であることは、わかっている。別に悪いことでもない。人間の交流は確かに野生動物の観察のように相手を知ることから始まる。思考の癖や性格を見極めれば、相手をすることは容易たやすいだろう。まあ、だからこそ支援追跡者バックアップに選ばれるわけだけど」

「………………」

「人間関係の構築影響はまるで未知の科学反応に似ている。どっちに転ぶかわからないし、時には危険でもある」

「……危険なこともあるんですか?」

「中世ではそれに引きずられて破壊行為がよくなされていたよ。人間は軸がないと、カリスマ的人物に心酔して、盲目的に従うんだ。人は楽な方に引きずられ、簡単に扇動せんどうされ、利用される。ちょっと中世の歴史心理学を紐解ひもとくと面白いよ。大国の現地工作員に面白いほどあやつられる民衆の例が多数、載っている。まあ、ロニオスの受け売りだけど」

「…………ロニオスの専門ってなんですか?」

「全分野」

「――」


 絶句するディム・トゥーラの姿に、エド・ロウは笑った。


「冗談だよ」


 本当に冗談だろうか?

 ロニオスはどこか全知全能ぜんちぜんのう的な存在に思えてしまう。正体を知るまでは、実際にウールヴェの王ではないかと思っていたぐらいだ。

 彼なら地上で初代のエトゥール王として君臨くんりんし、べることは容易たやすいことだっただろう。それすらも遊戯ゲームの一環であったかもしれない。


「ロニオスがよく言うんだけどね、世の中には軸を持った人間とそうじゃない人間の二種類しかいないんだってさ」

「その場合の軸の定義は?」

「信念とか矜持プライドとか夢とか、それぞれの人間で違うらしいよ?」

「ずいぶん曖昧あいまいですね」

「だって人が望む物は千差万別せんさばんべつだろう?ならば行動の原動力も千差万別――そんなものだよ」


 エド・ロウはにっこりと笑った。


「君の中で、何が妥協だきょうできて、何がゆずれない物か、一度ゆっくりと考えてみるといい。君の軸の一つが、カイル・リードの支援追跡者バックアップであることなのは周囲が認める事実だし」

「…………」

「軸のない者は、軸のある者に振り回される。もしくは誘蛾灯ゆうがとうのようにきつけられ、おのれを見失って自滅じめつする。ロニオスは巨大台風の目か、ブラックホール並みの誘蛾灯ゆうがとうだから気をつけたまえ。典型的な古狐ふるぎつねだし」


『聞こえてるぞ、古狸ふるだぬきめっ!』


 ロニオスの不機嫌な思念が二人の脳裏のうりひびいた。


「…………本人に聞かれていますが?」

「ロニオスに対して内緒話はできたことがないし、するつもりもないよ」


 エド・ロウはしれっとした顔で言ってのけた。

 狼姿のウールヴェにその言葉も届いているらしく、ウールヴェはイライラしたように尻尾しっぽを大きく振った。


「ところで、なぜ、俺にこんな話を?」 

「君が思い悩んで、明後日あさっての方向に突き進んでもらっても困る。例えば、カイル・リードの支援追跡者の地位を返上するとかね」

「…………」

「それにね……」

「それに?」 

「たまには上司らしいことをしろって、ジェニが言うんだよ」

「……所長って意外に奥様至上主義ですよね?」


 ディム・トゥーラは真顔で突っ込んだ。


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