第25話 カウントダウン④

『質量?その心は?』

「なるべく、衝突衝撃と防御壁シールドの負荷を減らすことを目的としてます。衝突放出物イジェクタも減らしたいし」

『実際は?』

「あの馬鹿が落下する恒星間天体の阻止に夢中になって、逃げ遅れるリスクを減らしたい」


 ウールヴェは建前たてまえ本音ほんねのギャップに笑い声をたてた。


「笑いごとじゃないんですよ?!」


 ディム・トゥーラは実親の無責任な反応にいきりたった。


『いや、すまない。うん、ありえないことではない。リアルで情景が浮かんだ』

「浮かばせないでください。不吉な……」

『君は案外、験担げんかつぎするタイプだな」

認知にんちが世界を変える、が貴方の理論だったでしょう?不吉な言動はそれに気をとられ、認知にんちに影響を与えることになりませんか?そんなマイナス要素は拒否するのは当たり前でしょう」


 ディム・トゥーラの言葉にロニオスは考え込んだようだった。だが、その熟考じゅっこうの結論は予想外の方向にすすんだ。


『…………ふむ、なかなか面白い仮説だ。西の民の地や、東国イストレには似たようにみ言葉を嫌う風習がある。まわしい想像が、認知にんちに影響し、それを現実化する――ありえないことではない。実証実験をしてみるかね?地上やカイル・リードに関して私が可能性のある不吉な未来を口にするから、それが実現するか統計を――』

「鬼畜か?!」


 ディム・トゥーラは目をいて思わず怒鳴った。作戦の成功ではなく、失敗に傾く提案をされるとは妨害者に等しい行為だった。


「さんざん警告したじゃないの。ロニオスは冷酷冷静を絵にかいたような人物だって」


 二人の会話を聞いていたジェニ・ロウが冷静に指摘をする。彼女は驚いた様子もなく、静かに珈琲コーヒーを飲んでいた。


「こういう意味だったんですか?!」

「いえ、もっと奥深いものだけど……鬼畜に分類されるのは確かよ?」

「こんなのかわいいレベルだ。これぐらいで驚いていたらまだまだだぞ?」


 その夫まで恐ろしい証言をした。

 ウールヴェはディム・トゥーラがなぜいきりたっているか、わからない様子だった。


『仮説を検証するには、なにごとも証明が必要だろう。なぜそんなに怒る?』

「自分の息子の安全にかかわることで、実証実験をするなっ!」

『サンプルが血縁関係があるかないかで差別するのかね?それは何か結果に影響するのかね?なんだったら君でもいいが』

「お断りです!」

『残念だ』

「冗談も休み休み言ってください」


 ウールヴェは納得いかない表情を浮かべていた。


『私が口にするのと、量子コンピューターが未来予測するのとどう違うと言うんだね』

「量子コンピューターは物理的資料データからに基づく予測であり、極めて現実予測に近い。忌み言葉や験担ぎは心理的圧迫プレッシャーによる無意識化の刷り込みじゃないですか。この修羅場しゅらば最中さいちゅうに実証実験と称して失敗への加担は絶対にやめてください」

『………………残念だ……』


 本当にこの人は、実証実験する気だったのでは――?

 ディム・トゥーラは疑いの眼差まなざしをウールヴェに向けた。


「ロニオスは昔から典型的な研究馬鹿よ」

「……この人、自分の息子の安全より、研究を優先させませんか?」

「優先させても私は驚かないわよ?」


 ディム・トゥーラは情けない表情でジェニ・ロウを見つめた。


「私に懇願こんがんしても止められないわよ?そういうたぐいは500年前に諦めたの。人間、時間を無駄にしちゃいけないわ。本当に過去の私の時間を返してほしいくらいよ」

「所長……」

「私にもふらないでもらいたいな。ジェニが止められないものを、私が止められるはずもないだろう?」


 ディム・トゥーラは大きく息をついた。結局、ロニオスを止めることができるのは自分だけだと言う事実に今更のように気づいた。


「ロニオス、俺が欲しいのは助言であって、妨害要素のある実証実験ではありません」

『それで?』

「助言してカイルの生存の手助けをしてくれるなら、貴方の欲しいものを用意しましょう」

『ふっ……私に欲しいものなど――』

「アドリーの平家屋敷ひらややしきに隣接するつく酒屋ざかやの規模を2倍にしましょう」

『全力で君に助言を与えよう』


 初代エトゥール王であったはずの人物は、案外チョロかった。





 意外なことに、ロニオスはエトゥールに落下軌道以外の条件は全て切り捨てた。

 ディム・トゥーラはその助言の意味を理解できなかった。


「その選択の根拠はなんですか?」

『基本に帰ってみたまえ。もともと直径50キロの恒星間天体に観測ステーションの一部をぶつける予定だった。それが分裂している。シャトルの目標は直径20キロ以下だろう。質量を軽減するという第一段階の目標は達成されているとみなした』


 まあ、確かに――とディム・トゥーラは納得した。分裂していなかった場合、観測ステーションの爆破で軌道変更しか手は打てなかったはずだった。今は巨大な欠片の片方を確実に消滅できるのだ。

 ウールヴェはスクリーンを複数ほど空中展開させた。


『これ以上の質量の軽減を望むなら、地上組にやってもらえばいい』

「ですから、それの難易度が――」

『難しくはない』


 ウールヴェは恒星間天体の軌道にたいしてシャトルの進路を多数描いてみせた。彼は簡単にディム・トゥーラの求めているかいを提示した。


『これは宇宙空間をテーブルにした三次元の古典遊戯ビリヤードだ。しかも目標は動いている。だが着地点ポケットは一箇所――そう考えれば単純だ。古典遊戯ビリヤードの経験は?』

「ありますが、あまり面白おもしろくなくて、すぐに飽きました」

『そりゃ、そうだ。我々なら頭の中で計算してしまい、全て正しく目標ポケットに叩きこめる。それと一緒だ』

「……単純……ですかね?」

『単純だろう。恒星間天体の移動速度と接触地点のシャトルの入射角度と衝突爆発にたいする反動力による軌道変更角度を計算すればいいだけだ』

「簡単に言いますが……貴方はこれをどうやって算出したんです?」

『計算プログラムはジェニに作ってもらっている』

「?!」


 話が変だった。


「待ってください。そのプログラムがもう存在しているんですか?」

『あるとも』

「………………なぜ?」

『君がここで、つまづくことを予想していたからだ』

「………………………………」


 ディム・トゥーラは確認するかのようにジェニ・ロウを振り返った。ジェニ・ロウは申し訳なさそうな表情をしていた。つまりは肯定だ。

 ディム・トゥーラは追及するべき言葉がでてこずに、口をぱくぱくとした。


『計算の難易度が高ければ、中央一のプログラマーの力を借りるべきだろう?』

「……いえ……そういうことではなく……俺がつまづくことを予想していたと……」

『つまづいただろう?』

「……それは認めますが……いや、それより……俺が助言を求めなかったら?」

『そのまま見守っていた。間違いなくタイムオーバーをしていただろう』

「………………………………」

 

 ちょっと待て、とディム・トゥーラは思う。

 造り酒屋の増築で釣った助言だが、もしや等価交換の条件がなければ、ディム・トゥーラに答えを教える気はなかったということなのだろうか?

 実の息子や地上組の生死がかかわることを、教育材料とし、質問をするまで断固だんことして教えないというスパルタの道を選択するなどありえるだろうか?

 しかもそれはロニオスにとって酒で売買されるようなレベルだったのだ。



 鬼畜だ――っっっ!!!


 

「だから鬼畜に分類されるって言ったでしょ?彼の鬼畜度はこんなものではないわよ?」

「こんなのかわいいレベルだとも言ったよな?」


 上司夫婦がディム・トゥーラの推測を肯定した。彼等の視線には同情の色が深くこもっていた。


「まだまだ、ロニオスを理解していないわね」

「ああ、まだまだだな」

「貴方達だって、教えてくれたって――」

「きつく口止めをされていた」

「――」


 ありえない。ありえない。ありえない。

 ディム・トゥーラは目の前に立ちはだかるウールヴェの姿をした男性の理解できない心理領域と、今までの時間の消費と疲労にがくりと床にひざをついた。





『酷い。鬼だ。鬼畜だ。悪魔だ』

「それって自己分析しているのかしら?」

『そんなわけないだろう?!酷い仕打ちだと思わないか?』

「当然の結果だと思うけど?」


 ジェニ・ロウはちらりと離れた端末で怒り狂って作業をすすめている若人わこうどに目をやった。ディム・トゥーラから立ち昇る憤怒ふんぬのオーラはまだ消えていない。


『望む通りに助言をしたのに、なぜ、酒の発注書を消去されるんだ?!』

「報復として当然だし、妥当だと思うわ」

「私は酒瓶を全部叩き割らなかったディム・トゥーラの心の広さに感動しているよ」


 作業を進めながらエド・ロウは隣で評した。


「実に寛大だ」



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