第24話 カウントダウン③

「そこらへんを失念しているとは、やはり君は詰めの甘い大馬鹿者と言わざるをえない」


 ぐさり。

 カイルは、エルネストの背後でトラウマになりつつある黒いウールヴェのイラストが飛び回っているような錯覚さっかくを覚えた。

 多分エルネストもわかっていて言っているに違いない。アードゥルは直接的に叱責しっせきをするタイプだが、エルネストはおだやかに微笑みながら相手を油断させてがけから突き落とすタイプだった。


 それまで黙って聞いていたセオディア・メレ・エトゥールが初めて口を開いた。


「民衆の要望が貪欲なものになるという危惧きぐは、わからないでもない。シルビア嬢も同じ点を指摘していた」

「この大馬鹿者より、彼女の方が遙かに先見せんけんめいがありますね」

「そこで、目くらましを考えた」

「目くらましとは?」


 一応、臣下としての礼を維持しているエルネストが問いかけた。


「そのエトゥールの優秀な臣民である平民老夫婦に土地と爵位しゃくいを与えよう」

「「「「はい?」」」」




 突拍子もないメレ・エトゥールの提案に、その場にいた一同が唖然とした。

 

「別におかしなことではない。将来のエトゥールを思いやっての、品種改良を施した種子の提供、王として私はとても感銘かんめいを受けた」


 セオディア・メレ・エトゥールは老農夫の功績を笑顔でたたえた。無論、口実であることは明らかだった。


「………………メレ・エトゥール、また悪い癖が出ています」


 クレイ兵団長がやれやれといった感じで諫める。


「準備する者の苦労を考慮してください」

「そうか?」

「はい」

「その昔、貴族の子息の誘拐未遂を行った街のならず者を兵士に推薦したほどじゃないと思うのだが」

「……………………当時の関係者の胃の痛みを思い知った気分です」

「ははは」


 エトゥール王と第一兵団長の謎の会話に、カイルだけは思い当たる件があった。

 カイルがちらりと視線をやると、露骨ろこつなほどクレイはその視線を避けた。


「土地と爵位の授与を打診してみよう。おそらく恐れ多いと断ってくると思うが、承諾すれば承諾したで、なおいい。メレ・アイフェスが治療をほどこしたことなど、ささいなたぐいになり吹き飛ぶはずだ。断った場合は、その代価としてエトゥール王に命じられた治療をメレ・アイフェスが行ったに過ぎない。不平等なのは賢者メレ・アイフェスではなく、メレ・エトゥールだ」

「時系列をいれかえるわけですか」

「そう」

「メレ・エトゥールがこの大馬鹿者のしりぬぐいをすると?」


 口が悪いのは、意外なことにエルネストの方だった。アードゥルは沈黙を守っている。


「喜んでするとも。しりぬぐいは得意だ。例えば、突然歌姫と駆け落ちして、辺境領アドリーを放り出した辺境伯のしりぬぐいなどできたえられているからな」

「……………………実績としてご協力できて何よりです」


 視線をかわして微笑みあうメレ・エトゥールと元アドリー辺境伯のやり取りに、カイルの方が肝を冷やした。二人とも目は笑っていない。セオディア・メレ・エトゥールは相手が初代であっても容赦ようしゃなかった。


「おい」


 アードゥルが囁くようにカイルに尋ねた。


「本当にお前はこんなくせの強い王を義兄にしたのか。物好きな……」

「ファーレンシアが彼の妹だから、仕方なかったんだよ」

「称賛すべき勇気だな」

「彼は初代王であるロニオスの子孫の系譜のはずだから、彼の癖の強い性格もロニオスの遺伝子のなせる業じゃない?僕は知り合った頃に、彼に勝つことはあきらめている」


 その発言にアードゥルはつくづくとカイルを眺めた。


「何?」

「そうだな、ロニオスの血なら仕方がない」

「納得しちゃうんだ」

「ロニオスが曲者の総大将みたいなものだからな。周りを振り回すのは間違いなく血筋のなせるわざだ」

「……貴方の元支援追跡者バックアップのことだよね?」

「そうだが?」

「表現が、悪の秘密結社の総統ボスのように聞こえるけど?」

「ニュアンスが正しく伝わっていて、喜ばしい限りだ」

「………………」


 カイルはそれが冗談か見極めようとしたが、途中で無駄な努力を放棄した。協力者になったアードゥルの本質をカイルはまだ読み取れなかった。


 ただ一つはっきりしていることは、ロニオスがいなければ、アードゥル達の協力はなかっただろう。

 逆説的に言えば、ロニオス自身はそれを自覚していて、アードゥル達を惑星救済に引き摺り込んだとも言える。


 拒否を許さない状況に追い込むところが、「悪の秘密結社の総統」呼ばわりされているのかもしれない。


「お前はもう外にでるな。これ以上、犬猫いぬねこを拾ってきて、時間をとられるのはかなわん。訓練の時間はそう残されていないんだぞ」

「………………はい」


 カイルが強引に避難をさせた老夫婦に関しては、メレ・エトゥールとクレイ兵団長にまかせることとなった。

 その代わり、カイルはアードゥルから外出を禁じられた。アドリーとエトゥールの移動装置ポータルを設置して、夜だけはファーレンシアの元に戻ることを許されたのは彼なりの恩情かもしれない。


「こうは言っているが、案外傷ついた小動物を拾ってくるのはアードゥルなんだよ。地上人には冷たいんだけどね」

「エルネスト!」


 余計なことを暴露ばくろしたエルネストをアードゥルは怒鳴った。



 


 二つに分裂した恒星間天体の先行するかたまりを旧観測ステーションをぶつけることで消滅させ、残りのかたまりを地上で精製した爆薬をのせた連絡用シャトルで軌道を変更し、大陸の中央に位置するエトゥールに落とす――作戦自体は単純だった。

 

 シャトルに積み込む爆薬の運び手はカイルのウールヴェしかいなかった。

 それにディム・トゥーラのウールヴェが加わった。


 二匹のウールヴェは、背中に荷をくくりつけ空間を跳躍し、シャトルに待機しているエド・ロウの夫婦がそれを引き渡すことを繰り返した。この二匹以外のウールヴェは、運搬に関して、全くの役立たずの状態だった。


 同じ大きさのウールヴェをもつセオディアとファーレンシアが目標である「衛星軌道上に存在するシャトル」というものを理解できなかったためだった。使役主の認知が、そのウールヴェの行動範囲に影響する――カイル達はそんな仮説をたてた。

 だがそれ以上に大きな問題が存在した。

 

「非常に難しいですね」


 ディム・トゥーラは音をあげかけた。

 旧ステーションの爆破は、先行する恒星間天体の軌道上に置くだけでよかったが、シャトルに関しては、調達した爆薬とシャトルの入射角で地上の落下地点がぶれた。


『王都周辺なら御の字なんだが』


 複数の解析結果を比べながら、ウールヴェは首をかしげた。


『ここまで厳密に計算する必要はないのでは?』

「これだけぶれると、カイル達に影響があります」

『ああ、なるほど』

「あの馬鹿が、防御壁シールドを展開するなんて言いださなければ、もっと話が簡単にすんだのに」

『許した君もせきがある。おかげで私まで駆り出される』

「俺は許したわけじゃありません」


 むっとしたように、ディム・トゥーラは言った。


『止められなかったら、許したことになるじゃないか。君は案外、カイルを甘やかしているな』

「じゃあ、あなたが止めてください」

『私は無駄な努力はしない主義だ』

「止められないってことじゃないですか」

『そうともいう』

「なんか助言をください」


 ディム・トゥーラはウールヴェに求めた。


『地上組はどうすると?』

「想定ルートにあらかじめ固定位置情報ビーコンを設定してそれを目標に防御壁シールドを展開すると言ってます」

『また、面倒くさいことを……』

他人事ひとごとのように言わないでください。貴方の仕事でもあるんですよ。想定ルートがずれると、固定位置情報ビーコンが全く無意味になります」

『条件の優先順位を決めたまえ』

「着弾地点をですね」

『次は?』

「質量」

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