第23話 カウントダウン②
この名も知らぬ老人の意見はもっともだ、とカイルは思った。
大災厄の後、今の生活は完全に失われる。食糧や物資の供給はとまり、そのことで争いが生じる。体力のない子供や老人にとっては地獄に近い生活になるのは確かだった。食糧が不足すれば、次にくるのは
以前はそんなことが横行していたのだろう。
彼等が未来に絶望して、苦難の避難生活を拒否してもカイルにそれを止める手段はない。選択の自由はあるべきだった。
「僕には貴方の選択を止める手段はありません」
カイルは静かに語った。
「ただ、もし途中で考えが変わった場合は、赤い
老人は驚いたように、カイルを見つめた。しばらくためらったあと、彼は切り出した。
「…………
「どうぞ」
「貴方様は地方領主や貴族とは、違う考えをされるようだ。なぜこんな
カイルは苦笑をもらした。何度か同じ質問を受けたことがあったからだ。
それは貧民からでもあり、貴族からでもあり、カストの民からでもあった。感謝であったり、非難であったり、疑念であったり同じ問いかけの言葉でありながら、こめられる思いは様々であり、カイルはそれを全て受け止めてきた。
「僕はエトゥールの出身ではありません」
「存じております。
「そんな噂がここまで?」
「はい」
「そうです。僕達――今、エトゥールに滞在しているメレ・アイフェスと呼ばれる者達は、遠いところからやってきました。僕達の世界には指導者がいて、法律もありますが、身分差はないのですよ」
カイルは
「……身分差がない……」
老人では理解できない事柄のようだった。
無理もない――とカイルは思った。彼等はいつだって
彼等の世界は狭く完結しているのだ。
それはこのレベルの文明の中では仕方がないともいえた。
むしろ賢王であるセオディア・メレ・エトゥールの存在が異質なのだ。彼は国の宝が、民であることを悟っており、
「この国の貴族達と
カイルは淡々と告げた。
「星が落ちてくるという
二人の間に沈黙が流れた。
老人は顔をあげて、カイルを見つめたあと、その脇に用意していた重い革袋を引き寄せた。
「偉大な
老人は
困惑しながら中身を確認したカイルは首を
「……
「昔、
カイルは驚いた。
それは原始的な品種改良の手段であり、この辺境の農夫がそれを行っていたことに
この時代の農民の知恵なのだろうか?
しかも酷い冷害と称するなら、それはこの時代において
「……よく……これだけ集めましたね……」
「楽なことでは、ありませんでした」
老人はカイルが
「昔の冷害の
「…………ありがとうございます。これはいただいて帰ります」
カイルは老人に向かって頭を下げた。立ち会っていたクレイが重い革袋を引き取った。
カイルはこのまま立ち去ることをためらった。
本人の残留の意思を尊重するつもりだったが、これだけ貴重なものをくれた
「やはり避難しませんか……?」
老人はカイルの言葉に首をふった。
「わしらはこのままで、いいのです。この土地で生まれ、この土地で死んでいける幸せというものがあるのです」
愛着のある土地で死んでいける幸せ――それは不老長寿であるカイルには、理解できない事柄だった。
「予言の通り、星が落ちて荒地になるのなら、再びこの種子から
「――」
「貴方様の未来が光り輝くものでありますように」
老人は別れの言葉として聖歌の一句をカイルに贈った。
老人の家からでたカイルは、村から立ち去ろうとしたが、思い直したように再び老人の家に向かった。
「クレイ、手を貸して」
部下の馬に、
「お前は馬鹿か」
アードゥルの言葉は
「お前は散歩すると、子犬や子猫を拾ってくるのか?あ?」
「……」
「しかも死が間近な老犬を拾ってくるとは、どういうことだ。
「……あの人達は老犬じゃない」
カイルは小声で言い訳をした。
アードゥルは笑いに肩を震わせている第一兵団長の方を振り返った。
「兵団長も同行していたなら、なぜ、この馬鹿をとめない?」
「我々の目的は、避難しない人々の再説得でありまして、カイル様の行動はメレ・エトゥールの方針に沿ったものです。今更、避難民が一人や二人増えても変わりません」
「こいつはこの調子で、大量に犬や猫を拾ってくるぞ」
「避難民を犬や猫扱いしないでよ」
「お前の
「はい……申し訳ありません……」
カイルは説教を受けて、しょんぼりと頭を下げた。
「しかも体内チップを分け与えて治療しただと?この
「だって、あの人はそれぐらいのことをしてくれたよ?一から
「……………………」
「不要と言うなら、あの老人に返してくるよ」
「誰が不要と言った」
アードゥルは不機嫌に応じて、その隣のエルネストもクレイ同様、その反応に笑いを堪えて肩を振るわせていた。
アードゥルは隣に立つエルネストを
「エルネスト、お前も何か言え」
「カイル・リード。君のお
「誰が
「何か言えというから、言ってみたのに、注文が多いな。品種改良された種も私が引き取ってもいい。アードゥルがいらないなら、私が遺伝子分析をしてデータを独占をするのも楽しそうだ」
「誰が不要と言った」
「素直じゃないなぁ」
エルネストはアードゥルに向かって、手をひらひらとふった。
「これを入手したのは、カイル・リードの
「……………………」
アードゥルは嫌そうに顔をしかめた。
それから深々と
「カイル・リード。自分が
「
「自覚がないとは、びっくりだ」
エルネストがあとを引き取った。
「エトゥールの民に対して、平等性がないことをアードゥルは心配している」
「平等性?」
「似たように、
「――」
カイルは黙り込んだ。
それは以前、シルビアにも指摘されたことがあった。自分達の技術は
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