第21話 祝宴⑧
『おい、まさか、それに考えが
「……」
カイルは、そろそろと虎のウールヴェから距離をとり、
『おい、こらっ!!』
『まあまあ、落ち着きたまえ』
ロニオスはいきり立つウールヴェの虎を
『そんなことだろうと思った。全てを背負いこんで、問題を解決できなければ、次にくるのは自己犠牲だ。君はディム・トゥーラや姫を犠牲にしてまで、エトゥールを救おうとは思わない。だが、自分の身は?自分の身を価値観の
「……貴方だって、自己犠牲の行動をしているだろうに?」
『私が?まさか』
白い狼は、さらに笑った。
『エトゥールより酒の方が遥かに価値がある』
「………………」
『………………』
「……酒より価値がないと判断された文明って、どうなの?」
『……俺にきくな』
ある程度予想していたとはいえ、正面から肯定されたことに、一人と一匹は困惑した。酒のどこにロニオスは
酒がかかわるとロニオスという人物像が必ず崩れるのだ。
先に諦めたのはディム・トゥーラだった。
『所長とこの人は、
『失礼な。エドと一緒にしないでくれ』
『全く一緒です』
『私は
『
カイルは白い狼をじっと見つめたが、彼の
だが、ウールヴェになってまで、大災厄に対して
「……自己犠牲の定義がわからなくなるよ……」
『自己の損失を顧みずに他者の利益を図るような利他的行動のことだ』
「僕の行動は、利他的かな?」
『その最たるものだろう。自覚がないとはびっくりだ』
ディム・トゥーラの反応は冷たかった。
『多分、俺が腹が立ったのは、俺が価値を認めないもののためにお前がお人好しさを発揮して、行動をして実害を
ディム・トゥーラはつぶやくように自己分析をした。
『姫のためなら、お前が自己犠牲に走ることは容易に想像できた。まあ、降下組もその
「ファーレンシアも民もエトゥールそのもので、僕の目的は大災厄からエトゥールを救うことだよ?」
『全然違うな。エトゥールの姫と、民の命はお前にとって、同等ではない。それに対して、お前は罪悪感を抱いている。そしてその民の命より、お前の命が価値が低いといお前は思い込んでいるじゃないか』
「……そんなことは……」
『あるだろう』
「……………………」
カイルは黙り込んだ。
『彼は、君の自己評価が低く、
『余計な解説はするなっ!』
『余計じゃないだろう。非常に重要なことだ。今後のためにも予防線を張ることは重要ではないのかね?』
今度は虎のウールヴェが黙り込んだ。
『カイル・リード。君は巻き込まれた立場であり、そこまでする義務はない。君はよくやっている。非常によくやっている。いや、君たちは――というべきかもしれない。ここにいるツンデレな
カイルは困惑したまま、初代が
『エトゥールの姫と、末永く幸せになりたまえ。これが世界の番人と私からの祝辞だ』
カイルは念動力に関するよくわからないアドバイスと、意外に心のこもった祝福を投げたウールヴェを見つめた。まさか世界の番人と連名で祝われるとは思わなかったからだ。
周囲の花吹雪は強くなり、世界の番人もその祝辞を否定することなく、むしろ強く肯定しているようだった。
「ありがとう、ロニオス。世界の番人」
カイルは素直に礼を言った。
『では、またの機会に』
「本番時のディムと一緒の降下を待っているよ」
カイルはすかさず、外堀を埋めた。ロニオスとディムの支援は、間違いなく地上の被害を軽減するはずだった。
『……私を使う代価は高いぞ?山ほど秘蔵酒を用意しておくがいい』
白い狼は、その場から離れると、エルネストとアードゥルに何かを告げ、用は済んだとばかりに、あっさりと姿を消した。
取り残されたディム・トゥーラの方が焦った。
正体を隠しているとはいえ、息子の結婚に対してのロニオスの反応が淡白すぎた。本当に秘蔵酒がなければ、結婚の儀への招待も断っていそうだった。
ディムは、こっそりとカイルの様子を
これまた、ロニオスのそっけない帰還をなんとも感じていないようだった。
真実を知っている自分だけが、二人のやり取りにヤキモキして落ち着かないことに、ディムは複雑な気分に
「どうしたの?」
『いや、俺も帰るとしよう』
白い虎は、カイルを見つめた。
『姫にもよろしく伝えておいてくれ』
「わかった」
『おめでとう、幸せになれ』
カイルは照れたように笑った。
「ありがとう」
『何かあったら、まめに報告しろ。隠し事はするなよ』
「うへっ……
『これに関しては、お前は信用がない』
容赦なくカイルを
アードゥルは近づいてくる虎に片眉をあげた。
「帰るのか?」
『次に地上に来るのは、本番だと思う。俺がくるまで、カイルを頼む』
エルネストとアードゥルは意味ありげに視線をかわした。
「まかせろといいたいところだが、あのお人好し馬鹿が心配なら、さっさと降りてくることだ。
『わかっている』
「まあ、仕方がないから、面倒は見るが」
「アードゥル、君も案外素直じゃないな?
余計なことを言ったのはエルネストだった。
「やかましい」
「安心してくれ。ロニオスにも同じことを頼まれた」
エルネストの言葉にディム・トゥーラの方が驚いた。
『ロニオスが?』
「驚くべきことに彼にも人間らしいところがあったみたいだ」
カイルは、花が舞い散る中、白い虎のウールヴェが観測ステーションに向かって
一枚の完成した絵のようだとカイルは思った。
カイルはまだ花吹雪を生み出し続けている精霊樹を見上げた。
この大樹も大災厄で失われる。全てが
自分が地上を守りたいという感情は、エゴから生まれている。初めて見つけた自分の居場所を守りたいというただの利己主義の
ディム・トゥーラはカイルのことを「利他的」と言っていたが、実際は真逆だった。そのことをカイルは
世界のために戦っているようなふりをして、実際は、孤独を恐れ、大災厄を口実に行動しているだけだった。
世界の番人のような
ロニオスのような
セオディア・メレ・エトゥールのような
ウールヴェのような純粋さもない。
――これで、どうやって自己肯定を高めろと言うのだろうか。
カイルは
そんなカイルを
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