第20話 祝宴⑦

 言われたカイルの方は、唐突な助言にきょとんとした。


「え?あ?うん、わかった……」


『君の支援追跡者バックアップは優秀だが、時に非常に面倒めんどうくさい人間になるのだ。君が彼に怪我けがを負わせたことを気に病み、接触コンタクトに間が空いた時など、とくにひどくて――』




 ディム・トゥーラはロニオスに向けて、内密の思念を放った。

『酒の注文書を永久削除しますよ』

 それは、「黙れ」の変換呪文だった。




ひどくて?」


 狼のウールヴェは、なぜか途中でぴたりと口を閉ざした。


ひどくて?どうなったの?」


 カイルの追求にロニオスは視線を彷徨さまよわせた。


『…………なんだったかな?おっと、夜があけているじゃないか。長居をしすぎた』

「気になるから、続きを言ってよ」


 カイルは、がしっとウールヴェの長い尾をつかんで逃亡を妨害した。


『たいしたことではない』

「気になって夜も眠れないよっ!」

『カイル、そんなことよりロニオスに空中展開の飛距離の伸ばし方のアドバイスをもらったらどうだ』


 ディム・トゥーラは露骨ろこつに話題を変えた。カイルはディム・トゥーラの隠蔽いんぺい工作ににらんだが、確かに重要なことがどちらか、明白だった。

 話題の転換に飛びついたのはロニオスだった。


『空中展開の飛距離とは?』

「今、アードゥルの指導の元、防護壁シールドの金属球を空中に飛ばして展開する訓練をしているんだけど、僕がやるとせいぜい上空100メートル程度で――」

『連絡シャトルの全長ぜんちょうにも満たないではないか』

「……そうだよ」

『そんなところに防護壁シールドを展開する意味はないだろう』

「だから飛距離の伸ばすコツを聞きたいんだよっ!」

『コツ?コツは――』


 ウールヴェは尊大そんだいに言い放った。


せばる』

「………………」

『………………』

「ディム、この人、酔っぱらってない?」

『その可能性はあるな』


 失礼な若人わこうどの反応に、ウールヴェは鼻をふんと鳴らした。


『アドバイスが欲しいのだろう?私は何回か講義したはずだが?』

「どんな?」

『こうだ、と思い込む概念がいねんが邪魔をしている、と。どうして、アードゥルと君に差が生じていると思う?』

「……わかんない」

『アードゥルは飛ばすことぐらい造作ぞうさもないと考えて、君は飛ばすことをむずかしいと思っている』

「………………」

『思い込んでいる概念がいねんが全ての結果を左右する。できると思う者はでき、できないと思う者はできない。この世の中の法則は実に単純なんだよ』


 カイルはあんぐりと口をあけた。


「え?そんなことで、結果が左右されるの?」

『されるとも。世の中の大半の人間はそれに気づいていない。もちろん中央セントラルの人間もだ。君は今、アードゥルの強大な能力を目の当たりにして、自己評価が低くなっている。目標が高すぎて、その目標ができないことを悩んでいる。訓練を始めた初心者が、果てしない目標を前に挫折ざせつしている状態だ』

「アードゥルぐらいの能力がないと意味がないじゃないか」

『意味がないと思うところが、すでに自己否定になっている』


 カイルは混乱した。


「……今、哲学的な観念で話している?」

『いや、極めて現実的な問題解決手法について講義している』


 ウールヴェは静かに言った。


『君は念動力に関して、初心者だ。その初心者が100メートル飛ばせることを評価することから始めるべきだ』

「え?え?」

『100メートルができるなら101メートルなんてお茶の子さいさいだな?』

「まあ、それぐらいなら……」

『では102メートルは』

「そんなにかわらないかな」

『アードゥルの場合、100メートルも1万メートルも変わらない』

「いや、変わるでしょ?!」

『なぜ?』

「なぜって――」

『はるか遠距離のディム・トゥーラとコンタクトがとれる君が、なぜその距離を遠いとか考えるのかね?』

「――」

『これが概念による典型的な制限だ。だから言ってるじゃないか、できると思う者はでき、できないと思う者はできない。できる者は自分自身の行動に制限を設けない。例えるなら天才と凡人の差はない。あるとしたら、己の限界を制限するか、しないかだ』

「………………やっぱり哲学論に思える」


 カイルは途方にくれた表情をした。


『君は地上を救いたいと思っているかね?』

「もちろんだよっ!」

『ではやるしかないだろう?そこに何か疑義ぎぎはあるかね?まあ、完璧主義者かんぺきしゅぎしゃほど、つまづく傾向けいこうはあるがね。成果をいそぎすぎて、高い目標を見つめ――それは悪いことではないが――何よりも他者と比較しすぎて、自己否定に走りやすくはなる。自分はダメだ、できない、などの自己否定から始まり、それは自己暗示になり、おのれの能力を自ら制限する。恐るべき悪循環あくじゅんかんだ』

「――」

『自己否定はやめ、自分はできると思うことだ。そこが出発点になる』


 ウールヴェは少し笑った。


『君はディム・トゥーラの言うように、自己評価が低いな。まずはそれを治したまえ。100メートル?それが可能なら110メートルぐらいたやすいだろう。それができればもう10メートル。地道に距離をのばしていけばいい。だいたい君は1キロ先の姫やディム・トゥーラが危機に陥ったら、距離なんか気にするかね?守るために防御壁シールドを飛ばすのではないか?』

「……」

『まあ結論としては、人における、想念とそれに対する熱意と行動が結果を生み出す。君の相方ディムなどよく行動をしている。なんでも「行動しなければ、始まらない」という主義だとエディが言っていたな。うん、これは究極の真理だ。頭で考えるより行動だ。はっきり言って結果は行動しないと発生しないからな。頭でいくら考察したって成果は生まれないものだ。おっと、これは研究生活を全否定しているわけではないぞ?むしろ人生とは実験のようなものだ。失敗を恐れる必要はない。どんどん失敗したまえ』

「……失敗したくない」

『まさにそれを完璧主義者という。失敗しない人間などいない。その考えが間違っている』


 ウールヴェは楽しそうに提案した。


『で、君の念動力の訓練の話だったな。遠隔で防護壁を張るという目標に効率のいい訓練方法を提案しよう。なんだったら、この虎をカスト軍のど真ん中に放り込んでみるかね?雨のように矢がふり、遠距離で防御壁シールドを張るという緊張した訓練ができるぞ?』

『「発想が鬼畜すぎるっ!!」』


 非難の合唱に狼のウールヴェは、こてっと首を傾げた。


『この程度で鬼畜と言われると困ってしまうが』

「ディムが大怪我おおけがをしたらどうするんだ。そんな訓練は断固拒否するよ」

『俺もまとになるのはごめんだ』

『四ツ目の群れの中に放り込むという手もあるが……』

「却下っ!!僕に心的外傷トラウマを負わせたいの?!」

『だいたいどうして俺がまとなんだ?!』

『え?身重のエトゥールの姫をまとにしろと?案外、君も私並みの鬼畜だな?』

『だれが姫を身代わりにする、と言った?!』

『君だ』

『言ってないっ!』

『カイルが本気で守ろうとする存在は、君か姫の二択にたくだ。君が拒否するなら、自然、姫になるだろう?』

「…………その鬼畜な訓練方法の発想から離れてくれない?」


 カイルの声は地獄の底から響いているような迫力があり、機嫌きげんが悪くなっていた。


『おお、怖い怖い』

「だいたい僕がファーレンシアやディムを危険にさらしてまで訓練したいと思うような非道な人物と思っているわけ?」

『まあ、違うだろうな』

「じゃあ、なんでこんな話をするの?」

『君の大事な存在の再確認だ。君の価値観の天秤てんびんは、姫やディム・トゥーラを犠牲にしてまで、エトゥールを救いたいか、ということだよ』

「………………」


 カイルは顔をゆがめた。


「……ファーレンシアとディムの方が大事だ」

『うむ、それが普通だ』

「……ファーレンシアやディムを犠牲にして、エトゥールを救うのは無意味だ」

『そうだろうとも。誤解してほしくないが、責めているわけではない。ただ君は非常に視野が狭い』

「なんだって?」

『立場をいれかえてみたまえ。姫やディム・トゥーラは君を犠牲にしてまで、エトゥールを救いたいだろうか?』


 カイルは衝撃を受けたように、黙り込んだ。その反応にディムの方が、目をむいた。

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