第19話 祝宴⑥

 語り合っているうちにあっと言う間に時間がすぎさり、気がつけば、夜が白み始めていた。

 カイルは立ち上がって、ウールヴェに微笑ほほえんだ。


「見せたかった光景の一つはこれだよ」


 カイルが外郭がいかくの城壁の方を指さした。

 王都の外に広がる田園風景でんえんふうけいが朝日の赤い光に染まっていた。


 ウールヴェと同調して、その光景を見たディム・トゥーラは驚いた。

 目の前に広がる光景に思ってもいなかった美しさがあったのだ。美しさで感動する感覚が自分にもあったことにも、ディムトゥーラは困惑した。

 絵でかけないとカイルが言った意味がわかった。

 朝日がのぼるにつれて、光の加減が変化し、どんどんと印象が変わっていくのだ。

 絵は一瞬の時間の切り取りに過ぎない。

 だが、このは切り取ることのできない美の世界だった。


『……綺麗だ……』

「でしょう?でも、まだ本命があるよ」

『本命?』


 カイルは振り返って、別の方向を指をさした。

 その方向にエトゥール城が見えた。


「本命はこっち」


 朝焼けの中にたたずむエトゥール城は、荘厳そうごん神聖しんせい不可侵ふかしんの物に見えた。


「この光景が消滅する前に、ディムに見せることができてよかった」


 カイルは満足そうに頷いた。


「シルビアが施療院せりょういんを開くときに貴族のやかたを使ったんだけどね、そこに1枚の絵画かいががあって、美しいものだったんだ。どこから見た光景なんだろうと、探しまくって、探し当てた場所がここなんだ。ずっとディムに見せたいと思っていた」

『……美しい……こんな美しい光景があるのか……』

「ほんの短時間の光景だけどね」

『……俺はこの美しい光景を消すのか……』

「ディムが消すわけじゃない。でもその気持ちはわかる。僕も同じ感情を抱いたよ」


 カイルはエトゥール城を見つめながら静かに告げた。


「僕はとても複雑だよ。恒星間天体があるためにこの世界はほろびる可能性がある。だが、恒星間天体がなければ、ロニオス達はここにこなかった。エトゥールという文明は存在しなかったかもしれない。全てがからみあっていて、今がある」


 その言葉をきいて、ディム・トゥーラもさらに複雑な気持ちにおちいった。

 ロニオスがこの惑星にきていなければ、カイル・リードは生まれていないのだ。


『……そうだな……』

「また、この光景を作るのに500年かかるかもしれないけど、ね。がんばるから、復興ふっこうに協力してよ」


 ウールヴェは相方の顔を見つめた。


『たまに、お前の図々しさに驚く。500年もつきあう気はないぞ』

「え……?」


 カイルはあせった。


「手伝ってくれないの?」

『500年も復興ふっこうにつきあってられるか』

「で、でも」

『俺がいるんだから、復興ふっこうは100年で終わる。いや、もっと短くできるな』


 すごく、遠回しな承諾しょうだくに、カイルは理解するのに数秒を要した。


「もう少しわかりやすく言ってよっ!僕はいつもディムの返答に、浮き沈みして心臓負担がひどすぎるっ!」

『俺も、お前の行動で、心臓負担がひどいから等価交換だな』

「うっ……」

『ロニオス用に酒の用意する必要があるからな、そこは考えておけよ』

「……やっぱり彼は酒でしか、釣れないわけ?」

『酒しか思いあたらない』

美味うまい酒を造る自信がないよ……」

『大丈夫だ。本人の論文がある』

「はい?」

『あの人の未発表の論文の大半は酒造りだった。まだ未読が山ほどある』

「……読んでるの?」

『読んでいる』

「……どこにあったの?エトゥールの地下拠点にもなかった」

所長たぬきおやじが所持していた』

「……探し回った僕の時間を返して……」

『俺が隠したわけじゃない』

「僕も読みたい」

『大災厄が終わったらな』


 カイルは、はあっと溜息をついた。初代達のくせの強さは相変わらずだった。

 太陽が水平線からのぼりきり、幻想的な光景は終わりを告げた。


「城に戻ろうか」

『そうだな』


 カイルはウールヴェと連れ立ってエトゥール城に向かって歩き出した。

 

『次に降下こうかするのは大災厄時本番だな』

「わかった」

『無茶はするな』

「わかっている」

『あらゆることを想定していろ』

「ディムがいれば大丈夫だよ」

『俺に依存いぞんするな』

「僕はファーレンシアとディムに依存いぞんしているよ」


 カイルは開き直ったように認めた。


「逆説的にいえば、二人がいれば僕は大丈夫だ。そうなるでしょ?」

『……………………』


 虎のウールヴェは大げさな溜息をついた。


『世の中には卒業という言葉があるんだぞ?アードゥルがロニオスから卒業したように』

「僕が支援追跡者バックアップから卒業できる日なんてくるのかな?」

『お前の辞書には、成長とか、努力とかいう言葉はないのか?』

「あったら、ディムはここにいないでしょ?」


 もっともな突っ込みだったが、それはそれで何か腹立たしい――と、ディム・トゥーラは、思った。

 いや、成長していないわけではない。むしろ成長しすぎているのだ。

 安全領域にとどまらず、規格外の能力は成長しているから、支援追跡者バックアップにとっては能力値のイタチごっこに等しくなる。


『俺は最大の貧乏クジをひいたんだな』

「ひどいよ」


 カイルは唇をとがらせた。


『そういえば防御壁シールドを空中に展開する訓練はどうなっている?』


 カイルは、初めて憂いの溜息をついた。


「遠距離の空中展開はまだまだだね。コントロールが定まらない。ほんと、ロニオスとアードゥルの能力は規格外だよ。アードゥルなんて涼しい顔をして、目的地に防御壁シールドを瞬時に飛ばすんだよ。まあ、自分の身体を上空1万メートルに浮かせて維持できるんだから、防護壁シールドの移動展開なんて、呼吸するぐらいに楽な仕事なんだろうけどさ、規格外すぎる」

『お前が言うな』

「なんで?!彼等の方が規格外だよ?!」

『……………………』

「……なんで、そこ黙るの?」

『規格外とは何か、哲学的な考察におちいった』

「で、その結論は?」

『規格外に聞いてみてくれ』

「僕はディムも規格外だと思っているよ」

『俺は標準ノーマルだ』

標準ノーマルとは何か、哲学的な考察を始めていい?」

『どうぞ』




 王城に戻ると、中庭は酔っ払って倒れている兵士のしかばねの山が築かれていた。カイルは専属護衛や第1兵団達の乱れた姿を初めて目撃したので驚いた。

 統制がとれた矜持きょうじの高い集団は、消滅していた。


『……女性達には見せられない姿だな』

「……本当だねぇ。今カストがめてきたら、エトゥール城は間違いなく陥落かんらくする」


 中庭の酒宴の場で起きているのは、メレ・エトゥールとクレイ団長、ハーレイ、アッシュにメレ・アイフェスの面々と狼姿のロニオスだけだった。彼等は中庭に朝日が差し込んでいるというのに、まだ飲んでいた。


『話はすんだのかね?』


 ロニオスが尋ねてきた。


『はあ、一応』

『一応?』

『規格外と標準の定義の認識で、互いに少し齟齬そごがありまして』

『ふむ?』

『俺とカイルのどちらが規格外だと思いますか?』

『私に言わせれば、二人ともヒヨッコだ』


 カイルとディムは同時にため息をついた。


『規格外目線のお言葉を、どーも』

「ヒヨコはおとなしく訓練でもするよ」

『それがいい』


 狼のウールヴェは、セオディア・メレ・エトゥールに軽く会釈えしゃくすると、それを別れの挨拶とした。


『秘蔵酒もなくなった。帰るとしよう』


 カイルの結婚の儀を失念しているかのような言葉だった。

 ディム・トゥーラは内心焦った。大災厄の前に、カイルとサシで飲むというロニオスの望みは半刻以下の時間しか取れなかったはずだ。


『いいんですか?』

『何が?秘蔵酒は堪能たんのうした』


 そうじゃないだろう。

 これは照れ隠しなのか、ディム・トゥーラには判断につきかねた。ロニオスの価値判断の天秤は、息子より秘蔵酒の方に大きく傾いている可能性もある。

 

『………………カイルに対して、何か一言は?』


 カイルの手前、ディムはあたりさわりのない言葉を選択して、問いかけた。白い狼は、首を傾げて、考えこんだ。その姿は、何かあっただろうかと、記憶が曖昧あいまいになっている酔っ払い親父の典型例だった。


『あまり無茶をしないように。カイル・リード、君が無茶をするとディム・トゥーラが怒り狂って、それを宥めることに大変労力を要する。観測ステーション組の仕事を増やさないようにしてくれ』

『な――?!何を言ってるんですか?』


 明後日あさっての方向のとんでもない暴露ばくろ助言に虎のウールヴェはえた。

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