第18話 祝宴⑤

「最近は用件のやり取りばっかりだったから、ディムとこうしてゆっくり話をしたかったんだよ」

『話?』


 カイルは微笑ほほえんだ。


「ディム、本当にありがとう。ここまでそなえることができたのは、ディムのおかげだよ。感謝している」

『…………なんだ、急にあらたまって』

「あらたまって言ったことなかったなあ、と思って」

『よせ、気持ち悪い』

「ひどいよ」


 カイルはねかけて、それから何かに気づいたように、にやりと笑った。


「あ、もしかして、照れてる?」


 ウールヴェの頭をつつこうとしたカイルは、次の瞬間本能的に手を引っ込めた。カイルのうでを勢いよくもうとしたウールヴェの口は、獲物えもののがした。ガチリと歯と歯が嚙み合わさる音があたりに響いた。


『……………………ちっ』

「今、本気でみにきたよね?!」

『大丈夫だ。うでがちぎれても、シルビアがくっつけてくれるだろう』

「全然大丈夫じゃないっ!」

『学習能力がないお前が悪い』

「ちゃんと学習能力はあるっ!」

『どうだか……』

「羽目をはずすのは、ディムがいるからだ」

『――すごい責任転嫁せきにんてんかが来たな』

「その点も感謝しているんだけどね。ディムが支援追跡バックアップをしてくれなければ、僕は早々に壊れて中央セントラル強制送還きょうせいそうかんだったと思うよ」

『――』


 カイルは笑った。


「イーレにも言ったことがあるけどさ、ディムがいればなんでも出来る気がするよ。他の人ではダメだった。こうして地上に居場所を見つけることができたのも、大災厄に立ち向かえるのもディムがいたからだ。それを伝えたかった」


 カイルは小さな吐息をついた。


「それと謝りたかった。僕の我儘わがままで、ディムの将来の道を閉ざしてしまった。僕とかかわったから――」



 がぶり。

 カイルはうでまれた。



「痛っっっっっ!」

『ふざけるなよ?これは俺が決めた道だ。お前ごときで俺の人生を左右さゆうできたと思うな』

「痛い痛い痛いっ!」

『やっぱり学習能力がないな。二度と俺に謝るな。俺の支援追跡者バックアップとしての矜持プライドを馬鹿にするなよ?俺はお前の支援追跡者バックアップだ。それが俺の存在意義だ。それ以上もそれ以下の道もない。俺の道は一つだ』

「痛いって!!」

『反省したか?』

「しましたっ!すごく、しましたっ!」

『今度、謝ったら、この腕を噛みちぎるからな?』

「本気で言ってる?!」

『今、試してみるか?』

「いえ、結構です」


 カイルの腕はようやく解放された。あれだけ痛かったのに、血はでておらず、絶妙ぜつみょうの調整具合にカイルは被害者であることを忘れて感心すらしてしまった。


「………………鬼……」

『お前が馬鹿なことを言うからだ』


 ウールヴェは、ふんっと鼻息を荒くするとうつわに注がれた酒をすごい勢いでめきり飲みほした。その速度はロニオスといい勝負だった。


『お代わり』

「あの…………素朴そぼくな疑問だけどさ、ウールヴェに同調して酒を飲むと、どうなるの?肉体での体内チップはなくて、酒は分解されないよね?」

『知らん』

「そうか……知らないのか……」


 古代の文学的表現で、ひどく酒に酔う様を「虎になる」と言ったはずだが、すでに虎になっている場合はどう表現するのだろうか、とカイルは現実逃避的な思考に走った。

 ディム・トゥーラが酔ったらどうなるんだろうか。


『お前は、お前の望む道を選んで歩いていけばいいんだ。中央セントラル暴挙ぼうきょは俺が止める』

「――暴挙って……」

『暴挙だろう。お前をモルモット扱いするなど、許されることではない』

稀有けうな能力だから仕方ないよ」

『そうじゃない。そんな理由でお前が全てを諦める必要はないと言っている』

「………………」

『俺がいれば、なんでもできるなら、なんでもやってみろ。お前の思うとおりに生きろ。地上に残ってもいい』

「ディム」

『お前は自由だ。もう翼は得たはずだから、自由に飛んでいけ』


――そうか。僕はもう自由なのか


 カイルは、まだ見ぬ新しい大地を求めて気流に乗り、大海原おおうなばらを越えて力強く羽ばたく精霊鷹を見たような気がした。




 それから一人と一匹は夜の間、とりとめもない話をした。研究都市や観測ステーションでは、研究命題についての熱い議論で徹夜することはあっても、こんな風に時間を過ごしたことはなかった。

 カイルは、つきぬほどの昔話と、らす本音と、未来に対する不安を語った。

 ディム・トゥーラは支援追跡者バックアップとして静かに聞き役にまわり、時には叱り、時には肯定した。


 話が生まれてくる子供の話になると、カイルはこわれ気味になった。

「娘だったら結婚相手をどうしたらいいんだろう」

『男かもしれないだろう?』

「男だったら心配ないよ。セオディアが後継者教育をしてくれる、と言ってた」

『…………もうそんな話までついているのか……」

「彼等の一生は短いものだからね。1年1年が大切なんだよ』


――そうかもしれない。


 ディム・トゥーラは納得した。

 無駄に長い時間を生きて、死という恐怖から解放されている自分達とは違うのだ。そちらの方が正しいような気がしてならなかった。

 精神が未熟で、肉体の寿命に縛られる地上の人間のたくましさは目を見張るものがある。

 降下した人間は、そこに魅了されるのだろうか?そしてそれこそが本来の姿ではないのだろうか?


「ディム・トゥーラ、聞いてる?」


 熱く語っていたカイルは、ディム・トゥーラが全くきいていないことに気づいてくちびるとがらせた。

 ウールヴェは物思いから覚めた。


『悪い。何の話だ?』

「子供の支援追跡バックアップの話だよ」

『うん?』

「ディム・トゥーラが引き受けてくれると嬉しいけど」

『――』


 突っ込みどころが満載の要望だった。


『カイル』

「うん?」

『俺は一人しかいない。手のかかるお前がいるのにもう一人面倒見れるわけがないだろう』

「僕とワンセットで」

『気楽に言うな』

「候補者がエルネストか、ディム・トゥーラしかいないんだよ」

『……まあ、そうなるな』

「エルネストは歌姫専属だから、常に僕のそばにいるわけじゃない」

『……まあ、そうだな』

「その点、ディム・トゥーラは僕のそばにいるじゃないか」

『……外堀を埋めるのはやめろ』

「今、超高速で土砂を放り込んでいるよ?」


 カイルは認めて、にっこりと笑った。


「もちろん、子供が精神感応がないノーマルなら、そんな必要はないけど、僕みたいな規格外だったら、ディム・トゥーラが必要だ」

『……だから外堀を埋めるな』

「ファーレンシアもディム・トゥーラがいれば、安心すると思うんだ」

『……………………』


 ディム・トゥーラは、それは深い深い溜息をついた。


『規格外の子供が複数だったらどうするんだ?』

「う~ん」


 カイルは腕組をして考え込んだ。


「2番目はロニオスに頼むとか?」


 げふげふっと、ディム・トゥーラは酒に思いっきりむせた。


「ちょっと、大丈夫?」

『大丈夫だ。ロニオスに子守こもりを頼むのか』 

「ちょっと、支援追跡バックアップ子守こもりとか称しないでよ」

『俺はお前の子守こもりをしている』


 カイルの子供は、ロニオスの孫にあたる。ロニオスはそのような要求に応じるだろうか?

 ディム・トゥーラはその点を検討してみた。

 だいたい子育てをしたこともない男が、孫の面倒を見られるのだろうか?いや、子育てをしていないのはディム・トゥーラも同じ条件だ。

 懸念けねんは別にある。


『ロニオスは子供を放置して、酒を飲んでいそうだが』

「うっ……」

『それでも、支援追跡バックアップは成立するのか?まあ規格外のロニオスなら、酒瓶片手に支援追跡バックアップをできそうだな……』

「じゃあ、やっぱりディムが支援追跡バックアップをしてくれないと」


 外堀の埋め立て工事が完遂されてしまった。

 ウールヴェは遠い目をした。


『保留だ、保留。子供の能力値を確認してからだ』

「別の方は、今でもいいよ?」

『別の方?』

「僕の娘と婚約してくれても」

『お前を「お義父とうさん」と呼ぶのは死んでもごめんだ』


 ウールヴェは、即拒絶きょぜつした。

 

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